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「ここは?」


 視界に飛び込んできた光景には見覚えがあった。

 毎日見ていたのだから当たり前だ。

 でも全身を濡らしている感触はかなり違う。

 ゼリー状の緩衝液。

 全身型のバーチャル・リアリティ用端末が最初に出回った頃、使われていた代物だ。

 日常に戻るにはシャワーを使わないといけない。

 だから私はこの端末を浴室に設置していた。


 落ち着いて。

 これは私の選択の結果の筈。

 そのうちの1つの筈。

 頭の中では混乱がある。

 整理出来ていない事もあるけど、慌てなくていい。

 変わらぬ日常の光景。

 ここは私の部屋。

 但し、引っ越す前に済んでいた部屋だった。


 黄金人形が私に示した選択肢は幾つかあった。

 私が選択したのは、その全てだった。

 きっとゲームの中に留まり続ける私もいるだろう。

 ログアウトして、偽りの世界を生きる私もいるのだろう。

 そこにいるのは私だけじゃない筈。

 キースも、ミオも、サキもいる筈だ。

 見知った面々が変わらず、ゲームをプレイしている筈だ。


 では、ここにいる私は一体?

 記憶はある。

 残っている。

 黄金人形との会話も。

 キースが戦っていた、その光景も。

 思い出せる。

 そう、思い出せるわ!


 ここは平行世界のうちの1つかしら?

 極めて類似した平行世界に私を送る。

 黄金人形が提示した選択肢の1つだ。

 でも私は可能な限り、複数の世界に私を送り込む事を望んだ。

 平行世界に送るにしても1つである必要は無い。

 あの時の私がデータ化された人格のコピーのようなものだった。

 ならば、可能な筈だった。


 果たして、私の望みが叶っているのかどうか、今の私に確認する術は無いのだろう。

 それに最優先で確かめておきたい事がある。

 ここがバーチャル・リアリティで構築された世界であるのかどうか。

 この肉体が現実にあるのかどうか。

 黄金人形は肉体の有無に関しては大した差は無いと言及していた。

 でも私には大事なのだ。

 確認しておくべきよ!


 それにしても奇妙だ。

 時間軸がおかしい。

 これは、過去の世界。

 間違いなく、私が生活していた空間だった。


 行動を開始しよう。

 髪に纏わり付くゼリー状の緩衝液をシャワーで洗い流す。

 そして手を伸ばして携帯端末を手にした。

 見なくても置いてある場所は分かっている。

 日付を確認すると?

 ほぼ2年前だった。

 この頃は確かに、この部屋で生活していた筈だ。



「あら?」


 携帯端末に未読メールがある。

 誰からかと思えば、従妹からだ。

 記憶を辿る。

 この頃、何があったかしら?

 結構、頻繁に連絡し合っていたから思い当たる事が多い。

 相談したい事があるから連絡が欲しいですって?

 いいわ。

 今から、電話してみたらいい。

 この時間軸がどの辺りであるのか、明確になるかもしれない。






『お姉ちゃん、お願い!』


「端末を選ぶだけよ? いいわね?」


『うん!』


 念を押しておくけど、結果は分かっている。

 結局、予算が足りず私に補助して貰う事になるのだ。

 勿論、出世払いで。

 この従妹とは実の家族同然の間柄なのだし、プレゼントでもいんだけど。

 表面上だけでも甘やかす訳にはいかない。


 バーチャル・リアリティ端末で何をしたいのか、その理由も分かっていた。

 彼女には実の姉もいるのだけれど、既に社会人で遠方にいる。

 姉と一緒に遊びたい。

 勿論、私も巻き込んで遊びたい。

 その一心なのだ。



「ハードを買う前に確かめたいけど、ソフトは何を? 定番で世界遺産巡礼でもするの?」


『それもやるけど、やっぱりゲームがしたい!』


「要求スペック次第で端末も高くなるわよ?」


『わ、分かってるって!』


「目を付けているゲームがもうあるんでしょ? 今のうちに白状なさい」


『じ、実はあるの! βテストの募集をしてるんだけど、申し込みたくて』


 やっぱりね。

 彼女の答えはもう分かっていた。



『アナザーリンク・サーガ・オンラインってゲームなんだけど』


「了解。待ち合わせ場所は現地でいいわね?」


『うん!』


 通話を切る。

 そして携帯端末を凝視する。

 ここはきっと、過去の世界。

 私がいた世界とは極めて類似した、平行世界である可能性が高い。

 では、私はどう行動すべきなのだろう?


