2-4聖女の予言③ ※ブライアン視点
前話からの続きです。
「いいえ……僕にはあの呪文は分かりません。ですが、アリアナは何かに目覚めたように理解しています。王城の図書館の聖女の日記に、アリアナの閲覧記録も残っていましたし」
「……もしや予言の実が、ジェムツリーにあるのか……」
「はい」と静かに認めるセドリック殿は、悔し気に顔を歪ませる。
「アリアナが……聖女」
「クロフォード公爵様。これは公爵様の心の内に隠しておいてください。呪文が分かると知られれば、間違いなくアリアナが聖女にされます。……そして、予言通りに彗星が落ちてくるでしょう」
「無理だ……。それはアリアナが決めるべきだ。私が意図的に隠すことはできない」
自分のことを顧みずに動くアリアナであれば、言いだすのは決まっているだろう。
「そうですか分かりました。アリアナのことは、私が護ります。公爵様が妹にこれ以上関わるのはお止めください」
「誤解するな。彼女は、何があっても私が護る」
「ですが……。陛下は王室に聖女を迎え入れる準備をしています。アリアナが聖女と認められれば、どちらかの王子の側室になるのはご存じのはずです。昨日、アリアナも公爵様から花を貰って浮かれていたようですが、二人のお望みの結果にはなりませんよ」
「甘く見るな。聖女となれば王族に連なるのは、もちろん知っている。迎え入れるとなれば第二王子だろう。ジェイデンは諸事情があって、二年は側室を持てないからな」
当然ながら、古代文字を私へ継承した父から聞き及ぶ。
予言にある隕石。それから上手く危機を救った聖女をこの国のものにするためと……。万に一つ、隕石さえ破壊する強大な力を持つ聖女が、手に負えない存在に変われば、水面下で葬ることもできる。
一夫多妻が認められないこの国で、王室だけ残る側室制度もそのためだ。
「それであれば、何故、そこまで」
「騎士の私であれば、最後まで彼女の横にいられるから、何があっても彼女を護れる。無茶をし兼ねない彼女を、何があっても一人にはさせない」
もう二度と愛を乞う事はできなくても、私の気持ちは、惜しげもなく彼女へ伝えた。例え私のものとならなくても、後悔はない。
既に聖女の片鱗を見せるアリアナ。彼女は予見の力で何かを見た。それで私を助けようとしてくれた。
そんなあなたを。
私が最後まで助けることに、一つの言い訳も必要ない。
「申し訳ありません。どうやら私は、公爵様の感情を読み誤ったようです」
彼から殺伐とした空気が消える。
……聖女の魔法。
その鍵が開いたと知らなければ、考えも及ばなかった。
だが、今は違う。
ジェイデンの今の事態を招いた原因。それが一つだけ、断言できるように思いつく。
バーベナは眠りの魔法。
「私も気になることがある。ジェムガーデンのバーベナ。以前は王城で売られていたが、この三年、売られていないのは何故だ」
セドリック殿の瞳孔が僅かに揺れると、彼の視線は、私が手にするダリアの瓶をかすめた。
そして、私から視線を外すように横を向けば、静かに口を開く。
「既にその存在すら覚えている方はいないと思っておりましたが、よく記憶されておりますね」
「昔、母が父から貰ったと聞いたことがある」
「そうでしたか。……バーベナは、ジェムガーデンに一株しかない上に再生が遅い花ですから。それを加えたハーブティーを、サミュエル殿下がお好きで。花が開けば、いつもご自分で摘んでいきます。この三年は第二王子専用となっていました」
「それを知っている人間は?」
「私だけです。クロフォード公爵様の立場でもご存じないのが、その証拠」
「……セドリック殿を信じて、君の見解を聞きたい」
ここまでくれば、疑惑の人物が一人だけ浮かぶ。
昨日、にこにこと笑うアリアナが冗談めかしてジェイデンの話をしたこと。
……そして、今しがたの中佐の報告を打ち明ける。
静かに耳を傾けていた冷静なセドリック殿が、こらえ切れず狼狽えるほどの衝撃。
……私だってそうだ。
各国の賓客をもてなす狩猟でさえ、殺生が見ていられないと、途中で退席するような心根のサミュエル殿下。騎士の私とは相いれないと毛嫌われていたが、ジェイデンのことは人懐っこく慕っていたのだから。
そんなサミュエル殿下がジェイデンを害するとは、到底考えられない。
「バーベナの魔法の鍵は、偶然、サミュエル殿下が開いたのでしょう。それを、王太子のお茶に忍ばせた。……となれば、魔法で眠っている王太子は、三か月は起きませんからね」
その見解に異議はないと、大きく頷いた。
「ただ、それだと次第にバーベナの可能性が浮上してくるでしょう。私であれば、王太子殿下が十日も眠っていると聞けば、必ず、サミュエル殿下を疑います。それでジェムガーデンに引きこもる厄介な私を、警護の手薄な領地で葬りたい。そんなところでしょうか。幸いと言うべきなのか分かりませんが、急遽同行人がいなくなりましたから」
「どういうことだ?」
「今年は、アリアナの元婚約者。ゲルマン侯爵家のルーカス殿も、私と一緒にバーンズ侯爵領へ行く予定でしたから。『小麦収穫地域の協力関係を築くため』と、当主間で決めたはいいものの、アリアナとの一件で、話は流れましたからね」
「それをサミュエル殿下は知っていたのか……」
肯定を示す深い頷きが、全てを物語る。
ほんの少しの時間でも、アリアナを他の男に譲ってもいいと、愚かな思考を持ったのは、間違っていた。
「そうなれば先に、サミュエル殿下の称号の剥奪からか……」
「ですが、どうやって……」
「先ずは、ジェイデンの元へ行く。もしこれで目が覚めれば、それが全て真実だ」
お読みいただきありがとうございます。
ブライアンが陥落したので、本日、サブタイトルを付けました。






