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第67話 断罪ノ死神

 蒼穹の眼光が十字を刻む。

 大気中の魔力素を()き集め、赫黒の剣に収束。

 威力は最小で構わない。暴徒と騎士団の境界――両勢力を互いから引き剥がすべく、漆黒の斬撃を撃ち放つ。


「旦那ぁ!?」

「ヴァン……!?」


 真一文字に地表が裂け、噴煙が巻き上がる。

 両勢力を(へだ)てる様に降り立った俺を見て、その場の誰もが固まっていた。無論、正義の味方が喧嘩を止めに来たなどという歓喜ではなく――。


「銀の髪、真紅の瞳……蒼穹の眼光と黒剣……っ!?」

「ひっ!? あ、悪魔だ!」


 騎士団からは驚愕と憤慨。

 聖冥教団からは恐怖と侮蔑。

 睨み合いの中で独断専行した上、教団からは何故か敵対視されている俺が歓迎されるわけもない。でも、そんなことは予想の範囲内。


「ゆ、ユグドラシル卿! 民衆に剣を向けるなど!」

「話は後です。全員、この線から前に出ないでください」

「どういうことかね!?」

「貴方たちは、この連中と戦ってはいけない。セラを……皆を護ってください」


 今は懇切丁寧(こんせつていねい)に説明している場合じゃない。魔眼を発動させたまま、民衆の中を見回して狙いを付ける。

 俺の予測が正しければ、動乱の指導者には刺青(タトゥー)が刻まれているはず。フードかローブで全身を覆い隠している人間が元凶だろう。即座に潰すべきは――。

 漆黒の閃光となって、地を駆ける。


「あ、ひいぃっ!?」

「紛い物の騎士がこうして来てやったんだ。お前たちが正しいなら、怯える必要はないはずだが?」


 手前から五列目辺りに見覚えのあるローブ姿を発見。“レーヴァテイン”の切っ先でフードに切れ目を入れれば、顔中に刺青(タトゥー)が刻まれた女の姿が(あら)わになる。


「い、いやああぁぁっ!?」


 蒼穹と翡翠の眼光が交錯した。

 その瞬間、右目に翡翠を宿した女の刺青(タトゥー)が鼓動を刻む。この後に起こる現象は、想像するまでもないだろう。

 俺は女の胸に魔剣を突き立て、彼女の肉体が吹き飛ぶ前にその魔力を喰らい尽くした。直後、女の肉体が消失するのに合わせ、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の声が街を包む。


「し、師様ッ!?」

「う、う……うわあああ――ぁぁっっ!?!?」

「ほ、ホントに()りやがった!?」

「ちょっと、そんなガチにならなくてもいいじゃん……!」


 所詮(しょせん)は末端とはいえ、団員たちの程度の低さに内心呆れてしまう。大多数が民衆なのだから無理もないが。でも今は構っている場合ではないと、蒼穹を宿した殺気で黙らせる。


「ひぁっ!?」

「に、にげ……っ!?」


 恐らくあの口封じの手段――肉体爆発は、外部から(ほどこ)されたもの。彼ら自身が意図的に起こしているのではなく、一定条件に達した時点で自動(オート)発動していると見て間違いない。

 その条件は死の危機に(ひん)する、もしくは信仰心か精神力が潰えた時。

 だからこそ、その前に首謀者の中継地点となっている団員を潰して回らなければならない。恐らくこの暴動を止める唯一の方法。


「これで二人……」

「あ……ぎっ!?」


 暴徒の中を疾駆(しっく)し、フードをかぶっている男を瞬殺する。


「皆、狼狽(うろた)えるなッ! 我らには絶対正義の意志が宿っている!」

「そうだ……! 私たちは正義の戦、し……ぃ……?」


 そんな状況の中、ローブ姿の男女が杖から土塊と炎の玉を放ちながら叫ぶ。勇ましい声を受け、一瞬立ち直りかける暴徒たちだったが、こちらからすれば標的(ターゲット)が姿を現してくれたようなもの。

