第139話 無口な少女と小さな竜皇《Silent Voice》
晴天の空、今日も今日とてモンスターと相まみえる。
「■、■■!!」
大蛇――クインコブラ。
横に寝かせた成人男性を上回る身体の幅に巨大な牙。強烈な毒を持つ上位種のモンスター。
そして“スコルデリンジャー”、“ゼロンガーゴイル・フォルツァ”と同様、この近辺にはいないはずの種族。生息分布はスコル系と同様の砂漠地帯であり、この場所よりも遥か南――。
「モンスターの生息域における異変……やはりニザヴェッリル消滅で生態系が崩れているのが原因……」
“デュランダル”を逆手に引き抜くと、大蛇が射出した鱗の雨を捌いていく。奴が逆立てて撃ち飛ばしている鱗は、魔力を纏ってこそいても物理攻撃には変わりない。接触時に多少の吸収は行えても、無力化ではなく対処せざるを得ないということ。
更に大蛇の牙から大量の溶解液――毒の液体が放出される。
「■■■、■■!」
「単純だが厄介だな」
これもまた、薄っすら魔力を発していても発生源は奴自身の毒液。
もっと進化した種族の純粋な魔力砲撃より遥かに威力は劣るが、“叛逆眼”で対処するなら、こちらの方が厄介。加えて岩どころか鉄も溶かしそうな強力な毒液は、純粋な破壊を生み出すブレスとはまた別の脅威であるのも事実だ。
だが原始的であることが強みになるのとは対照的に、それもまた弱点となり得る。
「生息域を破壊されて逃げて来ただけのお前に罪はない。でも、今は……!」
広範囲に確殺攻撃が散るのは脅威だが、液体である以上、奴自身が放っていた鱗の弾丸と比べて攻撃速度はそれほど早くない。口の動きと牙の角度にさえ気を配っていれば、躱すことは可能。
そして、瞳の十字が六芒星に変質する。
「■――■■!!」
「“天柩穿つ叛逆の剣”――」
黒渦絶閃。
戦場を一気に駆け抜け、普段の数倍の威力を誇る剣戟で“クインコブラ”の巨体を縦に両断する。
自分でも想像以上の破壊力。刃となり得る硬い鱗にさえ、何の抵抗も感じなかった。
そうして真っ二つに穿たれた巨躯持つ大蛇は、もう動くことはない。
「――っ!?」
魔眼を通常形態に戻してその様を見送っていると、突如として瞳に痛みが走る。咄嗟に抑えた掌には、真っ赤な液体が付着していた。
「そう簡単に使いこなせるわけもないか」
以前にも増して“叛逆眼”が体に馴染み、素の力も飛躍的に高まっている。一方、開放状態においては未だ練度不足。まだまだ前途多難には変わりない。
そして、もう蒼炎は灯らない。
いや、必要無いと実感した瞬間でもあった。
そんなこんなで手ごたえと懸念が半々という状況で帰還したわけだが、少しばかり休もうとした俺の前には緊張感の欠片もない光景が広がっている。
「……?」
「――?」
カールナイツの一人――マーズと呼ばれていた少女と、珍しく単独行動で出迎えに来たらしいニーズヘッグが何やら睨み合っている。いや、正確には、ボケーっと視線を向けて来るマーズに対し、ニーズヘッグが怪訝そうな表情を浮かべていると言った方が正しいのだろう。
「貴方は、何?」
「――!」
ニーズヘッグは首を傾げるマーズの頭をぺしっと尻尾で軽く叩く。
対するマーズは不思議なものを見る様な視線を向けたまま。
互いに警戒し合っているというか、距離を測りかねているというか――。
ともかく、一六歳にしては多少小柄なマーズと戦闘スペックから目を逸らせば、小動物にしか見えないニーズヘッグ。完全にマスコット同士のやり取りにしか見えない光景は、周囲の連中を破顔させるに足るものだった。
現に女性陣を中心に、生暖かい視線が二人に注がれている。
「――!」
そんな時、俺の存在に気付いたニーズヘッグが顔面目掛けて突っ込んで来た。じゃれついて来る白い塊を差し出した右手で受け止めていると、もう一人の少女から無垢な視線を向けられる。
「おかえりなさい。ご飯、お風呂? それとも……」
「――!!」
ニーズヘッグはしれっとアレな事を口走ろうとした少女の頭を尾で叩く。流石に今のは痛かったようでマーズも無言で頭頂部を抑えている。
すると、何やらニーズヘッグからのお説教タイムが始まった。
「――!」
女子足る者、慎みを持て――とか、そんな感じの内容なのは伝わって来るが、空中を飛び回りながら小さな体を目一杯使ってのお説教では、威圧感よりも愛らしさが勝ってしまっている。
「……?」
尤も、マーズの方も料理の援軍に来たのに包丁を逆手に構えたり、泥だらけの野菜を前に首を傾げて固まったりと世間知らずを炸裂させていた辺りからして、ニーズヘッグの説教が何も通じていないのは、火を見るよりも明らか。
頓珍漢なやり取りのおかげで、少々強張っていた肩の力が抜けたのは、良いことだったのか、呆れるべきなのか――。
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