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1-30花の祭典⑤〜additional〜

1-28の続きです。

 私の隣にいるブライアン様へ、親し気に声を掛けてきた、大きな目が印象的な青年。

 彼は『攻略対象その二』このロードナイト王国の王太子、ジェイデン・マッキンリー第一王子である。彼は、黒い瞳にダークブロンドの髪といった、この国ではよくある色合い。それなのに、一際目を引くのだから、洗練された所作一つひとつが周囲の人間と一線を画す。


 行き交う人々が多い祭り会場。その中でも霞むことなく、堂々たる威厳。横には、腰ぎんちゃくのような従者を従え立っていた。

 彼の目的は、あくまでもブライアン様だろう。

 ぶれることなくブライアン様を凝視し、私を一切、気にする素振りはない。


 そして私に至っても、条件反射とも言える美しいカーテシーをするあたり、さして湊は王太子に興味がなかったということだ。

 いくら湊が恋愛経験が乏しくても、打算的な王太子に、ときめく心臓は持ち合わせていない。


「これはジェイデン。残念ながら今年は連れがいる。期待には沿えないな」

 二人の中だけで交わされる、隠語のようなやり取り。

 詳しく語らずとも、彼らの間では、十分な意思が通じ合っているのだろう。

 真横にいる私には、何のことやらさっぱり見当はつかない。


 だけど、人の会話を盗み聞くよりも、ブライアン様が、王太子を「ジェイデン」と、名前呼びしているのに、耳がぴくついた。

 この瞬間まで私は、ブライアン様が王太子を呼び捨てにしているのは、知らなかった。


 この国で有名な二人が、「親しい間柄」ということさえ分かっていないのは、これまでのアリアナが、元婚約者以外の殿方に全く関心を抱かず過ごしていたからだろう。


 とはいえ、王太子に興味を持っている場合ではない。

 目の前にいるオーラ大全開の王子様は、ゲームの攻略対象であることは、間違いない。

 ということは、どこから断罪の火の粉が降ってくるか分からない、危険をはらんだ人物といえる。悪役令嬢の私にとっては、これまた敵なわけだ。


 極力問題を避けたい。そう願いうつむく私の横で、声が行き交う。


「いや、それでは困る」と戸惑う王太子。

「それ以上、この場で、その話をするのは相応しくない」

「問題はない。私がブライアンに頼み込もうとしているのは、ここに居る者は皆、知っているからな」


「そちらは良くても、私にも都合があるからな。あとは、自分で何とか考えるべきだ」


「考えた結果が、ブライアンに今年も何とかしてもらう事になったんだ。分かるだろう」

「今は私的な時間だ。水を差すな。あの問題は私の知った事ではない」

「そうでもないだろう。だが、そちらがブライアンの意中のご令嬢か」

 知らぬふりを徹する私の頭頂部に、熱い視線が突き刺さる。

 このままでは、無駄な印象を残すだけだと察した私は、王太子の声に反応し、さっと顔を上げた。


「……うっ。想像以上に美しいな。私に婚約者がいなければ、申し出ていたところだ。いや、側室という手もあるな。ご令嬢、今晩私と一緒に過ごさないか?」


「……王太子殿下と過ごす?」

 真意を測りかねる王太子が、じぃっと私を見つめる。


 視線を感じる私は、その一つ前の言葉が、処理しきれず、胸に引っかかっている。

 ……王太子の婚約者。

 それについては、全くといっていいほど記憶にない。

 この国の王太子に、そのような方がいたかしらと、お相手の心当たりを探す。だが、頭の中に疑問符が浮かぶだけ。

 ましてや、ゲーム中の「ジェイデン・マッキンリー王太子」に婚約者がいるなんて、もってのほか。


 乙女ゲームの攻略対象なのに、どうしてヒロイン以外と既に婚約をしているのか分からない。


 私の知らない何かがあるのか。そう思い、かつての同期で部下となった友人の言葉を必死に探す。

 一緒にゲームをしていた同期。狡い性格の彼女は、どういうわけか第二幕に進み、「甘いマスクの覇者」を最後まで進めていた。最後のイベントは、「ブライアン様が助けてくれないから、どうやってもトゥルーエンドにならない」と。そして彼女は「何かの実を貰って逃げるのが、一番幸せだ」と言っていた。

 でも、今の状況はそれとは関係ないか……。


 うーんと、首をひねる。

 何か重要なことを見落としている気がする。

 ゲームの記憶を必死に探す私を余所に、ご立腹のブライアン様のどすの効いた声が響く。


「ジェイデンの立場で軽々しく言う言葉ではないな。アリアナが冗談に聞こえなくて混乱しているだろう。今すぐ詫びなければ、今後の仕事について検討させてもらう」

 この場の空気が静まりかえり、王太子の体がびくつく。

 私の混乱は、夜伽に誘われたことではないけど、ここは、そっとしておく。


「もっ申し訳ない。そこまで怒るなよ。今まで誰にもなびかなかったブライアンが、困っている親友の頼みより、ご令嬢に夢中になっているから、ちょっと揶揄っただけだ」

「私ではなく、彼女へ謝罪すべきだろう」


 ブライアン様を見ていた王太子が、私へ向き直し、ぺこりと一礼する。

「噂のご令嬢、失礼なことを言った」

「私が噂になっているのですか?」

「ああ、お堅い騎士団長を骨抜きにしていると、騎士団で話題になっているぞ」

 どうしてそうなっているのかと、ブライアン様の顔を恨めしげに覗くと、王太子が話を続けた。


「ご令嬢が、ブライアンに頼んだのだろう。『令息に豆を拾わせろ』と。あの日、豆を拾う男を一目見ようと、酷い人だかりができて、私は帰るに帰れなかったからな」


「そうだったのですか。それは、ご迷惑をおかけいたしました」

 とは返したものの、この件に関しては、横にいるブライアン様が言い出したことだ。それでも無難に、会話の終息を優先した。


「それは問題はない。ブライアンをよく動かしたなと感心している。私の頼みは少しも聞いてくれないから。代わりに頼んでくれないだろうか」


「今日はアリアナとのデートなんだ。それを邪魔されれば、気が逸れて、期待に添えない結果を残すだけ。どちらにしても無意味なことだ」

 怒気を強めたブライアン様が、会話に割り入ってくる。


 それを聞き諦めた様子の王太子が、やれやれとため息をつき、仕返しとばかりに、得意げな顔をする。

「ご令嬢。ブライアンは、騎士団の連中に『令嬢は祭りで何が好きなのか?』聞いて回っていたからな、今日は期待できるはずだ、良かったな」


「おい、アリアナに余計なことを聞かせるな!」

「ブライアンの興味のある所に連れて行っても、令嬢は喜ばんからな。せいぜい頑張れよ」


 ブライアン様が「分かってる」と言い残し、その場から二人で辞した。

 予期せぬ王太子との遭遇で気まずくなったのか、恥ずかし気なブライアン様は、耳まで赤い。

 無言のまま、振り返ることなく人の流れに溶け込んだ。


 そうなれば、もう一人の攻略対象は、ここまでは追ってくることはない。


 よーし。よくやったわ。

 出会い頭の衝突を繰り返した悪役令嬢の私が、攻略対象に会っても、何事もなく逃げ切った。


お読みいただきありがとうございます。

話が飛んでしまい申し訳ありませんでした。

引き続きよろしくお願いします。

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