1-40花の祭典⑮~rewriting~
「どうして信じてくれないのよ! 真剣に聞いてくれなきゃ、私の手料理を食べさせてあげないから。さっきは楽しみだって言ってたでしょう」
「何度も言わせないでくれ。領主の個人的な都合を、押し付ける気はない!」
……ぁ。
彼が怒り交じりに告げる。それがやけに胸に突き刺さる。
こんな彼は初めてで、怖くて目の前が真っ暗に変わった。
僅かに口を開ける私は、次の言葉が思い浮かばず身を固くしたまま。
そのせいなのか、一歩も譲れない二人の間に、恐ろしいまでの沈黙が続く。
しばらく経っても、口を固く結ぶブライアン様の表情が、緩むことはない。どうやら私が、ブライアン様を説得するのは無理なようだ。
……となれば、とことん嫌われておいた方が、都合がいい。そう思った私は、ヒステリックに付け足した。
「ですから、台風がくるからと、何度も言っているでしょう! 私の我儘を何でも聞いてくれると言ったのは、嘘なの! やっぱり好きだといっても、所詮それまでなのね!」
「だから、私の私情に領民を巻き込む気はない。この可笑しな話は、これ以上しないで欲しい」
「ブライアン様。次はいつ会えますか?」
「あっ、いや、今はなんとも」
視線を合わせてこない彼から、ざらついた声が出た。これでいい。
「もういいです。この話はやめましょう。ブライアン様が、別に私のことはどうでもいいって、分かったから」
「そんなことはないが、お互い少し、頭を冷やした方がいいだろう」
彼に返事も返さず、くるりと背中を向け天を仰ぐ。
ゲームの中でしか、あり得ないと思っていた、甘ったるい言葉の数々。
照れくさくて、くすぐったかった。だけど心地よかった。
あのとき……。
彼から嫌われないように、「嫌われフラグをへし折ろう」と考えた私は、一体どこへ行ったんだろう。
自分から、がっつり嫌われにいくとは、思ってもいなかった。
馬鹿だな……私。
ううん。
……これでよかった。
いっときだけ私に幸せな時間をくれたブライアン様が、ルーカス様とシャロンに一泡吹かせてくれたから。
それだけで十分。
今年の祭りは、最高に楽しかった。
泣きそうなのに、あの二人の情けない顔を思い出し、妙に笑えてきた。
……でも今は、まだ終わっていない。短く息を吐き、気を取り直す。
「詰まんないから、もう帰りましょう!」
と言えば、「ああ」と低い声が返ってきた。期待どおりな反応で安心する。
これで、完璧だ。
過度な期待を持った、私が悪い。
そう都合良く、ことが運ぶはずない。
分かり切ったことだった。
私の相当におかしな話を、出会って二週間しか経たない騎士団長様が、簡単に信じるのは無理がある。
八年婚約していた、ルーカス様だって信じてくれなかったんだもの。
帰りの馬車。
沈黙と重い空気が漂う。
ブライアン様の不機嫌な表情は、あれからずっと変わらない。大丈夫、完全に嫌われた。
きっとこれで、次の約束の手紙を、お父様へ書くこともないはずだ。
そして私の思考は、これからの計画を練るのに忙しく、無理に頑張る余裕はない。
私が馬車を降りる際、彼が手を貸してくれた。
もうこれが最後だ。
戻ることはできない。私だって、好色おやじの元へ行くのは絶対に嫌だし。
彼を見ないようにそっぽを向き、無言のまま、そそくさと屋敷の扉へ向かう。
ほんの少しだけ。
こんな私を……。
彼が名前を呼びながら、駆けて来てくれないか。
と、矛盾とも思える期待を抱く、自分がいた。
でも……彼が、追って来ることもない。
屋敷の扉の前で立ち止まり。
「……バイバイ」
と、彼にそっと別れを告げた。
そして、エントランスに入り彼の乗る馬車が動きだす音が聞き、はぁ~と、一息つく。
王太子のことは、一先ず上手くいった。
しがない侯爵令嬢の私には無理だけど、彼ならできる。
王太子を呼び捨てに出来るほど、親しいブライアン様であれば、窮地に陥ったとき、殿下に近づけるもの。
別に王太子を見ても、何も感じなかった。それでもだ。
苦しむと分かっている王太子を、どうしても見過ごせなかった。
それに、どちらにしても私には問題ない。
私のことを怪訝な顔で見ていたブライアン様は、王太子に何かあっても、直ぐに聖女の力が解放された、ダリアを使うこともない。それは、知っている。
ゲームでは、眠っているだけの王太子。あまりにも漠然とした彼の異変。そのせいで、初めの一週間は、原因が掴めない。
だけど台風が本当にこの国を縦断したとき。
もしかして、ブライアン様はダリアの花びらを王太子の口に含ませてくれるかもしれない。それを期待する。
その前にあの瓶を捨てられたら、それまでだったってことだ。
もうそれ以上は、私の知った事か。
私は、お兄様を助けるので手一杯だし。他に構っていられない。
よーし。
これからいっぱいアンドーナツを作るわよ。
そうよ、私はまったり計画進行中だったんだから。それでいい。
お読みいただきありがとうございます。
次話、サブタイトル変わりますが、視点を変えるか迷い中です。
読み始めにご注意ください。






