1-31花の祭典⑥~additional~
よろしくお願いします。
王太子を退け満足げな私の横で、ブライアン様が気遣わし気に私の腰に腕を回す。
それなのに、彼は照れたように、私から顔を少し背けている。
その姿が妙にグッとくる。
何だろう。
今まで。自信に満ちた演技にしか見えなかった態度が、人間味あふれる姿に感じ、かわいく思えてくる。
「あのぉー、ブライアン様は何か用事でもあったのですか? 王太子殿下が何か仰っていましたが」
「いや、決まった用事はないんだ。ただ、私に仕事を頼みたいジェイデンが、しつこいだけだから。着いて早々に申し訳ない」
「随分と王太子殿下と仲が良いんですね」
「まあね。互いに子どもの頃からよく知っているからな」
「そういえば、王太子殿下は婚約者なんていましたか?」
「あー、公表はこれからなのか。ジェイデンは隣国の王女との婚約が決まったばかりなんだ。まったく。私がアリアナを選んだことに拗ねて。嫌な気分にさせてしまい、私からも謝るよ」
婚約者が決まったばかり……。
なんだろう。モヤモヤする。
すごく大切なこと。そんな気がして思い出したいことがある。なのに何かが足りなくて、思い出せない。
放ってはおけない、胸騒ぎにも近い感覚を覚える。なのに肝心な所が分からない。
記憶を手繰り寄せたくて、ぼんやりと空を仰ぎ見る。でも、そうしたところで、何のイメージも浮かばない。駄目だ。
一先ず。胸につかえるモヤモヤは、屋敷に帰ってから、ゆっくり考える。
そう気持ちを切り替えて、ブライアン様との話を続ける。
「そういえば、私が豆を買っていた日。どうしてあの場にいたんですか?」
「ジェイデンに同行したんだ。花の祭典の会場を下見するのは毎年恒例だから」
げっ。
この男……。
真面目に仕事をしていると見せかけておいて、とんでもない騎士団長なのかもしれない。
王太子の警護は、すっごく重要な仕事でしょうが!
それを放り出して私の所にいたとは、話にならん。
呆れた私は、じとーっと白い眼を向ける。
「いやいや誤解しないでくれ。途中から、ジェイデンが忍びで寄りたい所があると言い出し、目立たない服装の部下だけ残して帰る途中だったんだ」
「あっ、なんだ。仕事を抜け出していたのかと、とんだ失礼な想像をしました」
「……いや、言葉が足りなかった私が悪い」
「先ほどから耳まで赤いですけど、怒っていますか?」
「いや、違う。ジェイデンが余計なことを言って、期待値が上がってしまったが……。アリアナを祭りに誘ってみたものの、女性が喜びそうなものが、結局よく分からなくてだな。その……。これから、どうしていいか困っている」
「え?」
「アリアナはデートにこだわりがある、と言っていたから、情けなくて、言い出せなかった。申し訳ない」
ばつが悪そうに目を逸らすブライアン様は、私がその場しのぎに発した言葉を真に受けたようだ。
アリアナと湊の人生経験を足したところで、デートの経験なんぞ、年に一度の花の祭典しかない私が、何にこだわるというのだ。
そんなことで、しょげる彼を見ていると、おかしく思え笑えてきた。
「ふふっ。なんだ、そうだったんですか。ブライアン様はどうしたいんですか?」
「いや、私の興味がある場所は、令嬢は絶対に関心もないからね」
そう言って、ブライアン様は苦笑いを浮かべる。
「そんなことは、ないと思いますよ」
「そうだ、アリアナは何を見たいんだ。楽しみにしていたんだろう、行きたい所へいこう」
やったー。
その言葉を、待っていましたとも。花の祭典といえば、私の目的は一つだ。
祭りに誘われた身としては、自分から「行きたい」とは、なかなか言い出せなかったから、聞いてくれて良かったと思う。
図々しいと思いつつも、遠慮はしていられない。
「弓馬を見たくて。毎年、それが楽しみなんですよ」
「っ⁉」
何かにビクッとした様子のブライアン様が、伺うように私を見る。
「嫌ですか?」
「そうではないが、あの辺は人が多いからな。今から行って見られるだろうか。祭りへ来る途中、アリアナの気を惹こうと観劇の話を誇らし気に話したくせに、私としたことが、弓馬の特別席は用意していなくて。気が利かず申し訳ない」
表情を固くする彼へ、にっと笑う私は「大丈夫ですよ」と返した。
特別席がないと言われてしまえば、少々誇らしい気分だ。
その辺は、全く心配はいらない。なんせ貸し切りの場所がある。端からそのつもりだし。
お読みいただきありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。






