第84話 騎士の責務
「は、はぁ……えっと……」
「これ以上、お前と論じ合うつもりはない。全て前に伝えた通りだ」
「で、でも!」
「この国に来たのは、皇女……新皇帝の護衛。俺は彼女の専任騎士なんだから当然のことだな。少なくとも清算すべき関係ではないし、何ならお前との関係こそ……とっくの昔に清算したはずなんだが……?」
「こ、皇帝!? そういえば、そんなことを……」
ユリオンたちほどではないが、老け込んだ容姿。
騎士の名を冠する実働部隊からの格下げ。
俺に連れ出されようとしていること。
これで全て説明がつく。
「なるほど、パワーアップしたのは馬鹿さ度合いだけじゃなくて、悲劇のヒロイン病もか……」
恐らく本人が直接責任を追及されたわけじゃないんだろうが、現実として奴は街の治安維持に回されている。はっきり言ってしまえば、左遷されたということだ。街の平和を守る仕事を貶すつもりはないが、もう出世は絶望的。三〇歳手前ぐらいに見えるアメリアの変貌も、それに対するストレスなのだろう。
恐らく、ユグドラシル家の没落も似たような経緯から。まあ、あちらは父親の一件と俺の国外流出のこともあって、アメリアよりも苦労が多かったというところか。
とにかく、現状は美容命、恋愛命のキラキラ女子からすれば、あまりに耐え難い状況であるのは想像に難くない。これらをアメリアの言い様と合致させれば――。
「どうして私を連れ去ってくれないの!? 真実の愛を思い出して! あんなブスに騙されちゃダメよ!」
「真実の愛なんて存じ上げないぞ。というか、天地をひっくり返すレベルでお前を贔屓しても、あっちには勝てないと思うんだが?」
つまりコイツは周囲にマウントを取れる材料が欲しいのと、不遇な状況にある悲劇のヒロイン的立場に酔いしれているわけだ。
その上で、現状をどうにかできる相手が目の前に現れ、こうして舞い上がっている。実際にはこの国に助けてくれる者がいなかったのか、頼った相手に力が無かったのかは分からないが、前までと何ら変わりない。
「お前とは議論の価値もないし、好みでもない」
「え……?」
「一緒にいるだけでも吐きそうなのに、恋だの愛だのと言われるのは本当に不快だ。止めてくれ。気持ち悪い」
「え、でも、でもぉ!」
「このやり取りも前にした。それが答えだ。さっさと失せろ。理解したか?」
「待ってってばぁ! お願いだから、私を助けて! 連れ去って!」
「……立場を振りかざす様な言い方はしたくないが、今の俺はニヴルヘイム皇帝の専任騎士。これ以上騒ぎ立てるなら、ちょっとした外交問題にもなりかねないが?」
「だーかーら! 私が結婚して上げるって言ってるじゃん! それでいいじゃん! もうこんなことしたくないもん!」
そのアメリアの言葉を聞いた瞬間、呆れと不快感が明確な怒りに変わったのをはっきりと感じた。
「こんなこと……ね。まあ感じ方は人それぞれだ。口で何を言っても通じないのは今更だが、会話をする価値もないな。本当に……」
「え、ひど……」
「俺は仕事でこの国に来ている。お前の事情こそどうでもいい。これ以上付き纏うなら、アウズン将軍辺りに直接突き出すが?」
「ひ、ひっ!?」
奴自身がアースガルズの兵士であること。
俺が皇帝の専任騎士であるとこと。
先の大戦を経たアースガルズとニヴルヘイムの関係。
他にも様々な責任を放棄した上で、自分、自分、自分――。
一歩間違えれば、再び戦争になりかねないことを“そんなのどうでもいい”で済ませる神経は本当に理解できない。冷たい眼差しで奴を射抜けば、座り込んで震え始めた。
これ以上は完全に時間の無駄。もう追ってこないアメリアを置き去りに、さっさとこの場を後にしようとするものの――。
「え、え……っ!? なに!? なんで皆見てるの!?」
既に周囲各所から俺たち二人――というか、主にアメリアに向けて視線が注がれていた。
あれだけの大立ち回りに加え、端から見れば痴話喧嘩を繰り広げることになってしまったのだから、注目を集めるのも当然だろう。
だが皆の眼差しには、好意的な感情など欠片も宿っていない。
「まあ、当然だな」
コイツは気づいていないんだろうが、さっきの“もうこんなことはしたくない”――という発言は、街中で警務部隊がしてはいけない発言でも最たるものだった。言ってしまえば、これも責任を放り出すことであり、事実上の職務放棄。
もしも自分が住民だったとして、治安を守る職員に“もうこんなことはしたくない”などと言われた時、どう感じるかが答えだろう。