 即座に肉薄し、漆黒を宿した魔剣を一閃。自分の死すら認識させない超スピードで二人の身体を(まと)めて消し飛ばす。


「人口密集地で適当に魔法をぶっ放されるのは困るんだが……。とはいえ、人を隠すなら人の中……か。厄介だな」


 そのまま恐怖で身動きが取れなくなっている暴徒の間を()うように疾走し、次々と刺青(タトゥー)が刻まれた連中を潰していく。


 だが、この爆発――相当に(たち)が悪い。

 第一として、倒せば自動(オート)で起爆してしまう。この時点で凄まじく厄介だ。その上、この不特定多数の中に敵が紛れ込んでいるのだから尚更だ。

 加えて起爆させずに倒すとすれば、超高出力で消し飛ばすしかない。それができるのは、一部の実力者だけ。

 はっきり言って、雑魚相手に毎回大技を放つのは余りにコスパが悪いし、火力が高すぎて周りの民衆も巻き込んでしまう。


 仕組みに気付いても地獄。

 気づかなくても地獄。

 つまり一見破れかぶれのデモ行進ではあるが、実際は悪魔のような計略が潜んでいる。


 仮にあのまま泥沼の戦闘に突入していたら、何十万という人間が密集する場所で原因不明の連続大爆発が起こっていたことだろう。そうなれば、一体どれほどの犠牲が出ていたのだろうか――。


「化け物! こ、こっちに来るなァ!?」

「お前たちに用はない。標的(ターゲット)は……」


 そういう意味では、小回りが利いて起爆を無効化(キャンセル)できる“叛逆眼(カルネージ・リベルタ)”は、連中にとって天敵となり得る――というか、なっている。

 だからこそ、この手で滅殺する。


「“慟哭の刃雫マリシャス・ティアーズ”――ッ!」


 黒翼飛翔。

 そして、漆黒刃舞。


「う、うぐっ、がああぁぁっ!?!?」

「ひぃぃいいっっ――ッ!?」

「こ、こんな我らの正義が……ッ!?」


 漆黒の刃が民衆へと降り注ぐ。

 だが死を認識させる間もなく、ローブ姿の連中だけ(・・)を絶命させていく。


 鮮血が舞い散って残ったのは、無数の骸と泣きながら怯える民衆。いや、味方であったはずの騎士団までもが、空に佇む俺へと驚愕の眼差しを向けているのが分かる。


「黒い翼……」

「し、死神……ぃ! ひぃぃっ!?」


 悲劇は起こった。

 でも、取り返しのつかない惨劇は起こらなかった。


 蒼穹の十字を宿した瞳で眼下を見れば、最早反抗する者は誰もいない。


「ユグドラシル卿! これ以上の独断専行は許されんぞ!」

「やれやれ、野蛮なことだな」


 そうして事態が収束を見たかと思われた時、オーダー卿とアルバートが割り込んで来る。説明しなかった俺にも非があるのだから、特に言い返すことはない。まあ、謝るつもりもないが――。


「さて君たち、もう満足しただろうか?」

「それは……ッ!」

「皇族の方々は身を粉にして、この国を治めて下さっている。先の大戦とて、セラフィーナ皇女殿下が前線で戦ってくださったのは、皆も知っていることだろう?」


 アルバートが身振り手振りを交えて(さと)すと、住民たちは視線を伏せる。

 自分たちが抱いた、行き場のない不満や悲しみ。それをお門違いの相手に向けていたのを自覚してしまったということ。

 正義は消え去った。戦士でない彼らは、もう闘えない。


「竜神様も戻ってこられた。皇女殿下とも親しくされている。それこそが事実。神と正義を信じるというのなら、これ以上の必要な言葉があるだろうか?」

「だったら……私たちは救われるのですか!?」

「ああ、だが無条件というわけじゃない。何故なら、我らは生きているからだ」

「生きて……」

「そうだ! 生きていく中では、誰もが避けられぬ悲しみを背負ってしまう。それでも、神と己の正義を信じる限り、その心が絶望に覆われることはない。最後には明るい未来が待っているだろう。道を踏み外した君たちにも、等しく救いが待っているのだ! 神も天も……我らと共に在る!」


 アルバートの言葉を受け、民衆は泣きながら叫ぶ。

 流石は本職というところか。紛い物の教え――洗脳を一瞬で解いてしまった。


 しかし聖冥教団との一件は、まだ終わってなどいない。

 首謀者が捕まっていないのは勿論だが、“恤与眼(ギフレイン・ドグマ)”と思われる魔眼の謎も解明できていないからこそ断言できる。

 あのローブ姿の連中は、魔眼保持者じゃない。

 本物の魔眼保持者が“恤与眼(ギフレイン・ドグマ)”を用いて、連中を人間爆弾としただけなのだろう。


 つまり、どれだけ先手を打っても首謀者を捕らえない限りは、聖冥教団との決着は付かない。まるで見えない刃が、俺と誰かとの間で行き交っているようにすら思えていた。

 実際、この闘いも被害を最小限に留めたというだけで、その誰かの掌で踊ったも同じなのだから――。

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