055
ご覧いただきありがとうございます。
少しの間、ほのぼの回?です!
セクタ峡谷のとある一角にある、セクタの宿。
何の捻りもないネーミングでありながら、ここには他の宿泊施設にはない珍しいサービスが実装されている。
それは、温泉だ。
やはり峡谷付近というだけあって、天然の熱水源が豊富なのだろうか。いや、そんなことは知らないが、とにかく温かい湯というものはいい。飲んでよし入ってよしの万能薬だ。
ダンジョン帰りの冒険者さまにとってはまさに極楽浄土である。
しかもここの温泉は眺めも良く個室毎にひとつ設置されている。多少値の張る宿泊費ではあったが、ダンジョン突破の軍資金でまかなった。万事が益とはまさにこのこと――だと思っていたのだが。
「ねえアルト? 一番はわたしが入るのよ。わたしが上がるまで待っててくれない?」
脱衣所に行こうとしたところでコトハに声を掛けられた。こ、こいつ……。
「いつも譲ってるだろ。今日は俺が先に入るからお前は待ってろ」
「そ――そんなの横暴だわ、ダンジョンで一番動き回ったのはわたしなのよ。だから優先順位はわたしが一番だと思うの」
「つまり汗臭いってことか?」
「……」
これまでかつてない形相でコトハにねめつけられる。
さすがにデリカシーに欠けた発言だったかもしれない。
「だいいちお前は入ると長いじゃないか。言っておくが、今日の俺は譲るつもりはさらさらない。どうしてもって言うなら混浴する覚悟で入ってくるんだな!」
「こ、ここ、混浴――ってアルトは何を言っているわけ!? そんなことできるわけないじゃない!」
そう言うとおもった。こいつにそんな度胸なんて無いことは把握している。
はっはっは! この勝負は俺の勝ちだ!
「おーそうか。じゃあ後はよろしく」
「ま、待って、ねえアルト待ってってば!」
彼女のすがるような声も無視して脱衣所へと入る。
扉を抜ければ、そこには絶景の露天風呂。高さのある場所だから景色を一望できるのが素晴らしい。かなり遠くに街が見えるが、あれはノルナリヤだろうか。短気な神父さん、元気にしてっかな。
「あ、あの――」
外を眺めていると、消え入るような声が聞こえた。そして遅れてやってくる、ガラリという何かが開けられる音。
いや……さすがにないだろう。いくら何でも彼女にそんな度胸はと高を括っていたのが間違いだったのかもしれない。
「……」
振り返るとそこには、薄っぺらいバスタオル一枚を巻いて突っ立っている、藍色髪の姿があった。
「……なに? わ、わたしおふろに入りにきただけで、その」
「え? ああ、そりゃあもちろん。別に何も問題ない」
「う、うん……あ、えと、それじゃあ……お邪魔します……」
ちゃぷ、と湯につかる音だけが辺りに響く。やけに静かだと思えるくらい、俺もコトハもすっかり沈黙してしまっていた。……しまっていたというか、いや、そうなるだろ。
確かに彼女をたきつけたのは俺だ? どうしてもと言うなら混浴する覚悟でと、どうせ彼女にはできっこないと思っていたらこのざまだ。
これは由々しき事態である。いくら普段コトハを異性として意識していないとはいえ、布切れ一枚巻いた状態の美少女を無視できる方が生物学的にみておかしいだろ。
かてて加えて、平坦な体つきかと思いきや、こうしてみるとまったく無いわけではないということが分かってしまい――。
「ね……ねえ、あんまり見ないでよ」
「いや――悪い」
無意識に向けてしまっていた視線を、咄嗟に野外の方へと移す。
どうしてお前はそこでおしとやかな反応をするんだ。いつもは怒鳴ったりするくせに、この時に限って恥じらいを見せてくるのはやめろ。
まずは落ち着け、落ち着いて温泉の成分でも考えるんだ俺。
湯の色は無色透明であり臭いも無臭、飲泉もできる、源泉のpH値はおそらく中性の7、泉質は単純温泉に分類され、
「アルトくん、アルトくん。先ほどからコトハくんの姿が見えないのだが、どこにいったか存じてはいないかね」
ああああああああああああぁぁぁぁぁ!
こ、こんな時に限ってフィイが余計な察知をしてきやがった、わざわざ脱衣所まで探しにきやがって畜生!
……いや待て俺、冷静に考えてみればコトハがここにいるという思慮など、そもそも浮かびもしないわけで黙っていれば混浴していることもバレないのでは……
「どうしたのフィイ、わたしならここにいるわよ?」
「――え?」
「――は?」
その一言で、ただただ言葉を無くしてしまった俺とフィイ。
「……あ」
そしてやってしまったとばかりに呟くコトハ。どうやら彼女の思考回路というものは、俺たちの想像域を遥かに超えたところにあるらしい。
とにかく今は、実は俺が下心丸出しの混浴大好き魔人だと誤解されないか心配だ……







