19 下等なトカゲ
エスペランサを龍口から取り出し、抜刀術のような形で手前の一匹に切りつけた。
「グギャーー!」
幼龍はまだ成長しきっていない。
その鱗、表皮も成龍に比べ、柔らかいもので切ることができた。
そうは言っても、さすがに断ち切るまではいかないか。
もう一匹の幼龍が俺目掛けて突進してくる!
でもさすがにそれは悪手じゃね? それに合わせる形で大剣を突き出し、カウンターで幼龍を刺し貫いた。
「グ、グル、グ!」
だが、貫かれた幼龍は大剣を抱えるようにして引き抜かせない。
ッチ、最初からそれが狙いか!
もう一匹が俺の右手側から迫る!
「ッチ!」
今度こそ心から舌打ちした! 左ならいくらでも対処できるのだが、右かよ!
とっさに大剣から両手を離し、左手で鎖を握った。
迫ってきていた幼龍をピンと張った鎖に突っ込ませ、その力も利用し、素早く首に巻いた。
「……グ、グルゥゥ……」
首を絞められ、苦しむ仲間の姿を見て、大剣を押さえていた幼龍が力を抜いた。
その瞬間に左手で力一杯鎖を引き、幼龍に巻かれた鎖をなぞって大剣が動き、そのまま首を撥ねた。
そして、刺し貫かれた方の幼龍は大剣を身体から引き抜かれたことで血が吹き出して地に伏した。
メーヤのことで憎くもあるが、仲間の為に捨て身で戦ったこの幼龍に敬意を払い、苦しみを長引かせないように心臓を一突きした。
「……グゥルゥ……」
どんな感情を抱いたのかはわからないが、一鳴きして動かなくなった。
ミヤとメーヤの方へ慌てて向かうと、戦闘はまだ終わってはいなかった。
ただし、かなり幼龍の動きが鈍い。
その動きから目と鼻を毒薬で封じたのだと感じた。
そこから居場所を悟られないようにちまちまと双葬扇で削っているようだ。
よく見ると、双葬扇を魔力が覆っているように見えた。
あまりにも威力がなさすぎて心の中でもっと火力を! 鋭さを! なんて念じたのかもしれない。
もともとエルフは魔力やその行使にも優れる。
心から念じたことをなんとか形にしようと無意識に魔力で覆ったのかもしれない。
これはもしかしたら、面白いことになるかもしれない……
まあそれはこれからの課題として、この戦闘を見守った。
ミヤと幼龍の戦闘音に気がつき、近づいてきた幼龍を数匹倒した頃に、戦闘は終了した。
最後は体力を失い、動きが緩慢になった幼龍の口に最も強力な毒薬を流して終わった。
うーん、こんな最後は迎えたくないな。
そう思えるほどの光景だった。
あのエルフどもの虐待は、恐ろしい化け物を生み出してしまったのではないのか……そんなナレーションが聞こえた気がした。
「お疲れ、ミヤ。凄かった、凄まじかった、ミヤとだけは敵対したくないと思ったね」
「ありがとうございます、お兄様! でも大丈夫です、お兄様と敵対するなんてありえませんです! お兄様が死ねと言えば私は死にます、です!」
え!? そんなことを満面の笑みで言わないでいただきたい。
どうした? メーヤ2号みたいになってしまっているぞ!
「そうだよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんの道の妨げになるくらいならあたしたちは死を望むよ!」
「いや、俺はどんなことがあっても妹であるお前たちの死は望まないから!」
そういうと2人が目を輝かせた。
いやいや、なんで感動してるの? 俺的にはその前のセリフでドン引きなんだけど。
そんな風に気を抜いていた俺たちの耳にズドン、ズドンという地響きのような音が聞こえ、振動が近づいてきた。
そちらに視線を向ける。
それは鉄鎧龍よりも大きな、でっぷりとした龍だった。
━━チャイルドイーターだ!
……あれ? こんなに大きかったっけ?
サブシナリオのボスのくせになんだか強そうなんだけど……
「ギャーーーー!」
事切れた幼龍たちを見た途端野太い声で叫びだした。
その時、口から何かがこぼれ落ちた。
それは上半身だけになった子供の遺体だった。
よく見ればその子供の手を握る大人のものと思われる男女の腕も付いていた。
「ワタクシの子供達が! なぜ? なぜ、死んでいるのぉ?」
「いや、お前の子供じゃないし。それ以前にお前男だろ」
思わず突っ込んでしまった。
「お前たちがワタクシの可愛い子供達を殺したのね!」
「その悲しみはお前が多くの親に与えてきたものだ! 親の前で子供ばかり食べる悪趣味な龍よ!」
そう、こいつは人間の子供を、親の目の前で食べることを何よりの楽しみとしている最低な趣味の持ち主なのだ。
先ほどの子供の遺体と腕の持ち主は家族だったのだろう。子供を殺し、両親を絶望に落とし、それを見てから食ったのだろう。
ゲームでさえ不快になったそいつが今、目の前にいるのだ……
「ワタクシの可愛い子たちをあんなゴミ屑と一緒にするな! ゴミ屑の分際でアタクシが産めない子供を産むなんて不敬よ! 殺されて当然だわ!」
「……やはり低脳なトカゲか。死ね!」
「それはワタクシのセリフよ、ゴミ虫!」
先ほどの幼龍のようにぶつかってくる。
だからそれは悪手じゃねぇの? こちらも先ほどと同じように大剣を構えた。
━━カン!
え? ヤバッ!
「グヴェッ!」
身体がバラバラになるような衝撃を受け、俺は吹っ飛ばされた!
「お兄ちゃん!」
「お兄様!」
頭がぐわんぐわんするし、身体中が痛いが、妹たちの叫び声は聞こえた。
やられた! ぶつかる瞬間、結界を斜めに展開し、大剣を逸らされた。
さすがに幼龍とは違う。
甘く見ていたのは俺の方か……
「お兄ちゃん、今回復するから!」
メーヤがとっさに俺を抱きとめ、回復してくれる。
ミヤは俺の代わりに前に出て、揮発性の高い毒薬で俺たちに近づけないようにしてくれている。
「ありがとう、メーヤ。さすがにあの巨体でぶつかられたらこうなるわな」
手足は曲がってはいけない方に曲がっているし、なんか肋骨が腹を突き破っているのが見えた。
ドラゴンイーターの能力で少しは強化しているが、左手以外は人間がベースなので、防御力は低い。
見事にボロボロにされてしまった。
「もう大丈夫だよ! でもお兄ちゃんを傷つけるなんて! 許せない!」
メーヤが激昂していた。
それにしても、これがサブシナリオとはいえシナリオに出てくる龍の力! 死霊龍? あいつは弱点攻めだったし。
本気のつもりだったが、まだ認識が甘かったらしい。
このままでは誰が死んでもおかしくない。
気持ちを改め、エスペランサを引き寄せた。
まずは一人で頑張っているミヤを助けに行かなければ!




