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目の前の肉食獣は虎とはまた別の紋様を身に纏っていた。
黒い輪のような模様。
そして虎とは異なり殆ど白と言って良いのだが、僅かに茶に染まった毛並みを持っている。
腹側など真っ白だ。
毛は長く、尾も非常に長い。
精悍な顔付き。体はヴォルフよりやや大きいが、手足の太さが目立つ。
強いんだろうな。
アデルとイリーナが召喚していた虎のみーちゃんと三毛を思い出す。
レベルが低いうちからかなりの戦闘力があったよな?
豹ならば虎よりも強さの格が落ちるのかもしれないが、大きく変わるだろうか?
レベルも微妙に高いし。
用意してあった呪文詠唱が終了していた。
目論見は完全に外れたが使っておこう。
「メンタルエンチャント・ライト!」
見た目、魔法のような特殊攻撃を使ってきそうにないが念のためだ。
まだ雪猿を相手にしていた時の強化呪文の効果が残っている。
それだけが救いか。
豹が吼える。
明らかな威嚇だがなんとか耐え切った。
間髪をいれずに突っ込んでくる所をなんとか回避する。
やばい。
思っていた以上に速い。
豹はあっという間に反転してこっちに向かってくる。
その牙が目の前に迫っていた。
反射的に重心を下げる。
オレの喉元に迫っていた顎門が大きな音をたてていた。
おっかないな。
これはアレだ。
ここで戦ったブリッツ以上に速い。
ならばオレにできる最上の手段は何か。
迎撃あるのみ。
腰を落として脇を締める。
が、思ったように腕が動かなかった。
一体何が?
左腕の感覚がおかしい。
左腕に装備した雪猿の腕カバーを右手で触ってみると、軟らかい皮の感触がなかった。
硬い。
凍っていやがる。
落ち着け、慌てるな。
両拳を一旦強く握り込んでまた開く。
整息。
そして魔物を見据えた。
焦点は豹になく。
視線は豹のどこにも向かず。
それでいて雪豹の動きを全て見通す。
矛盾するようだがこれでいい。
瞬間。
豹が。
オレの腹を。
食い破ろうと。
してきていた。
なんでゆっくりと時間が経過するんだ?
その刹那、オレが繰り出したのは絶道。
豹の喉には右膝が。
後頭部には右肘が。
同時に叩き込まれていた。
会心の一撃。
その筈だった。
だが豹は口から血を吐き出しながら立ち上がってきた。
すげえ。
オレは感嘆していた。
確かに、必殺とも思える衝撃を与えた筈だ。
にも関わらずこの獣は殺意を膨張させて迫ってきている。
手負いの獣だ。
血にまみれながらなおその姿は雄々しく、こっちを威圧してくる。
怖い。
怖いな。
それでいて見惚れてしまいそうだ。
そこでようやく気がついた。
右肘と右膝の感触がおかしい。
カバーしている皮が硬いのだ。
これも凍らされたのか。
オレ自身に大きなダメージこそないが、感覚のズレは致命的だ。
豹がオレに迫る。
だがその動きには精彩がなかった。
横から喉元を右貫手で突く。
意外なほど簡単に気道を捉えた。
オレが右手を引く動きにつられて豹の顎門が追いかけてきている。
体を半回転。
豹の前脚を無視して左腕を首元に回していく。
プロレスならばヘッドロックだな。
豹の勢いは殺さずにそのまま一緒に駆けていって。
ジャンプした。
オレは尻から着地して両足まで使って受身をとる。
上半身は豹をロックしたまま、ジャンプした勢い込みで体重をかけて地面に叩き付けた。
骨伝導でオレの全身に音が響いていた。
豹の首が完全に折れた音だ。
奇妙な角度で頭を垂れてしまった豹を抱えてオレは呆然としてしまった。
かなり強引な戦い方なのにどうにか勝ちを拾ったのが信じられなかったのだ。
《只今の戦闘勝利で【掴み】がレベルアップしました!》
「これ相手でも戦い方が変わらないとはのう」
「はあ」
「どうしたものやら」
師匠は座り込んで何やら考え込んでしまった。
オレはオレでやるべき事をしておくか。
ポーションを使ってHPバーを回復させておく。
そして魔物に剥ぎ取りナイフを突き立てた。
そして採れたのがこれだ。
【素材アイテム】雪豹の皮 原料 品質C+ レア度4 重量3
ユキヒョウの皮。毛深く手触りも良い。
【素材アイテム】雪豹の爪 原料 品質C レア度4 重量0+
ユキヒョウの爪。鋭いだけでなく丈夫で軽い。
へえ。
どちらもレア度が高めだ。
それに爪の方は3本あった。
手に持ってみると何故か背筋に電気が走るような感覚が生じた。
奇妙に心惹かれる代物だな。
皮の方は毛がフワフワだ。
皮そのものは厚みはない分、非常にしなやかである。
これは防具に向きそうもない。
使うなら防寒具だな。
「では師匠、今日は傷塞草の採集はどうしますか?」
「うん?今日はええじゃろ。それよりも見てみたいのう」
「何をでしょう」
「普段のお前さんの戦いぶりをじゃ」
「はあ」
「遠慮はいらん。ワシも連れて行け」
えー。
ロック鳥で師匠の家に戻るとちょうど昼飯時になっていた。
メタルスキンが用意した簡単な料理を平らげて今度は陸路で狩りに出る。
師匠付で。
後ろから見てるだけとか言ってるけど本当だろうか。
いささか自信がない。
カヤのロッドも壊れたままだ。
そして気になっていることもあった。
技能リンクが確立した、とインフォでは言っていた。
そして取得可能になったのが補助スキルの【二刀流】だ。
二刀流、ねえ。
響きはいいんだけどなあ。
まともに使っている武器が杖しかないオレには無用の長物じゃね?