 まだ、時間はある。

 検証せねばならない。

 今の私に出来る事は、まだそれだけだ。

 僅かな事しか出来ないけど、確実に前進するべきだ。


 希望は必ずある。

 それは私が自ら見出し、掴み取らなければならない!





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




『ネットワーク環境が全滅しているぞ?』


「分かっているわよっ!」


『困った。ログイン出来ないか』


「心配するのはそこなの?」


『何しろゲームに没頭するしか無かったんでね』


 現実に戻ったら実にカオスな状況になっていた。

 少し情報を収集してみたけど、その全てが世紀末的な様相を示している!

 地球を巡るネットワークもあちこちで寸断されているようだ。

 報復で運営が繰り出した戦闘ロボットは効率的に世界を壊し続けていた。

 電力供給源を集中的に潰しているのが分かる。

 そして各国の政治中枢もだ!

 この国にあった国連本部も、大統領官邸も、各所にあった軍事基地も沈黙している。

 いずれここにも来るのではないだろうか?

 いや、既に来ていても驚きは無い。

 オレが収容されている場所は軍事基地としか思えないからだ。


 それにしても、脆い。

 姿を消して迫る戦闘ロボットが相手なのだとしても、脆い!

 運営がオーパーツとも言える技術を駆使しているのだとしてもだ。

 そんな戦闘ロボットには興味はある。

 戦ってみたい。

 でもオレに出来る事など皆無だ。

 現実で戦えるような有様じゃないしな!



『今のうちに逃げたらどうなんだ?』


「どこに逃げたらいいの? 地球上のどこに安息の場があるのかも分からないのに!」


『まあ、それもそうか』


 この建屋も非常電源で動いている。

 電力の供給が止まればオレも遠からず死ぬ事になる。

 困った。

 どうせ死ぬなら戦いの中で死にたかった。

 それなのにここの連中は死ぬ寸前だったオレを生かし続けた。

 研究の為にだ。

 しかも人間を研究素材にしたバイオサイエンスだ!

 法的にも人道的にも許されるような代物ではない。

 こんな超法規的措置が行われている理由は単純だ。

 軍事目的であるからだ!



『じゃあ何をしている?』


「説明してる暇が無いの。今は手を動かさないと!」


『了解だ、ウェーブ』


「そうして、スクリューボール」


 オレは彼女の事をウェーブと呼ぶ。

 女性軍属だからそう呼んでいた。

 本名は知らない。

 日常的に会話はする事もあるけど、彼女は元々雄弁では無かった。

 今日は珍しく、多弁だ。

 だが、黙り込んで何か作業をしているらしい。

 カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえ続けていた。

 

 彼女も多分、オレの本名を知らない。

 普段からオレの事はスクリューボールと呼んでいた。

 これは奇人変人の事で失礼極まりないのだが、オレは結構気に入っていた。

 サムライとかニンジャと呼ばれるよりもマシだ。

 かなりマシだ。

 傭兵仲間はステレオタイプだらけだったからな。

 オレが日本人というだけでサムライとかニンジャとか呼ぶのには閉口したものだ。


 そんな彼等も今はどうなってしまったのだろう?

 生き残っているのだとしても、まともではあるまい。

 今のオレのように。



「これでどう?」


『ッ?』


 視界が回復したが、真っ白でまるで見えない!

 いや、徐々にだが見え始めている。

 これは、何だ?



『ウェーブ、何をした?』


「説明してる暇が無いって、言わなかった?」


 その通りだった。

 椅子に座った彼女は、負傷していた。

 しかも銃創とは思えないぞ?

 肩口、そして太股に見えるのはまるで刀傷。

 出血は止まっていなかった。



「ついでにもう死にそうよ」


『これは、何だ?』


 感覚がある。

 オレの目は鈍い金属光沢のある腕を捉えていた。

 動く。

 オレの意のままに、動く。

 触感が無いから違和感は大きいけど、動けるぞ!



「敵ロボットのボディよ。何体か回収出来たのを1体にしてみたんだけど、動けそうね」


『何の為に?』


「さあ、何の為かしら?」


 ウェーブの表情には血の気がまるで無い。

 止血は?

