第159話 ビーチジェノサイド
「二体目……!?」
俺が斬り裂いたクラーケンは確かに絶命したはず。
死後硬直などで死んだ生物の身体がしばらく動き続けることはよくあるが、セラを拘束している触手は明らかに意思を持っていた。
「この……っ」
セラの頬に僅かに朱が差す。
「■■■――!!」
何故なら触手は手首、足首に絡み付き、ぐぐぐっと、宙に吊り上げたセラの身体を開かせていくから。
水着姿なのだから上半身の露出は最早だが、長い脚を絡め取られて無理矢理股を開かされるのは別問題。それも布一枚越しの開脚を披露してしまうともなれば、セラに非がなくとも色々とアレだ。いや、ある意味正しい触手の使い方であるような――と、一周回って思考が冷静さを取り戻す。
よく考えれば、いつも部屋着はラフすぎるし、バスタオル姿も見慣れている。今更どうのこうの言うよりもさっさと処理しようと、水平線の彼方から現れたイカ野郎に殺人剣を向けるが――。
「■、■■■――!?」
吸盤の付いた触手がセラの太腿や肩にまで這い始め、いずれは――というところで、中腹から千切れ飛ぶ。いや、文字通りパシャンという音を立てて、弾け飛んだというべきか――。
「……ふふっ、悪い子ですね。教育的指導が必要なようです」
内部からの魔力放出。
触手を無理矢理消し飛ばしたセラは砂浜に降り立ち、満面の笑みを浮かべている。だが目は欠片も笑っていない。
「――! ――!?」
トラウマを掘り起こされたのか、ニーズヘッグが空中を暴れ回る傍ら、蒼銀の女神が砂浜を蹴り飛ばして跳躍。砲弾のような勢いでクラーケンに迫る。
「■■、■■■――!?」
槍の様に触手を突き出して迎撃するクラーケンだったが、膨大な魔力を身に纏うセラに触れることすら出来ていない。猛々しく噴き出す蒼銀に触れた瞬間、奴の触手は次々と蒸発していく。
「身の程を知りなさいッ!!」
肉薄、ビンタ。
そう、セラが浴びせたのは、掌に魔力を纏わせただけのビンタ。一方、クラーケンは首から上を捻じれ飛ばしながら絶命。
まさか過ぎる決着となり、蒼炎を叩きつけようとした俺も思わず剣を下げざるを得なかった。
「全く……とんだバカンスになったものです」
「――!」
そんな事など露知らず、全身を海水に浸したセラは濡れた長髪をかき上げながら戻って来る。
蒼い顔をしたニーズヘッグは、水滴を輝かせるセラを見事な敬礼姿で迎え入れ、タオルやら新しいトロピカルジュースやらを手渡して甲斐甲斐しくご機嫌取りに勤しんでいた。
「俺の見てないところでアイツは一体何をやらかしたんだ?」
ともかく状況終了。
黒翼をはためかせて、ビーチへと帰還する。
因みに俺たちが戦っている間、アイリスたちが何をやっていたのかについてだが、人ほどの大きさである緑の蟹――“ギザムクラブ”や殺人貝“シェルローブ”、海から飛び出して来る槍のような魚――“ネイルダツ”等、クラーケンと共に姿を現していた小型モンスターへの対処に追われていた。セラの援護に回れなかったのは、そういう理由からだ。
「いやいや、エキサイティングだったわね!」
嫌味な顔をしながらセラに向かってサムズアップしている、この人以外は――。
「貴女が縛られれば、よかったのに」
「いやよ、気持ち悪い」
「言うに事欠いて……!」
売り言葉に買い言葉。
半裸で取っ組み合う二人の王。
元々水着という際どい格好だった為、動き回っている影響で完全にアウトゾーンに突っ込んだが、さっきの一件を受けてビーチには人っ子一人いない。実質貸し切り状態とあって、特に問題はないだろう。
「今夜は海鮮だな」
「ええ、取り立てだ。宴にはちょうどいいでしょう」
「私も運ぶの手伝おうかな。あの二人に巻き込まれたら、ひん剥かれるだけじゃ済まなそうだし」
背後のあられもない姿を見ない様にしている俺とアムラスにアイリスが同調する。
そんな中、すっかり頭から抜け落ちていたことを思い出した。
「そういえば……」
「アレ、姿が見えないね? モンスターにやられた人はいないはずだけど……」
モンスターの出現を受け、蜂の子を散らす様に一般人が退却したのは、まだ分かる。
一方、俺たちに執着していたはずの人間が忽然と姿を消していることについては説明がつかない。
「波にでも攫われたか?」
「どうだろうね……」
つんざくような甲高い声が懐かしい――なんてことはなく、俺たちの反応はあまりにも淡泊。
「……まあ、良いか」
奴がいなくなったとて、わざわざ生存確認をする義理もない。そもそもからして、まだビーチにいるならまだしも、見果てぬ大海原を捜索するなんて不可能に近い。さっきのクラーケンのような生物が住んでいる海域なのだから尚更。
ともかく今は、事実上貸し切り状態になったビーチで羽根を伸ばすのが吉というものだ。
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