おっと、いけない。
師匠を連れての狩りだ。
行き先は何処にするか。
当然、レギアスの村の西、森の迷宮だろう。
なんか授業参観みたいだな。
森の迷宮の入り口だが、師匠は難無く通過している。
師匠だからその必要が無いのか。
NPCだからなのか。
良く分からないな。
ロック鳥であちこちを飛び回っているし。
師匠も森の迷宮ではモンスターを召喚した。
例の妖狐だ。
相変わらず鮮やかな色彩で陽炎のようにも見える。
おっと。
オレもジェリコを召喚する。
ウッドゴーレムのジェリコを中心に狼のヴォルフとオレが両脇を固める。
コウモリのジーンが遊撃になる。
後衛?
そんなものはいない。
敢えて言うのであれば、その位置に師匠がいる形だ。
見物するには絶好のポジションだろう。
明かりには当然、光魔法のフラッシュ・ライトを用いた。
「では、行きます」
「うむ」
他に攻略に来ているパーティは見掛けなかった。
適当に歩き回って稼ぐか。
キノコ5匹、そしてブランチゴーレム4匹と連続で勝ち抜いた。
いつもの調子で。
アデルとイリーナはいないが、戦い方は変わらない。
まあ、元々が変えようが無い。
キノコは接近戦で裂いて倒していく。
ブランチゴーレムはパイロキネシスで焼いて数を減らした上で残った奴は投げ中心で壊していく。
何も変えていない。
中央の広間への通路でラッシュファンガスとも戦ってみる。
こいつにも慣れきってしまっていた。
傘を剥がしてから真っ二つに裂いていく。
召喚モンスター達の奮闘も素晴らしい。
特に壁役を受け持つジェリコの役目は地味だが非常に助かっている。
常にフィジカルエンチャント・アースで防御力を高めてやっているのも効果が高い。
魔物共はどれもヴォルフのスピードにはついてこれない。ダメージも非常に少なかった。
ジーンは空中からの奇襲攻撃と牽制だけだが、こっちはノーダメージだ。
一番ダメージを喰らっているのはオレだ。
でも魔物を倒す戦果はオレが一番稼いでいる自信がある。
果たして師匠にはどう見えているのだろうか。
西方向へ真っ直ぐ突き抜けてきた。
仮称、白の広場の出入り口から外に出る。
師匠も通過には問題なかった。
ここから先はスケルトンの巣窟。
魔物の脅威を考えたらスケルトンは今までのキノコ共やブランチゴーレムに比べたらはるかに弱い。
問題になるのは数が多いのと、仕留めきるのが面倒な点だ。
スケルトンの群れを立て続けに4つ、難なく突破した。
いずれも20匹を超える数である。
戦闘そのものは単純な力押しなんだが、簡単ではない。
それだけ数の暴力は怖い。
ジェリコは防御を、オレには攻撃と防御を強化して凌いでいる。
こいつらからは何も拾えないと思っていたのだが、なんと1匹が魔石を残していた。
剥ぎ取りナイフは使っていない。
不思議だ。
そして師匠の介入はここまで受けていない。
呪文は順次継続的に使ってきた結果、MPバーは7割程度まで減ってきていた。
オレのHP回復はポーションだけでなんとか繋いでいるので、MPの消費はどうにか抑えられている。
このままどこまで踏破できるだろうか。
洞窟の少し開けた場所に出た。
いや、洞窟の中にできた渓谷のような場所だ。
水はなくて涸れている。
正面には洞窟の先が見えているのだが。
ウッドゴーレムのジェリコが通過できる足場があるかどうか。
ここだけが足場が荒れていた。
重心が安定せず転びそうになるので、フィジカルエンチャント・アクアで強化しておく。
その直後。
ヴォルフとジーンが同時に鳴いた。
目の前の洞窟の先から、何かが来る。
赤く光る瞳。
いや、眼窩から漏れている鬼火と言った所か。
