1-14階段から落ちた直後~additional~ ※ブライアン視点
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このロードナイト王国の建国記念の夜会に、暗殺者がターゲットの下見をすると、予告状が届いた。
おそらく、これを送れば我々が警備を強化すると目論み、警備の穴を探るためなのだろう。
暗殺者のターゲットは誰か分からないが、無暗に警備体勢を強化すれば、こちらの手の内を明かすことになる。
どちらにしても、敢えて予告状を送ってきたとなれば、狙いは王族の誰か。
国王陛下をはじめ、それぞれに耳打ちをして、夜会では独りにならないよう伝えた。
日ごろは騎士服で夜会にいる私だが、今日はタキシードを着て、会場を見渡せる上階で全体を見ていた。
すると、階段の際で、言い争いをする若い三人の姿が目に入った。
ハッキリと話が聞こえるわけではないが、紫色のドレスの令嬢が、もう一人の令嬢を虐めていたようだ。
……それで婚約を解消するのか、いや、もう解消したのか。
どちらにしても、どうでもいい。
私にとって、虐めていた令嬢が自業自得で婚約破棄されるだけの、くだらない話の内容に思える。
……ただ。そんなところで止めてくれと、冷ややかな視線を送る。
いずれの人物も私と直接の面識はない。
だが、紫のドレスを着た令嬢は、いつも華やかな装いをしているので、何度も目にしている。
派手好きなバーンズ侯爵夫人の自慢の娘だと、噂で聞いたことがある。
少し様子を目で追っていると。
令息の体が、押し寄るピンクのドレスの令嬢によって、じわり、じわりと、階段へ近づいているのに気付く。
だとしても、目立ちたくなかった私は、見て見ぬ振りをして、周囲を見渡す。
「……危ないっ!」
令嬢のそんな声が聞こえ、声の先へ視線を向ける。すると、令嬢が階段から落ちそうな令息を引き上げていた。
その姿を見て、ほんの一瞬息が止まった。
……君には無理だ。
彼女を助けようと思い、直ぐに駆けだしたが到底間に合うわけもない。
美し過ぎる彼女が見せた姿。
それがあまりにも衝撃で、私の体はその場で固まってしまった。
彼女は、救った彼へ優しい笑顔を向けて視界から消えたのだ。
それと同時。私の体温が上昇したのを自覚した。
……どのように表現して良いのか分からない、不思議な感覚に襲われる。
私は、何も知らない令嬢を渇望しているというのか?
いつも令嬢を冷めた目で見ている、この私が?
むしろ、少し前まで嫌悪に近い感情を抱いていた令嬢だったのに?
高揚しきりの私は、それを確かめようと慌てて彼女の元へ駆け寄ったが、声を掛けたくとも名前を知らないのだ。
向かう途中、「膝が見えている」とはしゃぐ声が聞こえた。これしきで喜ぶ人間がいるのなら、彼女の白い肌は、私だけの記憶にする。
そして、目を閉じる彼女を見て、惹かれ続ける感情は抑えられそうになかった。
決めた。
彼女を手に入れる。
考えるより先に体が動き、抱きかかえようとすれば、横から声を掛けられた。
「彼女は僕の婚約者です。僕がバーンズ侯爵家まで送り届けます」
「婚約者……。そうか」
……私の感情は、瞬時に絶望に変わった。
婚約者……。
彼はまだ、正式な婚約者なのか……。
耳に届く断片的な話では、既に関係は終わったものだと思ったのだが、聞き漏らしたのか。
「そうです。ですから僕の婚約者に触れるのは、お止めください」
そうなれば、彼女の体の下に私の手を入れていたのを、ゆっくりと戻すしかなかった。
「ルーカス! アリアナはルーカスの婚約者じゃなくて、元婚約者でしょう! 今は、あたしが婚約者なんだから」
すると、救世主が現れた。
ルーカス殿は、やはり元婚約者だったのだ。
大きな声を上げて拗ねる令嬢が、私に希望をもたらした。
ならば、何も問題はないと優しく抱き上げる。
「ご令嬢。このご令嬢はアリアナと言う名前なのか?」
「はい、そのとおりでございます。ですが、アリアナは、婚約者でもない殿方が触れると癇癪を起す、我儘な性格でございます。何かあっても困りますから、クロフォード公爵様の手を煩わせなくても、誰か別の者に運ばせた方がよろしいかと存じます」
必死に騒ぐ令嬢の姿と、所々聞こえてきた話しの内容が、私の頭の中で一つに繋がった。
「あっ、ですから僕、ゲルマン侯爵家のルーカスにお任せください。僕が婚約者ですから」
ルーカス殿は狼狽える様子を見せるも、その瞳の奥は、アリアナを狙っているようだ。
「婚約者とまで言い張り」私から奪おうと必死な様子。
なるほどな。
今の一件で、彼女を捨てた途端、惜しくなったのか。
残念だが、諦めろ。
私は彼女を逃す気は毛頭ない。
届いた予告状。
私は会場を離れる気はなかったが、これだけ目立ってしまった後だ。
今も、予告状を送った暗殺者から、どこかから見られているはず。
今日のところは諦めて、このまま会場から姿を消すしかない。
……アリアナ。
できれば私にも、あの笑顔で頬笑んで欲しいのだが、それは直ぐに叶うのだろうか。
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