1338 補足編7 雌伏1
「姉さん、これ」
弟が私に差し出したのは一振りの刀だ。
まだ体が小さかった頃に使っていたものになる。
刃渡りは当然短く、刀と言うよりも短刀だ。
でも刃の厚みが普通じゃない。
分厚い人斬り包丁だ。
山に棲む獣を斬っているからか、禍々しさが残っている。
弟の目の前で抜刀。
刀身に錆は浮いていない。
手入れがしてあったのを確認すると納刀。
弟が見ているからわざとたどたどしい動きにする。
「ありがとう」
「どうしたの? 興味無さそうだったのに」
「護身用にね」
弟は知らない。
私が何者なのか、まるで知らない。
知らせてもいないし、知らせる必要なんて無い。
「この辺りも野犬は減ってると思うけど?」
「こないだ猪に遭遇したわ」
「それは逃げてよ!」
「逃げたわよ?」
弟は知らない。
祖父と共に弟がこの御山で獣を斬りに行っている間、私が何をしているのか?
弟は知らない。
祖父が過去に何をしたのか?
そして祖父も私の事を何も知らない。
だからこそ意味がある。
「姉さん、それ使えるの?」
「包丁みたいなものでしょ?」
「全然違うって」
弟は知らない。
私が斬った獣の数は数知れない。
それは私達の祖父をも遙かに超える数になる。
獣、というより魔物と言うべきだけど。
「御守りみたいなものだから」
「学校では目立たないように気を付けてね」
「勿論」
中学校で私は剣道部に所属している。
目立たぬように短刀を持ち込む手段ならあるのだ。
そしてこの小屋にある武器の位置も把握してあった。
利用出来そうなものは密かに隠してある。
勿論、祖父にも弟にも内緒だ。
「ご飯はもう少し待ってね」
「そうか、今日は姉さんの番か」
「残したらぶっ殺す」
戦々恐々とした様子を弟は隠そうともしない。
全く、この子は甘えん坊が過ぎる。
私の家族は目の前に居る双子の弟だけだ。
私達に両親はいない。
保護者は祖父で肉親ではあるがそう思いたくない。
そうなるのも当然と言える。
祖父の方も私達に接する態度は肉親とは思えぬものだった。
特に私に関してはそうだ。
弟の剣の才能は十分だ。
祖父は惜しみなく技を教え、早い段階で山に棲む獣を斬らせている。
私から見てもその技は大したものだと思う。
祖父も満足している事だろう。
ただ一点を除いて、だけど。
「お祖父様は?」
「鹿肉を売りに行ってる」
弟が手にしているのは肉の塊、それを私に渡すのを躊躇していた。
何を言いたいのか、私には分かる。
「それ、渡しなさい」
「せっかくのお肉なんだけど」
「お黙り!」
この家で一番、料理の腕前がマシなのが目の前にいる弟だった。
一番下手なのがこの私。
おかしい。
ゲームの中で料理スキルを取得、特訓を積み重ねた。
その経験もこの世界では役立たずだ。
どの世界でも料理は鬼門、そういう事なのだろう。
「じゃあ少し体を動かしてくる」
「食事前に風呂は済ませておきなさいよ」
「了解」
昔ながらの山小屋での生活だ。
町での生活に比べたら利便性の点で天地ほどの差がある。
それでも弟にとっては普通としか思えないだろう。
異常としか思えない生活もそれが何年も続いてしまえばそれは日常だ。
そこから逃れる、という考えは弟にも私にも無い。
私はただ、来るであろう機会を待っていた。
実の祖父を、斬る。
それはもうすぐなのだと理解していた。
今のうちに体を馴らす必要がある。
勿論、その様子は誰にも見せる訳にいかない。
体は一応、部活で鍛えてある。
それでも体格の差、体力の差は確実にあるだろう。
技、それに業の方は?
十分過ぎる程にある。
◆
「お前達に話がある」
遂にその日が来た。
この時、私はそう確信した。
その日も祖父の様子は普段と変わらなかった。
孫二人に語るその口調には抑揚が見られない。
囲炉裏を挟んで弟が座り、私は台所で片付けをしていた。
祖父の傍らにはいつものように刀が置かれている。
弟もまた同様。
日常の光景だった。
でも私には分かる。
僅かな殺気が漏れていた。
それが誰からのものなのかは明らかだ。
弟が気付いているのかどうか、それは分からない。
「お前達の両親についてだ。聞かせてやろう」
「え?」
「聞いて貰わねばならぬ」
私は無言のままだ。
祖父を一瞥、そして視線を外した。
無関心を装い片付けの続きをする。
さて、どうなるか?
いえ、弟はどうする?
そして私は?
それはもう決まっていた。
これは一体、何だ?
僕は何を聞かされている?
祖父が語るのは両親の事だった。
その筈だ。
言葉が出ない。
祖父は僕達の両親をいかにして斬る事になったのか、語っていた。
自らの息子を、その伴侶を、斬った様子を忌々しげに。
話の途中で何度か、台所に立つ姉さんを見た。
背中をこちらに向けたままだ。
振り向こうとする気配すら無い。
動揺しているのだと思うけどその様子が見えなかった。
いつもと変わらぬ日常の風景が壊れた。
いや、壊したのは祖父だ。
何だってそんな事を?
その理由も語っていたように思うが理解が追い付かない。
「お前はよく鍛錬を積み重ね強くなった。だがまだ足りぬ」
そう言うと祖父が刀を手にした。
何故だろう、祖父の口元に笑みが浮かんでいる。
僕は呆然とそれを見つめていた。
「仕上げが必要なのじゃ」
殺気、それに狂気が迸る。
そして抜刀。
僕も呼応して刀を手にしていた。
でも抜刀するに至らない。
鞘で受ける。
それも出来なかった。
祖父が斬り掛かった先、それは姉さんだった!
姉さんが殺される!
でもお祖父様の必殺と思われた斬撃は弾かれていた。
一体、どうやって?
姉さんが手にしていたのは包丁。
まさかアレで防いだ?
そして祖父を見る。
驚愕の表情がまるで能面のように貼り付いていた。
多分、僕もそんな表情なのだと思う。
僕らの両親を殺したのがお祖父様なのだという話も信じられない。
そして今、繰り広げられているこの光景も信じられなかった。
これは本当に現実なのだろうか?
2026年1月25日にサモナーさんが行ⅩⅡ巻(通算13冊目)が刊行予定です。
宜しくお願いします。