それに花形の実働部隊からすれば閑職とはいえ、警務部隊も選ばれた者しかなれない職業であることには変わりない。警務部隊への就職を目標にしている者も少なからずいるし、仕事に誇りを持っている者も多くいるだろう。そんな中、同僚にさっきの様な発言をされるのは最大の侮辱に他ならないはず。
「なんで!?」
「自分で考えろ。じゃあな」
周囲への見栄と自己愛に駆られ、楽な方へ、楽な方へと立ち回って来た末路。無責任の成れの果て。
そうして一区切りついたところ、見覚えのある面々が次々と姿を見せる。
「中々興味深いお話だったけど、もう終わりかしら?」
「盗み聞きですか?」
「ううん、堂々と聞いてたから問題なしよね?」
「はぁ……」
第一陣は、新しい玩具を見つけた様に笑うエゼルミア陛下を先頭にしたアルフヘイムの連中。ただ、その臣下からの視線は訝し気と言うか、あまり好ましい物じゃない。まあ、いきなり女性トラブルに巻き込まれた姿を見せられたのだから、彼らを責めることはできないだろう。
「何の騒ぎかと思ってみれば……」
「えっと、どういう状況?」
直後、人々の騒めきと共に、セラとアイリスまでもが姿を現す。
「え、あれって……」
「もぅ、なんなのよぉぉ!!」
アイリスは人目も憚らずギャン泣きするアメリアを見て、ギョッとした表情を浮かべた。二人は友人関係というわけではなかったが、アイリスが勇者となる前から微妙に交流が合った間柄。
この短期間で変わり果てた顔見知りの姿を見て、驚きを隠し切れないでいるのだろう。アイリスほど顔に出していないが、奴と面識のあるセラも同様だった。
「決着ってとこか……」
アメリアの感性はキラキラ女子そのもの。
そして目の前に現れたのは、同学年で勇者に上り詰めた超成り上がり系女子に加え、カースト云々をぶっちぎったハイパー皇女――というか、新皇帝。
エゼルミア陛下も認識阻害魔法で実際の容姿が伝わらないにしろ、やはり美人。お付きのエルフ戦士たちも皆利発そうな顔ぶればかりであり、当の俺は皇帝の専任騎士。
少々印象が強すぎる顔ぶれだろう。
対するアメリアは、左遷された挙句の職務放棄で周囲から白い目を向けられている。はっきり言ってしまえば、お互いの立場は天と地も隔たっているわけだ。
特にセラとアイリスという同年代の女子に完敗なのだから、これほどの屈辱もそうない。
「はぁ……」
そんなやり取りを傍らにこの場を離れると、他の面々も困惑しながら後をついて来た。尚も追いすがろうとするアメリアだったが――。
「え……っ、ちょ、まってぇ!! 何なのよ、アンタたち! どきなさいよ!」
「そんなことはどうでもいいだろ!? それよりあの男との関係は……!」
「お前こそ待てよ! アメリアは俺と……つーか、お前らは何なんだよ!」
すると、突如怒り狂った男たちが怒号を響かせる。アメリアからすれば現同僚・元同僚・守るべき民衆――全員が恋人かキープ君というところ。尤も、当人たちには前者の認識しかなかさそう――というのは、さっきまでの会話の通りだ。
「はぁ!? 私と子供がいるのにいったい何やってんのよ!?」
「い、いや……ちがっ、これは!?」
「お父さん最低!」
ただ、意気揚々と出てきた連中の家族までもが騒ぎ始める。それも何組も湧いて出たのだから、同じ穴の狢ということなのだろう。
騒いでいる連中を一瞥すれば、同級生や上級生、武器屋の店主など、幼少の俺にちょっかいをかけてきた連中が多少老けた姿に見えなくもない。
どんどん広がっていく泥沼の修羅場を見て、スカッと――なんてことはなく、込み上げるのは呆れの感情だけ。
「今はアンタたちと話してる場合じゃないのよぉ! だずげてよぉぉぉ!!」
どんちゃん騒ぎの中で人生詰んだ女が何やら喚いているが、こちらも相手にするだけ時間の無駄。黄金宮殿から戻ってきたセラたちに事の次第を訪ねながら、この場から去るのみ。
少々早計だった気がしないでもないが、この介入自体に後悔はない。最後、助けた親子に頭を下げられ、小さな兄弟が手を振ってくれた光景は守るに値したと思うから。
後は同じ家に住む彼ら家族が、俺たちとは違う道を歩めるように祈るばかり。
「――じゃあな」
別れの言葉は二重の意味。
それは親子に向けての呟きであり、“いってきます”も言えずに出て行ってしまった、かつて過ごした帰るべき場所への別れでもあった。
「ヴァン……?」
「いや、何でもない」
そんな俺に対して小首を傾げるセラに曖昧な返事を返すと、今度こそこの場を後にした。
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