カチャカチャと嫌な音をたててこちらを見ていた。
スケルトンドッグ Lv.2
魔物 討伐対象 アクティブ
【識別】してみると3匹の犬だ。
大きさはヴォルフと同等。
涸れた渓谷に出てくると威嚇するかのように牙を剥き出しにして横一線に並んだ。
吼えたりはしない。
そこだけが違和感があった。
ジェリコがいるので迎撃でいいかと思ったら、こいつってばオレとヴォルフを目標にしているようだ。
なかなかこっちを襲ってこない。
邪魔だ。
と言うよりもただの通せんぼだ。
呪文を選択して実行。
こっちから仕掛けた。
ヴォルフとジーンにも襲わせておく。
1匹を正面に捉えながら他の2匹にも視線を飛ばす。
もう1匹、オレを横から襲おうとしている奴がいた。
その犬の頭蓋骨にジーンが先制で一撃を入れていた。
目の前の犬が飛び上がってオレの首を狙って噛み付いてきていた。
だが、温い。
遅いよ。
ユキヒョウの速さを見てしまった後だからかも知れないが。
右拳のアッパーカットで顎の下から突き上げてやる。
左手で胴体に手を当てて呪文を叩き込んだ。
「パイロキネシス!」
アンデッド相手なら火で焼くのは定番だよな。
そう思ってましたが、さほど効果はなかった。
呪文選択を失敗したか。
続けて膝も喰らわせておく。
犬は軽々と吹っ飛んだ。
地面に犬が転がった所でジェリコが踏みつけた。
それだけで胴体の骨が砕けてしまう。
そして真っ二つになった。
胴体部分にもスケルトン同様の人魂部分があるのが露出して見えていた。
つまり倒し方も同様でいいのだろう。
人魂そのものは蹴りの一撃で四散した。
頭蓋骨はどうか。
踵を落として割ってみると、中に人魂がある。
これも蹴ってやると雲散霧消である。
変わらないようだな。
人魂が赤いだけだ。
他の2匹も同様だった。
1匹をヴォルフに任せたまま、もう1匹も潰した。
ジェリコが文字通り踏み潰した。
最後の1匹もヴォルフが頭蓋骨を噛み砕いて終わった。
人魂を散らすと骨そのものも消えていく。
ヴォルフが何故か悲しそうに見えた。
さっきまで嬉しそうだったのは骨を思う存分噛めたからなんだろうか。
お腹壊さないでね。
戦闘には勝利したものの、アイテムは何も得られない。
でもスケルトン同様に何かを得られるのかもしれないな。
ただ、今回は別のものが得られたようだ。
《只今の戦闘勝利で【火魔法】がレベルアップしました!》
《【火魔法】呪文のレジスト・ファイアを取得しました!》
《【火魔法】呪文のファイア・ヒールを取得しました!》
《【火魔法】呪文のファイア・シュートを取得しました!》
《只今の戦闘勝利で召喚モンスター『ジェリコ』がレベルアップしました!》
《任意のステータス値に1ポイントを加算して下さい》
お待ちかねのレベルアップもあった。
仮想ウィンドウに表示されたジェリコのステータス画面を見ると、自動割り振りで上がっていたのが敏捷値だ。
うん。
まあ強化はされているんだろうけど、4が5になった所でそう変わらないんじゃ?
当社比で25%の性能アップですけどね。
残り1ポイントは生命力にしておく。
少しは数字の見栄えが良くなる事だろう。
ジェリコ ウッドゴーレムLv2→Lv3(↑1)
器用値 4
敏捷値 5(↑1)
知力値 4
筋力値 33
生命力 33(↑1)
精神力 4
スキル
打撃 蹴り 魔法抵抗[微] 自己修復[微] 受け
そしてオレの方も火魔法がレベルアップしている。
さっきまでブランチゴーレムも散々焼いていたし、レベルアップしてもおかしくないんだが。
これでようやくアデルに追いついたって訳か。
さすがに成長する速度が遅いよね?
