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第151話 翡翠との別離《Chaos Eyes》

「さて、残るは……」


 合成騎士は蒼炎の中で燃え尽きた。結局、襲撃の意図は不明のまま。

 ある意味、手掛かりを失った形にはなったが、俺たちの目の前にはそれ以上の重要人物がおり――。


「疲れた……」

「貴女、何をしているのですか?」

「んー」


 俺の全身から翠紅の光が消え去った瞬間、白の少女はセラに向かって倒れ込み、胸に顔を埋めながらもたれかかる。流石のセラもこれには困惑せざるを得ないようで、殺気が無いということもあり、半ば抱き着いて来ている少女を振り払えないでいた。


「――!」


 すると、城壁外で制空権を確保してくれていたニーズヘッグが小さな姿となって勢いよく飛来。白の少女の後頭部を尻尾でバシバシと叩き始める。

 その上、セラの困惑を尻目に白の少女を押し出そうと小さな身体でグイグイと圧をかけていく。


「――! ――!」

「んぅー」


 すると繰り広げられるのは、セラと少女の間に割り込もうとするニーズヘッグにより、小さな身体で彼女の頬がムニィっと形を変える押しくらまんじゅう。

 異形神話との死闘を乗り越えたこと。

 途轍(とてつ)もない被害を受けたこと。

 何とも緊張感に欠ける二人のやり取りは、凄まじい非日常から俺たちに日常を取り戻させるに足るものだった。


「全く、二人揃って……」


 周囲を痛ましそうに見渡すセラもじゃれ合う二人を間近に、少しばかり穏やかな表情を取り戻している。確かにマーズという少女は存在しないのかもしれないが、彼女がこの国で過ごして来た日々がなかったことになるわけじゃない。

 もしそうならニーズヘッグもデカいまま爪を突き立てているだろうし、セラも刃を向けているはずだろう。

 だが一方で、白の少女が“神断の罪杯(カオス・グレイル)”に連なる者であるということも確かな事実だった。


「あら、勝手に外に出たと思えば、こんな所に……」


 そんな最中、能力行使の反動で地表に降り立ちながらよろめいた俺の目前に、桜色の髪をした女性が姿を現す。

 先のヨトゥンヘイムとの戦闘終盤に現れた“神断の罪杯(カオス・グレイル)”に連なる者が――。


「フレイヤ……?」

「変な物体を頭に乗せながら首を傾げてんじゃないわよ。ボケーっとしてるくせに行動力だけは一丁前なんだから……。っ、たく、さっさと帰るわよ。フェリスちゃん」


 フレイヤとフェリス――それぞれ桜色の女性と白の少女の名前といったところか。

 変な物体扱いされたニーズヘッグは、頬を膨らませて怒ってはいるが。


「事情を聞かせてもらう。今度は逃がさない……!」


 そうして新たな乱入者によって事態が混沌を極め始めた中、アイリスが帰還。

 聖剣の切っ先は、フレイヤと呼ばれた女性へと向けられている。


「私は別に()ってもいいけど、そっちは満身創痍。挙句の果てが街のド真ん中……戦うメリットがあるのかしら?」

「そんな言葉、信じられると思ってるの?」

「さあ、ね。ただ私としては、そこのちんちくりんを返してくれるなら、ここで刃を抜く気はないわ。ねぇ、ゼイン……?」

「……っ!?」


 直後、戦場に激震が走る。

 現れたのは、紅蓮の青年。


「……久しいな、ヴァン・ユグドラシル」

「まさかこんな形で再会するとはな。ゼイン・クリュメノス」


 この場での再会は、予想外中の予想外。

 そして奴の存在を感じ取った誰もが思わず身構えている。その大多数が抵抗にすらならない自己防衛本能から来る行動であると自覚もせずに。


「己の魔眼とより深く繋がったか。以前とは見違えたが、手負いの相手など狩るにも値しない。今は退け」

「……」


 奴が言う通り、こちらの戦力は万全には程遠い。

 多少余裕があるように見えるアイリスやニーズヘッグも少なからず消耗しているし、他よりマシというだけだ。まあフェリス自身も戦闘不能であるというのは、言うまでもないが。

 どちらにせよ、今ここで連中と戦うなら間違いなく決死の闘いになるだろう。向こうもただでは済まないだろうが、こちらの全滅は必至。今ここで戦うメリット、デメリットを考えれば、選択肢など一つしかない。

 何せ、此処は人口密集地。

 これ以上は本当に取り返しがつかないことになるし、何よりニヴルヘイムを地図から消すわけにはいかない。


「ゼイン……?」

「ふん、さっさとしろ」


 白の少女はセラへの抱擁を解き、ふらつきながら二人の下へと足を進める。


「マーズ!?」


 そんな最中、困惑しているアサレアが声を上げる。

 “神断の罪杯(カオス・グレイル)”、神獣種――良くも悪くも、俺たちの因縁を知らない彼女だからこその言葉。

 偽りだとしても、彼女が“マーズ・エリュニス”として過ごした日々は、なかったことにはならない。たとえ、その真意が心の深淵に覆い隠されようとも――。


「……」


 フェリスが振り返る。

 だが周囲を一瞥しただけで声一つ発することはない。そのまま元鞘に収まる。


「“解放者(リベレイター)”とは何だ? お前たちは何をしようとしている?」

「世界の調律者とやらについてもお聞かせ願いたいところですが……」

「直に分かるわ。貴方たちと私たちの未来は再び交差するのだから」


 そんな言葉を最後に“神断の罪杯(カオス・グレイル)”の三人は閃光に包まれて姿を消した。


 直後、アサレアを始めとしたカールナイツは、マーズの正体と改変された記憶の齟齬(そご)に困惑しながら崩れ落ちる。流石に非戦闘員スペックというところか。

 それとニーズヘッグも心なしか、しょぼくれているようだった。


 だが一見、潜入は終わりとばかりの塩対応に見えたフェリスではあったが、この街で過ごした日々に全く思うところがないのかと言えば、そうではないと確信を持って断言できる。


 何故なら、フェリスは最後に見ていたから。

 この街の風景を、アサレアたちやニーズヘッグを――。

 気づかない程微かではあるが、悲しげな表情を浮かべて。


 こうしてフヴェルゲルミルを舞台とした神獣種との闘いは終わりを告げた。

第6章も残り2話となりました。


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