 間に合いそうに無い。

 戦場で死にそうになっている人間は幾つも見ている。

 これは助けたくても助けられそうにない。



「私が憎い? きっと憎いでしょうね。殺したい筈よ」


『さて、どうするかな?』


「スクリューボール、今の貴方は動く体を得たわ。復讐をするなら今のうちよ」


『復讐、か』


「ええ。このままでも私は出血多量で死ぬ。復讐するなら今のうちよ」


 困ったな。

 確かに殺意はある。

 ウェーブがオレに接する態度は実験動物に対するものと変わらなかった。

 だが、脳と脳幹だけになっていたオレに現実で動ける体を与えてくれたのも彼女だ。

 複雑な思いがある。



「ッ?」


『何?』


 彼女の肩に深く、何かが刺さっている。

 姿を現わしたのは?

 見覚えがある。

 あの戦闘ロボットだ!

 いや、少し違うな。

 鈍い光沢の表皮は均一で一部は透けて見える。

 光学迷彩仕様か!


 ウェーブが息絶えたのを確認したからなのか、戦闘ロボットはオレに背を向ける。

 久住によれば、オレのモーションをプログラムしてあるそうだが。

 こいつは、何だ?



 マンスローター 個体識別コード421-0216

 戦闘用ロボット 作戦行動中

 状態:スタンドアローン 光学迷彩稼働準備中



 おいおい!

 オレの目の前に仮想ウィンドウで表示が出る。

 これってアナザーリンク・サーガ・オンラインと同じ仕様なのか?



 マンスローター 個体識別コード899-0121

 戦闘用ロボット 待機中

 状態:スタンドアローン 光学迷彩稼働可能



 オレ自身のステータスも確認出来た。

 どうやら、目の前の戦闘ロボットはオレを仲間と認識していそうだが。

 このまま同行する、という選択肢はあるだろうか?

 いや、それよりもだ。


 こいつは、敵だ。

 少なくとも殺意を向けていた相手を殺し、横取りしたのは間違いない。

 では、どうする?



『ッ!』


 背後から頭部を抱えて裸絞めに、そのまま頭部を捻る。

 呆気なく、ロボットの頭部は胴体から千切れてしまう。

 半ば消えかかっていた胴体も姿を現わす。

 こうしてみると、唯のマネキン人形にしか見えない。

 きっと今のオレの姿もこうなのだろう。


 では、次だ。

 今のオレの体を分解して調べる訳にはいかない。

 代わりにこいつを分解するか?

 いや、他に戦闘ロボットがここに侵入しているのかもしれない。

 その掃討を行ってみてもいいだろう。

 そもそも、ここの建屋がどういう構造なのかも詳しく知らない。

 やるべき事は色々とありそうだ。


 では、それが終わったら?

 オレにやれる事なんて限られている。

 戦いあるのみ。

 無論、戦闘ロボットとして人間を相手にする選択肢は無い。

 凡戦にしかならないのは明らかだ!

 オレが望む戦いとは違う。


 ならば、戦闘ロボットを相手にするしかないな。

 運営のある本拠地を目指してみてもいい。

 きっと、戦闘ロボット達を相手に戦う事になる。

 しかもモーションプログラムはオレの動きを流用しているような相手だ!

 どれだけの数がいるのか分からないが、不足する事はあるまい。

 戦い続けて無事にいられると思わないけど、戦いのない毎日よりもいい。

 ずっと、いい!


 アナザーリンク・サーガ・オンラインの運営には感謝すべきであるのは分かっている。

 オレ自身、大いに楽しめたのだから文句を言えた立場ではない。

 でも世界を混乱に極みへと陥らせたのも、その運営なのだ。

 悪いけど、戦わせて貰おうか!


 今のオレはきっと、笑っている。

 笑っている筈だ。

 生身であればイリーナが顔を顰めるに違いない、あの笑顔だ。

 今のオレの姿は戦闘ロボットではあるが、一体どんな表情になっているだろう?

 捻り切った戦闘ロボットのように無味乾燥であるのは間違いないのだが。

 それはある意味、オレにとって救いであるのかもしれない。


 では、行動開始だ。

 流れるままに。

 流されるままに、だ。

 今までも、そしてこれからも変わらないと思う。


 しかし困ったな。

 運営には大いに文句を言いたいぞ?

 この体では痛みを感じ取れない!

 気配もだ!

 どうやらこれこそが最大の懸念事項になりそうです。

 まあそれにも慣れるしかないのだが。

 何、時間ならある。

 敵もいる。

 今のオレにはそれで十分だ。

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― 新着の感想 ―
キースのログイン時間が異常だった原因が判明… 脳と脳幹だけで活動してるならトイレ休憩も連日の徹夜も苦になりませんね。 でもVRで脳を動かし続ける事で疲労はしないのか?時々記憶が飛ぶのはその影響であった…
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