まあここは素直に使える呪文が増えた事を喜んでおこう。
洞窟の先を更に進む。
広さはそのものは大きくなってきたものの、足場は悪くなってきていた。
ジェリコには常時フィジカルエンチャント・アクアで器用値を底上げしておかないと踏破速度が落ちてしまう。
悩ましい。
戦力としては十分すぎるほどに頼りになるんだが。
そこから立て続けでスケルトンの群れを2つ一蹴する。
洞窟はまだ一本道だった。
足場がまた少しマシになったかと思ったらどこかから光が見えていた。
出口?
出口で間違いないようだ。
ジーンが先行して飛んでいって異常が無いことを確かめた。
この陰鬱な場所からようやく解放されるのかと思うと少しホッとする。
そこは確かに明るい場所ではあったが、森の中の切れ目になっているようだ。
洞窟の出口は丘の中腹にあった。
その丘も何やら日本の古墳のような風情である。
丘を囲む木々はどれも高くそびえており、どれも立派に見えた。
【鑑定】してみたらクスの木も多いのだが、カツラ、トチノキも混じっていて、スギもあるようだ。
混然としすぎ。
森の中は適度に日光が差し込んでいるので歩くには支障がない。
だがウッドゴーレムのジェリコには少し厳しいようだ。
「ほう。中々いい森のようじゃな」
「確かに空気がいいですね」
「うむ。だがそれだけではないようじゃがな」
「はい?」
「感知してみたら分かると思うぞ」
感知?
よく見ると師匠の連れている妖狐はその尻尾を盛んに振っている。
ヴォルフもだ。尻尾が揺れ続けていた。
喜びの表現、というより興味津々といった感覚のようであるが。
センス・マジックの呪文を使ってみる。
すると周囲の木々が魔力を発しているのが分かった。
生命力が溢れているかの様だ。
それに気になる事もある。
センス・マジックの効果がまるで効かない場所が所々にあるのだ。
まるで魔力を吸い込む穴のようなイメージになるのかな?
「魔力が感じられない変な場所があるみたいですが」
「うむ。ワシも詳しくは無いが、年を経た巨木は偉大な精霊を宿す事があると聞く」
「精霊、ですか」
「そうじゃ。中には巨木そのものが精霊と化す場合もあるし、精霊界と繋ぐ変異点になる場合もあるようじゃな」
「精霊界?」
「エルフは知っておるな?今や精霊を召喚できるのはエルフだけじゃが彼らの故郷じゃよ」
へえ。
そのあたりの設定は今も昔も似たようなものか。
「サモナーの間でも人間による精霊召喚は大きな研究テーマじゃからの。まあ頭の片隅にでも覚えておくといい」
「はい」
「そしてこういった森はやたらと荒らさぬことじゃな」
そうだな。
こういった豊かな森は数少なくなってきてしまった。
そのうちバーチャルでしか体験できなくなるのかもしれないな。
それにしてもいい空気だ。
森の匂いに包まれていい気持ちである。
暫しの間、森林浴を楽しんだ。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv6
職業 サモナー(召喚術師)Lv5
ボーナスポイント残19
セットスキル
杖Lv5 打撃Lv3 蹴りLv3 関節技Lv3 投げ技Lv3
回避Lv3 受けLv3 召喚魔法Lv6
光魔法Lv3 風魔法Lv4 土魔法Lv3 水魔法Lv3
火魔法Lv3(↑1)闇魔法Lv2
錬金術Lv3 薬師Lv3 ガラス工Lv3
連携Lv5 鑑定Lv5 識別Lv5 看破Lv1 耐寒Lv3
掴みLv5(↑1)馬術Lv4 精密操作Lv5 跳躍Lv1
耐暑Lv3 登攀Lv1
装備 カヤのロッド(折) 野兎の胸当て+シリーズ 雪猿の腕カバー
野生馬のブーツ+ 雪猿の革兜 背負袋
アイテムボックス×2
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ
称号 老召喚術師の弟子(仮)、森守の証、中庸を望む者
召喚モンスター
ヴォルフ ウルフLv5
残月 ホースLv3
ヘリックス ホークLv3
黒曜 フクロウLv3
ジーン バットLv3
ジェリコ ウッドゴーレムLv2→Lv3(↑1)
器用値 4
敏捷値 5(↑1)
知力値 4
筋力値 33
生命力 33(↑1)
精神力 4
スキル
打撃 蹴り 魔法抵抗[微] 自己修復[微] 受け




