1-20ズレた歯車②~additional~
よろしくお願いします。
私は、少し前から聖女様の花と睨めっこを始めた。
悩まなくても花には詳しいし、どれがダリアか見分けはつく。
それに、人に優しくしている場合じゃないのは承知しているのよ。
だけど、誰かが不幸になると分かっていて、放っておくのは、見過ごせない。
どうもそういう性分らしい。今まで、散々あだとなって自分に返ってきているというのに。まだ懲りてないあたり、痛い性格だなって自分でも思う。
一応のため、試してみたい感情が騒ぎ、とうとう我慢の限界を超えた私は、ダリアの花を何本か引き抜いた。
まあこれで、窮屈そうな花瓶も少しはマシになった気がするし、ちょうどいい。
そして、『不吉をもたらすものを、絶やせ』と、昼間覚えたての呪文を唱えれば、お兄様から淹れて貰ったカモミールのように美しく光を放つ。予想どおりにね。
これで、万能な解毒薬に変わった。
……王太子の毒なのか薬なのか、いまいちはっきりしない出来事。
本当のところ、何とかしたいのは山々。だけど、今の私にはどうしようも出来ない。できっこないんだ。
ゲームの中では婚約者だから知り得た話であって、王太子の異変は、世間に公表されない。小難しい、政治的戦略ってやつなんでしょう。私には難しくて分からないけど。
だから、王太子が毒で眠り続けることになっても、しがない侯爵令嬢のアリアナが、知る日は来ない。
仮に分かったところで、私が「解毒薬です」テヘヘッと笑って、このダリアを差し出したところで、誰にも信用してもらえない。
だって、そうでしょう。誰が真剣に取り入ってくれるのよ。
むしろ、不審な花びらを持ってきた私は、「罪を被せられて投獄される」恐れすらある。
うん、うん。その自信は、めちゃくちゃある。何と言っても悪役令嬢アリアナだもの。
そもそも、状態異常が起きていなければ、このダリアを口に含んだところで、何も起きないんだから。
実感ゼロの花びらを「万能な解毒薬よ」と食べさせられて、「うわぁ、凄~い」なんて言うお馬鹿さんは、いないでしょう。
普通の人なら確実に、「はっ? 何だこれ」と、冷めた目で見る。
私だってそうする気がしてならないから、結局、相手にされないのがオチか、渡す相手を間違えれば冤罪を被せるカモだ。
じゃぁ、呪文を唱えるところを見せればいいって話?
いいえ。無駄、無駄。
光ったあの瞬間。お兄様は、無反応だったもの。
私が呪文を唱えたところで、他の人には光が見えないのなら、「相当におかしな独り言を言い出す変人扱い」って気がする。
これも間違いないわね。だって、呪文がちっともお洒落じゃないし。
そう考えてしまえば、今、手に持つダリアが役に立つ日は来ないんだろうな。残念。
聖女様の魔法は実証済みなんだけどね。
……階段から落ちた私の体。
負傷して八日しか経っていないと言うのに、全身に負った打撲は嘘のように消え去った。
いいえ、正しく言うべきか。
前世の記憶を取り戻した日の昼には、青あざ一つ、残っていなかったのだ。
それは、もちろん。
あの輝いたカモミールティーを飲んだおかげ。治ったわけではない。体時間が、過去に戻ったわけだ。
夜会当日、私が買い物に繰り出していた頃の元気な体へ「ちょうど二四時間、過去に戻った」っていうのがより正確。
こうなれば、動き回りたい私にとっては好都合である。
私は、バーンズ侯爵家で蝶よ花よと育てられたおかげで、このロードナイト王国の庶民の暮らしぶりが正直言うと分かっていない。
買い物と言えば、アクセサリーや扇子に帽子ばかり。それも、屋敷に売りにくる見知った業者との会話で全てが成立していた。
そうなれば、そもそも肉や野菜がどこで売っているのか? そんなレベルで分からないんだから。
こんな私が、食堂を開けるのか?
まだまだ未知数である。
でもね、うじうじ悩むよりも動いた方が早い。手始めに情報収集から始めたい、早急に。
まったり人生を謳歌しようと目論む私は、従者のお仕着せをちゃっかり拝借済み、だったりする。
これで、食材調達のために一人で立ち寄っても、違和感なし。
よし。準備万全、計画に余念なし。行くわよ。
お読みいただきありがとうございます。
次話は③ 誰かが登場。
引き続きよろしくお願いします。






