第134話 幕間:憎悪の刃
「……皇帝自ら街の視察なんて一体どういう風の吹き回しだ?」
「国元に戻ってずっと宮殿に籠っていたのですから、別に良いではないですか。たまには民の目線に立つというのも一興です」
「物は言い様だな。まあ政務は一段落してるし、セラに限ってサボることはないか」
アサレアは露店巡りをしているヴァンとセラフィーナを注視する。今しがた警護の味方が吹き飛ばされたのだから、少しは動じろ――と思いながらも、彼女の興味は一点に集中していた。
「ニーズヘッグ?」
「――!」
「そう、アレが欲しいのですか?」
セラフィーナに抱かれている白い竜が小さな体をジタバタさせ始める。そうして露店を回る隣では、ヴァンが肩を竦めていた。
そんな二人と一体の様子は完全に夫婦と子供。あまりにも所帯染みている。
白銀と蒼銀と純白と――目に入る印象的な色が近しいことが相まって、更に一体感が増していた。
そして――。
「可愛い……」
アサレアはニーズヘッグが己の仇に匹敵しかねない怪物であるということを知らない。
故に謎の白い物体という認識しかないわけであり、女子として一般的な感性を持つ彼女がモフりたくなってしまうのは自然な話というもの。
一方、現在進行形で移り変わる目の前の光景は、アサレアに衝撃を与え続けていた。
「あれで一個上か……。成長期でもどうにもならないよね? しかし足も長すぎだし、余計な贅肉はないのにガチガチじゃなくて、ムチムチだし……」
アサレアは少々暗い雰囲気を纏いながら、引っかかる箇所のない自分の胸元をペタペタと触っている。死んだ様な瞳で見つめる先には、微笑を浮かべてニーズヘッグを抱きかかえるセラフィーナの立ち姿。
文字通りニーズヘッグが埋もれるほどの巨大な山脈。
正装――戦闘装束であっても、その存在を主張し過ぎている。
「えっちなお姉さんなのか、氷の女王なのか。それでも……」
一〇代の少女皇帝と聞いて、憧れがなかったわけではない。実際、強い興味もあった。
一方、話題作りのお姫様だと嘗めていた部分があったのも事実。
そんな中、アサレアが実物のセラフィーナから放たれる凄まじい迫力や美貌に打ちのめされているのは、現在の通り。
蒼銀の長髪や鋭い瞳、白磁の肌と相まって、見るからに怜悧そうで近づき難い。
氷の女王という表現は、言い得て妙というものだろうが――。
「あんな風に笑うんだ……」
しかし、今のセラフィーナは穏やかな微笑を浮かべてニーズヘッグや自らの国を慈しみ、隣に立つヴァンに寄り添っている。
現実離れしていて親近感が湧くとまではいかないが、色々と衝撃的な光景ではあった。
「それにあの人も……」
セラフィーナはヴァンにしな垂れかかっているわけでもなければ、腕を組んでいるわけでもない。口づけはおろか、手すら繋いでいない。だがアサレアは、そんな二人を見て言い知れぬ感情に襲われていた。
無論、その理由は恋愛感情云々ではなく、あまりにも二人が自然体であったから。
「なんなの……」
今の二人は恋人、夫婦――“そういう関係”なのだと言われれば、首を縦に振ってしまいそうな説得力を多分に放っている。
だが逆に“そういう関係”ではないと言われたのなら、それはそれで首を縦に振ってしまいそうな、“言い知れぬ空気感”を放ってもいた。
何故なら、アサレア自身がよく知るスタンダードな恋人、夫婦のような繋がりが垣間見えないから。
実際、アサレアとしては、そういう相手ができたこと自体はないが、淡い初恋やらで突き動かされる感覚に対して身に覚えがないわけではない。
身も蓋もない言い方で表してしまえば、一〇代、二〇代など、如何に異性からチヤホヤされるか、如何に好みの異性と付き合って交われるのか――と考えている者が大半とすら言えるだろう。
故に俺が私が――と、互いに気を引いたり、ドギマギしながらアプローチをしたり、デートをしたりと胸の高鳴りのままに日々を楽しんで生きている。その手の物語が好きになるお年頃でもあるだろう。
それは当然の話であり、世界の常識。
何故なら、自らの遺伝子を残そうとする本能に従っての行動だから。
だが、そんな思春期真っ盛りにもかかわらず、あの二人は達観し過ぎている。本当に同じ人間なのかと見紛うほどに――。
だからこそ生まれたズレ――違和感だった。
「これからどうしたらいいのか、分かんないよ……」
結論から言えば、カールナイツはセラフィーナの温情で九死に一生を得た。
アサレア自身も、取り返しがつかなくなる前にヴァンから自分を見つめ直す時間を貰えている。
確かに今目の前にいる彼らに救われたということ。
その反面、多少不幸な過去があっても普通の少女として過ごしてきたアサレアには、力の代償として日常を捨てさせられた二人の心情を察することなど出来るはずがない。
百歩譲ってカールナイツ全体を救うならともかく、何故自分を止めてくれたのか――その真意を見定めることも同様に。
ただ一つ明らかなのは、彼女の憎悪の刃が切れ味を失いつつある――ということだけだった。
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