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第115話 魔眼を得た代償

 巨人族との決戦まで残り三日――。

 一晩明けたエルフの国には、そんな情報が既に伝えられている。

 そうして皆が戦前準備で動き回っている中、俺はエゼルミア陛下が提供してくれた荒野で自らの魔眼と向き合っていた。


「あの二色の魔眼。一体……」


 久々の落ち着いた時間。

 脳裏を過るのは、圧倒される様な殺気と途轍(とてつ)もない威圧感。

 魔眼の覚醒とも称せる形態。


 現状を考えれば、地道に努力をしている時間はない。短期間で飛躍的に力を高めたいと考えるのなら、あの形態は是非とも身に付けたいところだったが――。


「違うな。これでは出力を高めているだけ。アレはもっと、その先にある力……」


 二振りの剣と漆黒の両翼。

 周囲の空間から喰らって溢れ出る漆黒は、俺自身の力を象徴している。だがそれは限界を超えた力じゃない。脳裏に刻み込まれたあの力には程遠い。


「“デュランダル”込みとはいえ、今の俺が大陸最強相手にどこまでやれるのか……」


 “恤与眼(ギフレイン・ドグマ)”の一件然り、神話の遺産である魔眼に関する情報を調べるのは困難を極める。

 そもそも自分の意志で魔眼の力を高めることができるのか――という問題もあるし、ましてや“禁忌魔眼・解放スペリオル・エクシード”なんて全人未踏への至り方を知る者などいるはずもない。

 つまりゼイン・クリュメノスは自らの力で神話を超えたということであり、俺に力が発現する兆候がない以前の問題だった。


「触れられたら確殺と言っても、通用するかは別問題。根本的に出力が足りないか……」


 もう訪れてしまった混沌の乱世。

 既にゼイン・クリュメノスもオージーン・ウートガルザも、俺一人の力でどうにかなる相手じゃない。


 大分前、能力を確かめる名目でセラと技を打ち合ったこともあったりするが、肉体からの直接吸収に関しては対抗策を打ち出されていた。セラの戦闘能力が突出していること、俺の力の原理を知っていることを差し引いても、魔眼は無敵の能力じゃないというのは明らか。

 ましてやゼイン相手では基礎出力が違い過ぎでそこまで到達できないだろうし、オージーン関しても近接特化の物理戦闘タイプであるのは明白。そもそもからして相性が最悪だ。“叛逆眼カルネージ・リベルタ”の性質上、どんな相手にもワンチャンスあるとはいえ、やはり勝てる見込みは薄い。

 セラを――皆を護る為に、もっと大きな力が必要なのは明白だった。


「さて……」


 ここまでが俺の限界地点。

 改めて現状を把握した上で全身に纏った力を四散させていく中、先ほどから感じていた視線の主へ向き直る。


「あら、お邪魔をしてしまったようですわ」


 そこにいたのは、ズヴァルトアルフヘイムの国家元首とその妹、更には侍女騎士(メイドナイト)と名乗っていた女性。


「何故、こんなところに?」

「こちらの宮殿の方に所要がありまして……。お二方に外に世界を見ていただく良い機会でもありましたし」

「とりあえず今は味方とはいえ、よくアルフヘイムを歩き回れるな」

「無論、制限付きですわ。貴方様と同じで。とはいえ、まあ私も目移りしているのは事実ですが……。蒼穹の光を宿す瞳。なるほど、大した純度ですね」

「知っている風な口ぶりだな」

「さあ、貴方よりは詳しいかもしれませんね。何せ私は魔を司る闇の妖精ですから」


 翡翠の髪に褐色肌の美女。

 出で立ちから放たれる圧迫感は、無垢な目を向けて来る二人とは比較するまでもない。


「魔眼の力は術者の感情によって増幅される。ですがそれは諸刃の剣。そもそも魔眼は人の身に余る力なのですから」

「今以上を望めば、身を滅ぼすだけだと?」

「魔眼を持つ者は短命……。理由はただ生きているだけで、自分自身の力に喰い殺されるからです。貴方の様に五体満足でいられるだけで奇跡に近く、ましてやそれだけ御しきれていることは大変稀有。貴方がいなくなって悲しむ人がいるのなら……いえ、余計なお世話でしたでしょうか」

「……」


 今の俺は自分が思うよりも奇跡的なバランスで成り立っている。もし魔眼が暴発すれば、命はない。

 そして、俺はその奇跡的なバランスを自ら崩そうとしているということ。単純に言ってしまえば、“危険だからやめた方がいい”――と、セシルは言外に訴えて来ている。


 知った風な口を利く彼女の言うことを鵜呑(うの)みにする気はないが、実際エゼルミア陛下の“天召眼(アイテール・マター)”は常時開放状態だし、魔眼が人の身に余る力である――というのは、俺にも思い当たる節がないわけじゃない。

 それでも――。


「英傑たちが夢の跡。大英雄オージーン・ウートガルザが闊歩(かっぽ)する戦場に集った王や騎士たちが、その程度で退()くわけもありませんか」

「言い様は知らんが当然だな。今ここで吹き飛ぶ様なら、どの道未来を生きる資格はない」

「破滅願望……いえ、違いますね。ですが、貴方の瞳に宿っているのは希望の光ではない。不思議な人です」


 既にミズガルズを取り込んでいるヨトゥンヘイムを放っておけば、一つずつ国を盗られてこの大陸は巨人族の物となる。流石に全民族絶滅ということはないだろうが、セラやアイリス、エゼルミア陛下といった国の主要人物に明るい未来は待っていないだろう。それは小女やソフィア殿下、ニーズヘッグも同様だ。

 本音を言えば、世界なんてどうでもいい。ただ護ると決めた人たちを護るついでに世界の安寧を取り戻す。俺の闘いはその為にある。

 それはゼイン・クリュメノスが相手だろうが、アンブローン・フェイが相手だろうが変わらない。


「なるほど、貴方もまた英傑ということですか。我が王が貴方と出会えた幸運に感謝すべきですわね」

「王……」

「先王が死して日が浅い。まだ未熟な王ですが、彼らが生きる未来は暗黒に包まれています。我らも全力で最強の英雄と対峙します故、貴方もお力を貸してください。またお話しできるといいですわね」


 闇のエルフと小さな皇族。

 去っていく彼女たちの背を一瞥(いちべつ)し、再び正面に向き直った。


「魔眼の力は術者の感情によって増幅される、か……」


 二振りの剣に漆黒を纏わせて交差斬撃を放つ。

 暗黒の未来を切り拓く剣戟には、まだ程遠い――。

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