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2-13攻略対象その五③

 花の祭典から5日目。つまり、台風が来るのも5日後だ。

 小麦は粗方刈り終えた。

 日当たりの関係なのか。農家のおじさんが、「ここは早すぎる」と引かなかった畑は、諦めるしかなかったけど。

 それは生育上仕方ない。どの道それまでのことだったと、割り切るしかない。


 ブライアン様は私情と領地の話を混同しないと。あの時点で、相当に怒っていた。あれで完全に嫌われたと思った。


 ……それなのに、ゲルマン侯爵家に私のことで手紙を送っていた。

 ブライアン様との可能性はゼロになっていない。そう思いたいし期待したい。


 ……だけど。

 そんな私の感情よりも、彼が危ない。彼に危険が迫っていると早く伝えなくては。

 ブライアン様は、事情も分からず王太子を覚醒させたのだろう。……となれば、悪意の矛先がブライアン様に向いてもおかしくない。いや、きっとそう。


 酷い胸騒ぎ。あろうことか、順風満帆な未来が用意されている彼の人生に、陰りを感じる。

 それは、誰のせいでもなく私のせいだ。

 花の祭典で大きな間違いを犯した。王太子の眠りの原因。それが有耶無耶なまま、彼にダリアを託すべきじゃなかった。

 何度も私を助けてくれた彼に、とんでもないことをしでかした。繰り返し謝っても、謝りきれない。


 直ぐに王都へ戻りたい。正直なところ、彼の立場で約束もない私と会ってくれるか分からないが、彼の元へ行く。彼のことは絶対に守りたいから。


 ……でも、このままでは無理だ。何故なら百パーセントの死亡フラグが、ぐっさりと私に刺さっている。

 どうしてこうなった……。

 浮かれてアンドーナツを作っていただけなのに、超絶やばい状況だ。「悪役令嬢万歳」なんて言っている場合じゃなかった。畜生。


「はぁ〜あ」

 と、大きなため息が、小麦畑に落ちた。


 つくづく私は間が悪い。

 前世で一緒にゲームをしていた香澄。彼女がぽろりとボヤいた「第二王子」

 彼がこのゲームのラスボスなのは、薄々勘付いていた。

 それはロードナイト王国の第二王子。サミュエル・マッキンリー、二十歳のことだ。


 現世のアリアナとしては、第二王子のことを何も知らない。それなのに、第二王子に嫌悪感があるのは、アルのルートで、ちょいちょい彼が出てくるからだ。

「モブのくせにっ!」


 あのゲームで、そんなキャラは彼だけで、怪しい香りがプンプンと匂っていた。それは結局のところ、今だから分かった話だ。

 きっと、第二幕で、彼を捕らえるヒントを事前にくれていた。それで間違いない。

 王太子はこのバーベナで眠ったのだろう。


 聖女の日記でバーベナの記述は読んだ。だけど、ゲーム中のセドリックが、バーベナについて一度も語ったことはない。散々、他の花のうんちくは語っていたのに。

 だから。……実在しないと思っていた。

 

 この領地で起きる災難。乙女ゲームの中では、お兄様の誘拐で済んでいた。それは、どういうわけだか知らないけど。

「……まあね」

 お兄様の頭脳を易々失いたくないのは分かる。勿体ないわよね。私なら殺さず利用する。きっとこれだろう。


「でもだっ!」

 何の役にも立たない私は、容赦なく殺される。それも、もう間もなくの話で!


「アルのせいだっ!」

 何もあんな所で、激ヤバのバーベナを渡してくれるなよ。何も知らず。他に気を捕られていた私は、それを第二王子に見られただろうがっ!


