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第100話 史上最低の酒池肉林

 夜闇を照らす歓楽街。

 そこには楽し気な声が響いていた。


「そらっ! 一気にグイッ!」

「飲め飲め! 今日は宴だ」

「今日はじゃなくて、今日もっしょ!?」


 響き渡るのは、金に物を言わせて“贅沢品”を味わう者たちの声。


「おい、もっと気合い入れてご奉仕しろや!」

「ちょっと、やり過ぎだぞ。次は俺の番だってのにバテたらどうしてくれんだよ」

「お前の奴隷の方が好みだな。飽きたんなら、ちょっと変われ!」

「あらぁ、結構可愛い顔してるじゃない。可愛がって上げる」


 それと暴虐を敷く者の歓声と一方的に蹂躙される者たちの悲鳴。


「――見るに堪えないな」

「そうですね。智慧(ちえ)と文明を投げ捨てた人間が、これほどまでに醜いとは……」


 都市部の中心施設――ニヴルヘイムで言う宮殿施設の前で開かれているパーティーを見て、吐き捨てる様にそんな言葉を零していた。


「ゲオルグ・ドライターとミュルク軍の独裁軍事政治。これがこの国を発展させて……」

「同時に腐らせている元凶でもある。皮肉なものだな」


 何が行われているのかと言えば、酒池肉林。

 それも男女問わず、多くの人間が文字通り各所で押っ始めた最中だった。乱暴なそれは、正しく獣同士の交わり。

 いや、いくら敷地内とはいえ、野外で複数の人間が入り乱れる様子からして、それ以下と称していいのかもしれない。


「どうして……」


 その中でもひと際目立つ筋骨隆々な男。

 数多くの女性を侍らせている男を見下ろしながら、そう呟いていた。だが酒やらアレやらが混じった咽返(むせかえ)るような臭いに加え、本能のままに響き渡る様々な音のおかげか、俺の呟きに気付く者はいない。


 これがこの街の現状。

 住民から聞き出した情報は、真実に近い(・・)ということ。


「鉱山の採掘権と財産を没収、通行者や近隣の村々、民衆までも虐げている。敵が軍部である以上、反抗活動も焼け石に水。事実上、この街で彼らに逆らえる者はいないわ」

「それもこの城塞都市が辺境にある所為で、討伐隊も到着までに少なからず消耗する。そこに徒党を組んで強襲すれば……ということなのでしょう。存外頭が空っぽというわけじゃないのでしょうね」


 軍部による独裁政権。

 自分たちだけが武力を持ち、やりたい放題が(まか)り通る最低の光景。

 分厚い城壁は敵から自分を守る盾であり、民衆を閉じ込める牢獄と化しているわけだ。

 一応、それを()としない為に組織された者もいるそうだが、現状がコレ(・・)である以上戦果はお察しというもの。


 とはいえ、城壁を壊してこの街を壊滅させるのは、こちらとしても本意ではない。さて、どうすべきかと皆が首を(ひね)った瞬間、手入れの行き届いていない鎧を纏う男が宙を舞った。


「どわぁっ!?」


 粗暴で粗雑。

 道に転がった男の悲鳴により、俺たちがいる物陰を視線で射抜かれる。どの道、近くに男がいる以上、これ以上隠れているのは無意味。夜闇の中、姿を晒した。


「アミット、何を遊んでんだよ!」

「分かんねぇよ! ちょっと楽しもうとしたら、そこの女にいきなり放り投げられて……宴に出遅れちまったってのに、何なんだよテメェら!」


 投げられた男は、真っ青になった腕を庇いながら声を上げる。

 視線の先にあるのは、外套のフードを目元まで被ったセラの姿。


「……まず淑女(しゅくじょ)の身体を(まさぐ)ろうとしたことを詫びるべきでは?」

「ケッ! そんな身体してんだから、そこら中で愉しんでんだろ!? だったら俺も噛ませろよって話だ。他の男じゃ満足できなくなるぐらい愉しませてやるよぉ!」


 血の気の引いた青い顔をしながらもエア腰振りを披露するこの男は、俺たちをあの最低なパーティーの参加者と勘違いしたとのこと。

 奴の口元から香って来る強烈な酒の香りからして、正常な判断能力が残っているわけもない。何を言っても戯言同然だろう。


「顔は見えねぇが、外套の上からでもはっきり女って分かるぜ!」

「どんな身体してんだァ? 早く引ん剥いて楽しみてぇ!」

「あん? ちょっと、アタシらが先だよ! 存分に可愛がってから、そっちに渡してやるよ!」


 それは今も交わりを続けながら、声高らかにこちらに向き直った連中も同様。

 あまりにも警戒心がなさ過ぎる。

 たった一人を除いて――。


「……お前たちは、何者だ? この街の人間ではないな?」


 何にせよ、正面突破か、大義名分を得てからの論破か――行動指針を決めかねていたわけだが、向こうから手を出された以上、やるべきことは強制的に定まった。


「奥の男は生け捕り、それから離脱ってとこか」

「全面対決には情報が少なな過ぎますし、致し方ありませんね」


 今の連中は非武装状態というか、ある意味では立派な武器を晒している状態というか――とにかく、全身隙だらけ。確実にこの状況に関わっている男を狙い、身柄を確保する。雑兵はその後。

 こちらの誰もが外套の内に隠した武器に手をかけ、臨戦状態に入った時、突如俺たちの周囲が強烈な煙幕に包まれる。


「おい、こっちだ! 早く逃げろ!」

「君は……」

「いいから早く!」


 魔法で生み出された攪乱(かくらん)用の煙幕を突っ切って来たのは、顔を布で覆った俺と同じくらいの年頃に見える少年たち。

 状況が呑み込めないながら、彼と共に戦域を離脱する事を選択した。

 軍事政権の打倒を取り止めた理由は、街の壊滅(・・)ではなく、解放(・・)を目的とする以上、義勇兵――つまり反攻組織レジスタンスと思われる彼らと話をしないわけにはいかなかったから。

 それに今戦えば、虐げられた者たちが巻き込まれて犠牲になるのは確実だし、彼らの中に連中の仲間が紛れ込んでいる可能性もある。

 誰かを犠牲にする覚悟自体は今も決まっているが、とりあえずで戦うより、今は一歩引く方が賢い選択であるはずだ。


 何より、自分たちは余所者である――という線引きを確かなものにしておかなければ、かえって事態を悪化させてしまうかもしれないのだから――。


「ちょっと待て……!」

「うっせぇ!」

「へぐっ!?」


 (ちな)みに先ほどセラにセクハラしようとした男は、煙幕越しに少年が持っていた棍棒で殴られて無様に倒れていた。その後、離脱する何人かに踏みつけられて更に悲惨なことになっていたが、奴を気遣う者は誰もいない。


 反攻組織とのスムーズな接触と、俺たちが侵入した事実の露呈。

 ミュルクに来てからの戦果は、プラスマイナスで少しマイナスといったところか。

記念すべきかは分かりませんが、本作も100話を迎えました。

これも本作を評価してくださった読者の皆様のおかげでございます。


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