第69話 新たな皇帝
「私が……次期皇帝……」
「ああ、そうだ。理由は言われずとも分かるだろう?」
場は驚愕に包まれこそしたものの、セラも内心覚悟はしていたのだろう。
何故なら、これから来るのは乱世の時代。
今必要なのは人徳ではなく、闘う為の――護る為の力。
実際、アースガルズとの一件も、強引に戦火を掻き消せる力があったからこそ、こうして解決出来たに等しい。
だが、そんなことは俺を含めて誰もが予想できることだ。その一方、皆が驚愕している原因は別にある。
それはセラが第二皇女で、ソフィア殿下が第一皇女だから。つまり妹が存命中の姉を押し退け、皇帝の座に就くというのが、世間一般から見て異質なことだったからだ。
しかも女流の皇帝という時点で、そこそこのレアケース。皇女姉妹のどちらかを皇后へ――皇帝自体は遠縁や国の重鎮から選ぶのが、ベストではないがベター。そんな状況の中、ストレートでセラが選ばれたのだから驚いて然るべきだということだ。
「ソフィアもセラを支えてやって欲しい。私でもこうなった以上、今のお前に任せられる大儀ではない。分かるな?」
「ええ、私も初めからそのつもりでした。向いてないのは、私が一番分かっているもの」
「姉上……」
だが、ソフィア殿下の返答はあまりにシンプル――というか、呆気ないものだった。それも投げやりに返すのではなく、全て悟っていたかの様――。
セラは僅かに目を見開く。
「ソフィアはセラフィーナに無い強さを……セラフィーナはソフィアに無い強さを持っている。願わくば、残された姉妹が手を取り合う未来を……」
「当然よね、セラ?」
「ええ、無論です。それに今は頼もしい味方も、随分と増えましたから……」
そしてセラはこちらを一瞥すると、僅かに口角を釣り上げた。この部屋に入ってから、初めての穏やかな表情だった。
「――」
「ええ、ニーズヘッグ……貴女もです」
そのおかげか、さっきまでシュンとしていたニーズヘッグもご満悦。セラの腕の中で身体を揺らしている。
「暫く見ぬ間に随分と逞しくなったものだ。国も娘たちも……。最早、後顧の憂いはない。私も眠りにつけるというものだ」
「お父様、それは……ッ!」
「別に今すぐ死のうというわけじゃない。死にたいわけでもないし、最後まで足搔くさ。だが明日をも知れぬ命だ。一日後か数ヵ月後か……限界が分からないのだから、今の内に成すべき事はしておかなければならないのさ。まあ、大方は不要な心配だったようだが……」
皆が少しだけ胸を撫で下ろす。
「せめてこの国に伝わる祭りぐらいは見送って逝きたいものだ」
皇帝陛下もそう言って穏やかに笑っていた。
そうして話も一段落付くと、それぞれの面持ちで皆が退室していく。そんな中、俺一人だけが部屋に残されていた。アルバートやオーダー卿などが憤慨していたものの、皇帝に反論出来る者などいない。まさかの対面謁見を受け、少しばかりの緊張を感じていた。
「――君とは、一度こうしてじっくり話してみたかった。あのセラフィーナが専任騎士を選んだと聞いた時は、随分と驚いたからな」
「そう言っていただけて喜ぶべきなのでしょうか……」
「畏まらなくてもいい。君とて私には色々思うところが会ったはずだ。まあこんな姿を見せてしまっては、言いたい事も言えぬだろうが」
ソフィア殿下ほど柔和ではなく、セラほど冷たくはない。
軽く自虐を入れながらシニカルに笑う皇帝陛下への印象を一言で表すとすれば、そうなるのだろう。病床に臥せているのを差し引いても、高慢な威圧感は感じない。良い意味でアレクサンドリアンとは違う緊張感だった。
あれだけ周りから慕われていたこともあり、名君と呼んでいいのかもしれない。
「……いえ、言い知れぬ事情があってのことです。それに二人の皇女は納得した上で戦場を駆け、身を引いた。自分がとやかく言うことではありません。それでも貴方が……と思っていたのは事実ですが、退いた選択は正しかった。セラフィーナ以外がアースガルズや神獣種に立ち向かえたとは思えませんから……」
「なるほど、世間から隔離されて育った魔眼保持者と聞いていたが、存外キレ者であるようだ。無論、貶しているわけではないがね」
「以前にも、同じようなことを言われたことがあります。その時とは随分と状況が違いますが……」
脳裏にかつての雷雨の夜が過る。