「アル! あんたが殺されるのは、大体察しがついた」

 第二王子の何かを握り、帝国に報告しようとしていたんだろう、どうせ。

 あらかじめ、それに気付いた第二王子が、盗賊に見せかけてアルを暗殺したとみる。

 プロ中のプロ集団に警護されるアル。その一団を殲滅させる暗殺者たちを、わんさと用意したに違いない。

 自分の中で、とてもしっくりくる推測。それが「正解だ」と、私の未来を後押しする。あの世に向けて。


「それなら勝手にやってくれ。私まで巻き込むな、馬鹿ぁっ」

 声を大にして言ってやりたい。いや、言ったな。

 やさぐれるにいいだけ、やさぐれ一人ごちる。


 昨日、危険を察知した私は窓に仕掛けをして、屋根裏部屋に身を隠した。

 見事に予想は的中し、今朝、確認すると、窓には小麦が擦れた跡があった。

 そう……。

 私の部屋に、窓から誰かが入ってきたのは間違いない。


 そして今、三択の岐路に立たされた。

 一つ目は、尻尾を巻いて逃げ、いつ殺されるか分からない不安に怯えて暮らす。

 二つ目は、早々に殺される。

 三つ目は、悪あがきをする。


 どれも最悪だが、黒幕に間違いなくロックオンされた私は、これしかない。ブライアン様がいる王都までの道のりを呑気に移動しては、私の命はもつまい。


 香澄は、最後のイベントまでさらりと辿り着いていた。自慢したがりの彼女が、第二王子の話をスルーしたのは、おそらく、彼の悪事は相当簡単に見つかるのだろう。


 それに、私の手には、今となっては「証拠」と言えるのかも分からない、アルから貰ったバーベナもあるし。これだって、間もなく帰国するアルの証言がなければ、持ち主には繋がらない。



 四方に隔たるもののないこの場所。

 畑の真ん中でポツンと独りで佇み、かれこれ一時間は経つだろう。

 陽が開けると同時に出立の準備を済ませ、従者たちが動き出す前。音を立てずにそっと我が家を後にした。

 誰かと待ち合わせをするわけでもない私は、平民にしか見えない旅の装い。中でも相当粗雑な服を選び、来るとも限らない人物を、待っている。

 あまり着慣れない薄地のワンピースの裾が、風で大きく揺れる。

 

 見渡す限り、既に収穫を終えた小麦畑が一面に広がり、その名残が残る。

 その上を見ると、真っ青な空が広がり、とても清々しい気分にさせるのだ。

 私の挑戦は、天から祝福されている気がする。絶対に上手くいく。


 だって、ルーカス様は何故か、私に落ちていた。

 赤豆を買ったあの日。初めて彼から『愛してる』の言葉を聞いた。聞き違いかと思ったが、そうではなかった。

 既に何かがズレていたし未来は変えられる。それが分かっているから最後まで、「悪あがきをしてやる」と決めた。

 ……そうなれば。

 私を狙う者に不意打ちをされてはひとたまりもない。

 自慢ではないが、思慮が浅いと認識したばかりの、れっきとした、か弱い侯爵令嬢である。要するに、残念な悪役令嬢という話だ。

 こんな私が勝機を上げるには、計画的に、暗殺者にお越し願うのが一番。


 右横からガサガサと、畑を歩く音が聞こえる。

「……よし、獲物が釣れた」


 ゆっくり近づいてきた赤い瞳の男。予想通り彼がやって来た。

「いやぁ。参ったよ。もう小麦を刈り終えていたんだね。日にちを勘違いしちゃったみたいだ」

 子犬が尻尾を振るように、親し気に絡んでくる。まるで畑の手伝いに参加する領民の体で。


 やはりなと思う。

 昨日のルーカス様の話。

 彼だって、貧弱とは無縁の攻略キャラである。

 そのルーカス様を、瞬時に崖の下へ突き落としたとなれば、『攻略対象その五』が動いていると読んだ。それも、私の仕掛けたアンドーナツのドーピング済みで。

 とんでもない墓穴を掘ったが、ルーカス様自ら生贄になってくれて助かった。まさか、彼のしつこさに感謝する日がくるとはね。


 その原因を作ったくせに、彼を利用するだけして、見捨てた。悪いとは思う。まあ、墓前の花はあらかじめ供えてきたし、成仏してくれと願う。

 迂闊にルーカス様を助ければ、我が家の従者も巻き添えになるもの。バーンズ侯爵家に厄介事を持ち込む訳にはいかないし。


 いよいよか。

 赤い瞳の笑みが失せた。今だ。

 ……ブライアン様に大事なことを伝える前に、殺されてたまるか。

 私の近くまで来た可愛い子犬を、なんとしても手なずける。

 ザカリー、十九歳。

 彼は、表の顔も裏の顔もない、根っからの暗殺者である。

 彼は、依頼された暗殺の仕事で捕まり、家族も一緒に処刑される。

 何を隠そうこいつが、攻略対象その四のアルを殺す人物だ。


お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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