1-32花の祭典⑦~add+re~
弓馬の出場者。その中に、顔も名前も知らない弓の名手がいるのだ。
私の心を掴んで離さない憧れの彼の姿が、今年も見られる。一度は諦めたのに。
そうなれば、胸が高鳴るばかりで、うかうかしていられない。
「ブライアン様、早く行きましょう」
「こらこら、人込みではしゃぐな」
碌に前も見ずに駆け出した私は、危なく人にぶつかる寸前。後ろから彼に抱き止められた。
彼が、ほうっと一息つく。
出だし早々周りが見えず、まるで子どもみたいな自分が恥ずかしく思える。
怒られる気がして、ゆっくり首を動かし彼を見上げた。
すると、困惑気味の笑顔を見せるブライアン様と目が合い、彼がぎゅっと私の手を繋ぐ。
「アリアナが弓馬を見たいと知っていれば、もっと早く来たのに。私が一人で悩む前に、アリアナに聞くべきだったな。反省しているよ」
「いいえ。気焦ってしまい、ごめんなさい。だけど、彼の出番はいつも後半だし、間に合うはずだから」
ブライアン様を安心させようと、にっこりと笑う。
そうすると、彼が少し言いにくそうに、それでも誤魔化さずに教えてくれた。
期待に目を輝かせる私を、少しでも傷付けないために、彼なりの気遣いなのだろう。
「誰か知り合いが弓馬に出るんだったのか。順番は毎年、当日のくじだが、もしかしてアリアナは知らなかったのか?」
「それは知っていますが、彼は毎年、当日に飛び入り参加しているから後半なんです」
「毎年、飛び入りで出場する常連は、いただろうか……心当たりがないな」
自信を持ってきっぱりと言い切る私をよそに、ブライアン様は、不思議そうに首をかしげる。
なるほどな。
彼も毎年弓馬を見ているのだと思い、聞いてみる。
「ブライアン様は弓馬に出ないんですか?」
「騎士団の人間は、日ごろから弓や馬に慣れているから、出場を禁止されているからね」
「とか言って、騎士とは関係のない方に優勝を持っていかれると、困るからじゃないですか。ふふ」
弓の名手を想像して笑う私。それに釣られ、くすりと笑うブライアン様から「まあ確かにね」と返ってくる。
人混みをどんどん掻き分けて進んだ私たちは、重厚感がありながら、おしゃれな赤煉瓦の倉庫の前で立ち止まる。
「ほら、この建物の屋上から見ましょう」
期待に胸が躍り、声も弾む。
彼の手を、早く早くと引いて中に入ると、白髪交じりの管理人が何も言わず、私に向かってぺこりと頭を下げる。例年どおりの光景だ。
そして一直線に向かった先。屋上へ繋がる扉を開けば、歓声が聞こえる。
「流石、バーンズ侯爵家だな。小麦の保管のために、この一等地を使っているのか。ここからだと確かに弓馬の会場が、よく見えるな」
ブライアン様が感心し切りに周囲を見渡す。そんな彼を横目に、私は駆け足で、大通りに面したフェンスへ向かう。
王都で一番の大きな通りに面した一等地。小麦の保管のために二階建ての大きな建物を構えているのは、我が家の財力を示す。自慢の場所だ。
毎年、我が家が管理する建物の屋上から、弓馬のイベントを観賞していた。
大勢の人だかりに紛れることなく、占有スペースで見られるのは最高の環境と言える。
ブライアン様に行きたい所は? と聞かれ、迷うことなくここへ来た。
私は、少し遅れて隣に来た彼へ、姿勢を正す。
「ブライアン様。私、弓馬が毎年楽しみなんです。祭りに誘われなければ、今年は来なかったと思うので、連れてきていただいて良かったです、ありがとうございます」
それを聞いたブライアン様は、目を伏せて照れたような笑顔を浮かべた。
「……令嬢が弓馬に興味があるとは思わなかったな」
「知っていますか? ここ何年、同じ方が毎回違う偽名で優勝しているんですよ。弓を構えてから打つまでの時間に、全く迷いがなくて、他の方とは全然違うので、いつも分かるんです」
恐らく知らないだろうと、私は得意げな口調で聞かせた。
誇らし気に言ったところで、悪役スキルの賜物なのだが、そこは伏せるに限る。
すると、ブライアン様の笑顔が、見る見るうちに驚愕の表情に変わっていく。