だが、あの時は嘲笑と侮蔑。
そして、今は感謝と興味。
同じ言葉をかけられていても向けられる感情は全く違う。
「感情に捕われず、状況を冷静に判断する力。皇帝である私に媚びることなく、あくまで自分を貫く度量。確かにセラフィーナが気に入るのも無理はない。何せ、あの子は生まれついての天才。それも天才という言葉すら陳腐に聞こえてしまうほどのな」
「確かに人の上に立つ資質を備えている。自分もそう思いました」
「ああ、そうだ。だがその所為で、あの子の隣に並び立てる友はいなかった。近づいて来るのは、あの子に取り入ろうとする者か、その才能に嫉妬して排除しようとする者だけ……。色々と辛い思いをさせてしまったよ」
「強すぎる力には代償が伴う……思い当たる節はあります」
初めて聞くセラの幼少期。
色々と状況が違うとはいえ、俺としても共感できる部分は多かった。崇拝されたか、排斥されたか――その違い以外は、同じような経験と言えるからだ。
「同じ苦しみを共有し、人智を超えた力を持つ者。だからこそ、君はセラフィーナの隣に立っている。その上、結果的にではあるが多くの国民も救われた。本当に感謝をしてもしきれない」
「いえ、自分は成すべきことを果たしただけです。それに俺も彼女の存在には、助けられたことが多いですから」
「欲の無い少年だな。だからこそ、ソフィアを含め、後を任せることができる。君一人を残した甲斐もあったという物だ」
そして、話はいよいよ本題に入る。
「昨今、我が国を揺るがしている内部問題……聖冥教団についてだが、君はどう思う? 忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「……早期解決が必要な問題であるのは言うまでもありません。恐らく、その首謀者が国内の要職に就いている者であるということも……」
突然生えてきた若造が、国のトップに対して身内を疑え――と伝えるなんて、本来許されないことだ。専任騎士の座を下ろされても何ら不思議ではないが、それでも取り繕って耳障りのいい言葉を吐いている場合じゃない。
だから――。
「やはりそう思うか……」
「驚かないんですね」
「上がって来た報告を聞けば、想像は容易い。民衆に刃を向けたという君の行動もな」
「だから、俺一人を残したんですか?」
「ああ、この問題……国との結びつきが強い者が解決するのは、容易なことじゃない。何故なら……」
「この国を知っている……無意識に情をかけてしまって視野が狭まる。もしくは、疑うことすら考えられないほど親しい相手が敵かもしれないから」
陛下が首を縦に振る。
「次の政権に、こんな問題を引き継がせてはいけない。せめて私の手で終わらせたいと思っているが、ゼーセルたちに頼んだところで解決は難しいだろう」
「その為の……余所者だった俺……」
「そうだ。この一件を解決に導けるのは、既に奴らの策を何度も潰して来た君しかいないのだ。ヴァン・ユグドラシル」
皇帝直々の勅命。
それは俺自身の意識や目指す結末と見事に合致している。断る理由などあるはずもない。
「――この国の人々の為……なんて高尚な正義を掲げるつもりはありません。でも、俺にも護るべきものができた。その為に戦い、脅威はこの手で薙ぎ払うつもりです」
「そうか……安心したよ」
皇帝陛下は、穏やかな顔つきで小さく頷いていた。
「間もなく開かれる年に一度の大例祭。恐らく連中は何らかの行動を起こしてくるはず。何せ国一番の定例行事であるし、今年は新皇帝発表の場になることだろう。更に竜皇帰還の報告を兼ねるともなれば……」
「人が集まれば事件も起こる。飛びつかない理由がないと?」
「ああ、セラフィーナの専任騎士である君にも、大きく関係する話だ。任せられるな?」
「了解しました」
聖冥教団――その背後にいる何者か。
絶対に叩き潰さなければならないと、改めて誓った瞬間だった。
だが、もう一つだけ気になることがある。
それはある意味、ニヴルヘイムにとって未来への安定に大きく関係する問題だった。
「陛下……もう少しだけお話しても大丈夫ですか?」
「何を……?」
故に俺は、蒼穹の十字を宿した瞳で驚きを見せる陛下を睨み付けた。
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