6 なんというか狂気すら感じます
「……うにゅー、お母さん……」
身じろぎしながら母を呼んだ。
どうやらその拍子に身体が痛んだのか、顔を顰め、目を覚ましたようだ。
「……ん、痛い、痛いよ、助けてお母さん!」
そう言って彼女の身体が白く光った。
そしてじわじわと身体中の傷が回復していく。
なんか逆再生の映像を見せられているみたいな、そんな感じ。要グロ耐性な光景だ。
彼女を包んでいた光が収まり、身体中の傷が治った。痛みがなくなり落ち着いたのか、そこでようやく周囲を見渡し、俺と目があった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
和かに挨拶をしてみたが、怯えられたようだ。
自分をいじめるものばかりだったのだからこの怯えも仕方がないものだろう。決して俺が怖いわけではないだろう、ないよな?
怯えてか、起き上がろうとする彼女を軽く牽制する。
「まだ起き上がらない方がいいよ。さっきまであんな怪我をしていたんだから」
そう言うと不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「お、お兄さんは、セルファをいじめない?」
その言葉に俺は悲しくなってしまう。
あれはもういじめなんてレベルではなかった。虐待すら生ぬるい、拷問と呼ばれても良いものだ。
そんなことを周囲の龍全てからされていたのだろう……
「大丈夫だよ、お兄さんは君をいじめないから」
なるべく安心させるように笑いかけ、頭を撫でた。
撫でる時にびくりと身体が反応していた。
虐待された子によく見られる反応だが、表情に出さないように努めた。
「!?……ふわぁ……」
撫でられたことが意外だったのか、なんというか蕩けているな。
「お兄さんは、ニンゲンさんだから優しいの?」
自分でも言っておいてなんだが、お兄さん呼びなんだな、歳はそんなに変わらないと思うのだが。
「確かに人間には君のお母さんみたいに優しい人もいる。けどみんながみんなそうじゃない。龍を憎んでいる人も多い。君は特に気をつけなければいけないよ」
人間に憧れを抱いているようだが、それではダメだ。君は人間に騙されてしまうのだから……
「? お兄さんは人間さんじゃないの?」
「人間だとお兄さんは思っているけど、どうなのかな?」
少なくとも1/5は人間じゃないからな。
はは、意味がわからなかったのか不思議そうな表情をしている。可愛いな。
「そうだな、君に近いかな。お兄さんも龍と人間の狭間の存在なんだ」
「え!」
それを聞いてすごく驚いている。
そして俺も驚いている。狭間なんて単語の意味がわかるのか。
「お兄さんを人間さんはいじめるの?」
悲しそうな顔で聞いてくる。信じていた、いや唯一の希望だった人間にも自分を受け入れてもらえないのかと怯えてもいるのだろう。
「お兄さんはこれを隠して生活しているからいじめられたことはないよ」
そういって左腕からシーツを剥がした。
「ひぅ!?」
あ、驚かせてしまったか。
落ち着いた頃に、突然顔を青くして謝りだした。
「お兄さん、ごめんなさい! ごめんなさい!……」
その様子は尋常じゃない。起き上がり、涙を流しながら何度も何度も頭を下げる。狂気すら感じるその姿に俺は圧倒されてしまう。
「大丈夫だから、大丈夫!」
これ以上頭を下げさせないように正面から抱きしめた。
「落ち着いて、大丈夫だから」
それでもまだ謝ろうとする彼女の背中を撫で、落ち着かせようとする。
俺の服がびちゃびちゃになってもまだ泣いていたが、収まる頃には泣き疲れたのか眠ってしまった。
これには困った……
とりあえず、日陰に移動しようか。
木陰に移動し、頭を膝の上に乗せながら、翼を出して心地良い眠りとなるように軽く扇ぐ。
こんな時なのに、さっきまでとは違い、この世界に来て一番落ち着く時間を過ごしている気がする。
そんな場合じゃないのにな。
服がボロボロになって肌がほぼ見えている幼女に膝枕して落ち着いているっていうのもなんか凄い、これも龍を食らった影響か!? たぶん違う。
そんなアホなことを考えていると結構時間が経っていたらしい、彼女が目覚めたようだ。
そしてこちらをじっと見ている。
「やっぱりお兄さんは仲間なんだ……」
俺の龍翼を見ながらぼそりと呟いた。
「落ち着いた?」
「はい、二度も膝枕ありがとうございます。あの、お兄さんは……セルファのこと、嫌いに……なった?」
なんというかひどく怯えているように感じる。
「ううん、そんなことないよ。お兄さんはそんなことで君を嫌いにならない」
目を見て真剣に告げた。少し気恥ずかしいが彼女を安心させる方が優先だ。
「泣いて喉も渇いただろう、今水を取ってくるよ」
そうしてこの場を離れようとした俺に悲痛な叫びが━━
「離れないで!」
そして縋るようにしがみつかれた。
どうやら彼女の身の安全の為とはいえ、人間という希望を打ち砕いてしまったことが影響して不安定になっているようだ。
「それじゃあ一緒に行こうか。その血がついた体も洗った方が良いだろうし」
そう言って彼女を右腕で抱き、飛んだ。
「え、きゃ! ……ふぁ〜〜」
最初は驚いていたが、空の景色に目を奪われたみたいだ。
「凄い! 凄いです、お兄さん!」
「うん、わかったからあんまり暴れないでね、落ちちゃうよ」
彼女を右腕だけで支えないといけないので結構大変だ。いつもより飛びにくいし。
そうして川に着いて、血を洗い流した。
服はダメになっているので予備のシーツを出してそれを巻きつけて服のようにした。
「お兄さん、本当にありがとうございます! お母さん以外の人に優しくされたのは初めてです」
そんな悲しいことを嬉しそうに語らないで!
「そ、そうなんだ……。あ、自己紹介をしてなかったね、俺は空夜。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。あたしの名前はセルファです」
うん、知ってた。
とりあえず関わってしまったがこの後どうしよう。
このままにはしておけないが、今日初めて会ったのに、俺に着いて来い! って言って付いてくるとは思えないし。
そんなことを考えていたらじーっと見られていた。
「ど、どうしたの?」
「セルファの名前、呼んでください」
「? どうして?」
「クーヤお兄さん、セルファの名前を一度も呼んでくれてません。やっぱりさっきのこと怒ってる? セルファのこと嫌い?」
話しているうちにどんどん目に涙が溜まっていっているんですが、それは卑怯だよ……
本当のことを言ってもいいのかね?
「やっぱり、セルファのこと、嫌いなんだ……うっ……」
あ、もう泣き出しそう。ええい、ままよ!
「本当に嫌いじゃないよ、むしろ好きだよ。でもね、君をセルファとは呼びたくないんだ。君のお母さんは知らなかったと思うんだけど、セルファって昔の言葉で奴隷って意味なんだ」
「……どれい?」
「うん、奴隷。人や龍として認めていない、物だっていう意味なんだ。だから、その名前で俺は君を呼びたくないんだ」
「そうだったんだ……」
自分の名前がどのような意味か知ってショックを受けたような、どこか納得したような感じだ。
やはりここに彼女の居場所はない。
それは彼女自身も悟っているのだろう。決意を秘めた瞳で見つめられた。
「クーヤお兄さん、あたしと血の儀式をして!」




