1ー44彼との関係に、はしゃぐ姿③〜additional〜
私が部屋に戻れば、待ち構えるようにエリーがいた。
まぁ、もっともなことで。今日の話しをまだ聞きたいエリーが、いないわけがない。
それが分かっていた私は、嫌味な口調で彼女を邪険にする。
「エリー。私はこの後直ぐに領地へ行くことになったから。あなたは留守番ね。現地でブライアン様と待ち合わせをしているし、邪魔になるもの」
「お嬢様がお出かけになるのに、私が付いていかないわけがありません。もちろんお供をします。お二人が良い雰囲気になれば、そこは気を利かせますから、ご心配はいりません」
そう言って、したり顔をする。
やはりエリーは、主人の私に隠れ、ブライアン様の味方についたことを、少しも反省していないようだ。そのせいで私は、どれほど困惑したことか。
「嫌よ。あなた、ブライアン様に色々告げ口していたんでしょう。そんな侍女は信用ならないもの要らないわ」
「お嬢様を想ってのことですわ。今日のお嬢様の髪を見て、私は間違っていなかったことが、証明されましたからね。そんなことを仰るのであれば、ますます傍に居る必要がありそうです」
エリーは自信ありげに、ふんっと鼻を鳴らした。この侍女は、主をなんだと思っているのだ。
そのくせだ!
エリーは、あれよあれよと言う間に手際よく、私の旅の荷物を鞄にまとめるから油断ならない。
感情の起伏の激しいエリーだけど、優秀であることは否定できないのだから。
荷物といってもだ。領地の屋敷へ手ぶらで行ったとしても、困ることはない。それだけ、滞在するのに必要な日常品は整っている。
必要な荷物は、要するに往復の旅のものだけ。
朝から出発すれば、片道一泊程度の移動。その道中に必要な物を持てば、備えは十分。
その上、自衛の策として、旅の装いは平民にしか見えない簡素なものだ。
となれば、たかが知れた中身が詰まった、鞄一つで収まる。
「そこまで言うなら、エリーも荷物が必要でしょう。早く取ってくるといいわ」
「それでは、直ぐに戻ってきますね」
その五分後。エリーは大きな鞄を一つ携えて戻ってきた。
いよいよ全ての準備が整った。
私の思惑を知らないエリーは、何食わぬ顔で、私の横を歩きエントランスまで伴っている。そんな彼女は、私の荷物と自分の荷物を、片手にそれぞれ一つずつ持つ。
「お嬢様が領地へ行ったのは、いつが最後でしたっけ?」
「そうね、五年は行っていないかしら。お母様が領地に全く興味がないから、私だけ、お兄様やお父様に付いていけなかったものね。あ~、わくわくしてきたわ」
「まあ、お嬢様ったら。ご主人様のご指示をお伝えするというのに、クロフォード公爵様と過ごすことしか考えていないのが、伝わってきますよ。ふふふッ」
私が上機嫌で話せば、エリーも乗ってきた。彼女の性格が、単純なのがありがたい。
「だって楽しみなんだもの。あー、待ち切れなくて落ち着かないわ。その荷物、私が持つわねっ!」
興奮気味に伝えた私は、自分の鞄をバッとエリーから奪い取る。
私が上機嫌にしているものだから、「返せ」とは言ってくるまい。
これで、いつでも彼女を撒ける。
「お嬢様、今からはしゃいでいては、領地へ着く前に疲れてしまいますよ」
「大丈夫よ」
私が領地へ行くとエリーに伝えれば、当然のようにエリーは私に付いてきた。
エリーの性格だ。「来るな」と説得するのは、骨が折れる。
ワンピースの色を決めるだけで、エリーと、どれだけの攻防が必要だったことやら。
恋愛経験の乏しい私が、本当か嘘かも分からない恋の駆け引きについて、御託を並べたのだ。そのせいですっかりネタ切れだし。
だから……手は打ってある。
私は何食わぬ顔でエリーと共に、屋敷から出て馬車まで向かう。
「あー。アレを持っていこうと思っていたのに、どこにあるのか分からなくて、部屋に忘れてきたわぁ」
ハッと口に手を当て急に立ち止まった私は、白々しい声を上げた。
「お嬢様は何をお忘れになったのですか? 荷物は全て問題なく準備いたしましたよ」
「ほら、一緒にカモミールを買いに行ったじゃない。今日、ブライアン様から貰った赤い花のお礼に、一緒に領地で飲みたかったのよ。まさか、私が用意していると思わないから彼が驚くと思ってね」
「そういうことでしたか。あの缶は目障りかと思って、棚の奥にしまっていたんですよ」
狙いどおり、得意気な顔が返ってきた。私以上にちょろいな。
「そうだったの。エリー悪いけど取ってきて、絶対に持っていきたいわ」
「私にお任せください」
自信ありげに胸を叩いたエリーは、部屋へ戻っていった。
エリーの問題は、これで、よし!
夜会の日の昼間。
エリーと買いにいったジェムガーデンのカモミール。
それを、エリーがどれだけ私の部屋を探しても見つからない。見つかりっこないから。
だって、小さなカモミールが詰まったその缶は、私の手に持つ鞄。その中にあるんだもん。……ごめんね。
王都でしか買えないそれを、エリーが早々に諦めて戻ってくることはない。
エリーの忠誠心を逆手にとってしまい、狡いなと思うけど危険に晒すわけにはいかないから。
そして私は、そのまま一人で馬車まで向かった。すると、私専用の馬車の前に二人の従者がいた。
「あら、今日はその箱馬車を使わないわよ」
「左様ですか。それでは、どの馬車をお使いになりますか?」
「幌の付いた、荷馬車で十分よ」
「ですが、お嬢様をお運びになるのに、流石にそれでは問題があります」
「いいのよ。帰りはクロフォード公爵様と帰ってくるから、箱馬車は空になるもの。高価な馬車に何かあったら、お互い困るでしょう。あなたたちに責任が取れるの?」
「まあ、そう言われてしまえばそうですが」
「はい、じゃあ決定ね」
領地からの帰路はブライアン様とデートだと言い張っている私は、私専用の高級な箱馬車を置いてきた。
そして、今乗り込んだのは、日頃、従者たちが使っている幌が付いただけの荷馬車の中だ。
私は、エリーが私の部屋へ入ったであろうタイミングを見計らい、従者へ出発を命じた。
エリーを待たずして、ひづめの音が、侯爵家の敷地に響き始めた。
今ごろエリーは、私の頼んだ缶を必死に探しているはず。
「バイバイ……エリー。私の勝ちだ。目障りな缶を、日が暮れるまで探していなさい」
「うん? お嬢様、何か仰いましたか?」
「あー、案外荷馬車の中も、乗り心地がいいんだなと、思ったのよ」
「お嬢様が、日頃お使いの馬車に比べると、雲泥の差でしょう」
私がやせ我慢をしていると思った従者は、「やはり戻りましょうか」と気にしていたが、「もっと酷いのを知っているから、全然問題はない」と言って、適当に笑っておいた。
お読みいただきありがとうございます。
次話で、第一幕の最終話となります。
引き続きよろしくお願いします。






