16 新たな恐怖
木龍に奇襲を受けないように高度を取り、女の子を冷やさないようにメーヤと挟んで飛んだ。
地龍一番地に着いたものの、まだ目を覚まさないので不安になる。
とりあえず魔法の家を設置し、女の子を家に入れた。
一応風呂を沸かしたが、意識を取り戻さないので濡れタオルを用意し、メーヤに女の子の身体を拭いてもらった。
多少は綺麗になった女の子を改めて見る。
エルフの例に漏れず彼女も見目麗しいが、その耳だけがエルフとは異なっていた。
人間のような耳をしていたのだ。
忌み児、それはエルフでありながら人間の特徴を持って生まれてきた子どもの蔑称。
巨木から見て北東に男の忌み児を、南西に女の忌み児を住まわせる。
北東に住む男は、その地の男全ての厄災を引き受けるとされ、西南に住む女はその地の女全ての厄災を引き受けるとされるからだ。
そしてそれだけに収まらず、人間という劣等種の特徴を持つとして虐待される。
男の場合は虐待を受けて多くは子供のうちにその生涯を閉じる。
女の場合は多少手加減されるが、心を折られる。まだ年若いうちは暴力や食事を与えないなどだが、少女の頃には性のはけ口にされる可能性が高い。
こちらは成長して狂うか自殺が多い。
そんな胸糞悪い風習があったために少女を助け出した。
北西の方角に行く事を阻まれなかったので男の忌み児はもういなかったのだろう。
間に合わなかった、その気持ちはある。
しかし諦めも必要だ、知ったばかりなのでそう思う。それでも胸が締め付けられるようなこの痛み……
どうしても割り切れない部分が叫んでいるようだった。
女の子は細く、胃が弱くなっている可能性も十分に考えられた。
メーヤに病人食のような物を頼み、俺は布団を用意し、女の子を寝かせた。
起きた女の子がパニックになったとき、抑えられるように、一応壁側で控えていた。
しばらく経ちメーヤが部屋に入って来た。
「どう?」
「まだ意識は戻らないみたいだ」
そう言うとメーヤがテーブルにお粥のような物を置き、聞いてきた。
「この子もメーヤと同じなの?」
「ああ、この子の場合は……」
と忌み児について説明した。メーヤは黙って聞いていた。
「そっか……あたしと同じなんだ」
すべて話し終えるとメーヤはそう呟いた。
「お兄ちゃんはあの子をパーティーメンバーに入れるの?」
「……それはわからない。あの子が戦闘に向いているかもわからないからな。ただ、俺には助けた責任がある。それなりのレベルになるまでは面倒を見るつもりだ」
俺がそう言うとメーヤはじっと考え込み、そして、正面から俺を見据えて何かを決意した様子を見せた。
「お兄ちゃん……あたしはこの子のお姉ちゃんになれるかな? あの日、あたしを助けてくれたお兄ちゃんみたいな、そんなお姉ちゃんに……」
「なりたいのか?」
「うん! なりたい! この子を見てそんなあたしになれたらって思った」
「メーヤ、お前ならなれるさ! 俺の自慢の妹だからな。うん、肉体の成長制限を解く。お前はもう十分に成長したよ」
そういって頭をグシグシ撫でた。
「わ、わわ!」
そして身体が10歳くらいにまで成長した。
「どうかな?」
「うん、可愛いよ。これでお姉さんに見えるだろう」
「ふへへぇ、ありがとう!」
ここはメーヤに任せることにした。
ヤンデレ臭がしていたメーヤだが、同じ境遇が仲間意識を持たせ、良い方向に向かってくれたようだ。
しばらく待っていると部屋から声や物音が聞こえてくるようになった。
どうやら女の子が目を覚ましたようだ。
人数が増える、しかも男が、虐待を受けていた子にはそれだけで恐ろしく感じてしまうかもしれない。
一目見たいという気持ちはあるが、メーヤがちゃんとやってくれるはず……だが、すべてを妹とはいえ、人に任すのはそれはそれで心配になるものなんだな。
俺から片時も離れなかったメーヤがこんなにも長く離れているなんて……感慨深いものがある。
そしてメーヤが近くにいないことに違和感を感じる俺自身に少し恐怖した。
まさかこれを狙っていつも俺にくっついていた……? いや、まさか、そんな……
気づかなくても良いことに気がつき、新たなる恐怖に震えた。
「お兄ちゃん! もう大丈夫だよ!」
━━ビクン!
身体が反応してしまった。
「わ、わかった、今行く」
忘れよう、うん、忘れよう。
そうして部屋に入ると先ほどの女の子がメーヤの背中に隠れながらこちらを見ていた。
風呂にも入ったのか髪も綺麗になっており、金髪だとわかった。
膝を曲げ、目線を合わせ挨拶した。
「初めまして」
「は、はじゅめましゅてです、ます……あうう……」
? 最初は初めましてだと思うが、です、ます? それに頬を赤らめている……
「お兄ちゃん、この子ね、『です、ます』を付けて話すように命令されて変な癖がついちゃったみたい」
「はい、そうです、ます」
こ、これは面倒そうだな。
「俺はクーヤ、メーヤの兄だ。君の名前は?」
「……ヒトミミって呼ばれてましたです、ます」
「それは……名前ではないね。それと今のはですもますもつけなくて良いから。こっちは気長に直してていこう」
そう俺が言うと気遣わしげな顔をしたメーヤが
「お兄ちゃん、何か良い名前はない?」
と聞いてきた。そんなすぐに思いつかないよ。
「うーん、夜がつく女の子の名前。小夜、これはどちらかといえばさよだな。……魅夜、魅夜でどうだ?」
そういうと二人とも目を輝かせた。
「良い名前だよ、お兄ちゃん! ミヤ、これで家族になれたね!」
「はい、お姉様です! ます!」
お姉様呼びなんだ、それにしても二人とも凄く仲良くなっているんだけど。二人で抱き合っちゃって、なんというか俺の居場所が……
そんなことを思っているとメーヤがミヤを俺の方に押し出している。
ミヤは嫌がっている? いや恥ずかしがっているのか?
「お兄様、助けてくれてありがとうございます、です! 名前をくれてありがとうございます、です!」
そうして俺たちに妹ができた。
ミヤは俺と目を合わせることもできていたし、はっきり話せていたので安心していたが、やはり虐待で出来た心の傷というのはそんなに軽いものではなかった。




