3−14 場違いな王子様
試験も無事に終わり、ミアレットは帰宅の路を歩いて……ではなく、空を飛んでいた。相棒のウィンドブルームも乗り慣れてきたと、ミアレットはウキウキと身も心も浮かべては、ご機嫌もご機嫌である。何より、(許可はまだとは言え)エルシャと旅行に行くのが楽しみなのだ。しかし……。
(あれ? あの人って、確か……)
眼下のレッド・アベニューを物珍しそうに歩いているのは、かの王子様(弟の方)……だったと思う。
確かに、交流会の後も数日はカーヴェラに滞在予定だと、聞いてもいたが。しかし、王子様という生き物はドレスコードにとんと無頓着なものらしい。純白の装飾が多めな紳士コート(いわゆる軍服の豪華バージョンである)を着こなし、姿勢良く闊歩している様は、彼の周りだけお高級な空間が広がっているかのようだ。
(こんな繁華街であんな格好をしていたら、目立って仕方ないわ……)
レッド・アベニューは商業特区・レッドエリアの目抜き通りで、貿易都市でもあるカーヴェラにあって、常に混雑している区画だ。リッテルの談によれば、カーヴェラのレッド・アベニューはゴラニア大陸随一のショッピングエリアでもあるとかで……たまに旦那様とご一緒に、お買い物にカフェ巡りにと、「素敵な時間」を過ごしているそうな。
(そもそも、どうしてこんな所に王子様がいるんだか。何かに巻き込まれでもしたら、大変でしょうに)
そんな雑踏ひしめく大混雑エリアに、場違いな王子様が紛れているともなれば。……心配してしまうのは、普通の人情というもの。
見たところ、彼の周囲に護衛の姿はない。しかも、どことなくフラフラと所在なさげに彷徨っているようにも見えて、なんて危なっかしいのだろうと……居ても立ってもいられず。ミアレットはウキウキ加減と一緒に、箒も下降させては王子様・ディアメロのすぐ側に降り立った。
「何か、お探し物ですか? 王子様」
「えっ? って、ミアレットじゃないか。どうして、お前がこんな所にいるんだ」
「それはこっちのセリフですって……」
やや高慢な様子で、鼻を鳴らすディアメロではあったが。すぐさま、ミアレットがまたがっているものに興味を示したらしい。少しばかり、不思議そうに……首を傾げては、箒を凝視している。
「ところで……お前、それは何だ?」
「それ? あぁ、これですか? これはウィンドブルームって言いまして。いわゆる、魔法道具ですけど……」
「魔法道具だって……?」
魔法とは無縁にならざるを得なかったディアメロにとって、ミアレットが魔女さながらに魔法道具を駆使していることは衝撃だった。しかも、空を飛べる道具だなんて。面白そう以外の何物でもない。
「……それ、いくらだ?」
「へっ?」
「いくら出せば、譲ってもらえる? その箒、空を飛べるんだろ? ほら、いくら欲しいんだ? 言い値で買い取ってやるから、ありがたいと思え」
平民には金貨を出せば、十分だろう? ……と、明らかに小馬鹿にした様子で、ディアメロが箒の買収にかかるが。生憎と、ミアレットは金には困っていない。確かに、お小遣いは銅貨数枚の範囲でやりくりしているが……寝食はきっちり保証されている上に、魔法学園側の資金(ご褒美チケット)が潤沢なため、ミアレットにはそこまで金が必要な用事もない。
「いや、この箒は売り物じゃないですって。それに……私以外にはこれ、使えませんよ?」
「見えすいた嘘をつくな! 魔法道具は誰でも使えるって、聞いているぞ⁉︎」
「あぁ〜……とりあえず、落ち着いて。こんな場所で、そういう事を喚かないでくれます? とっても迷惑です」
「なっ……?」
きっと、ディアメロは中途半端に魔法道具を理解しているのだろう。ミアレットはため息をつきながら、箒から降りると……強奪されるのもつまらないと、早々に魔術師帳の【アイテムボックス】にしまい込む。そして、そのまま魔術師帳の画面を彼にも示した。
「はい、ここを見てください」
「……これは何だ?」
「魔法学園から支給されている、魔術師帳っていう魔法道具です。まぁ、いわゆる生徒手帳みたいなものですね」
「……魔法学園の生徒は、随分と便利なものを持たされているんだな。それに、悔しいが……カーヴェラは街自体も進んでいる。ただ歩いているだけで、僕が知らないことが沢山あるな……」
ミアレットはカーヴェラしか知らないが……ディアメロの口ぶりからするに、王都はレトロな場所なのかもしれない。それはそれで、クラシカルで素敵なのだろうとミアレットは思うものの……きっと、目の前の王子様はそんな風に思えないのだろう。少しばかり、羨ましそうにミアレットの魔術師帳を見つめている。
「えぇと……魔術師帳やこの街の事はさておいて。話、戻しますよ?」
「それもそうか。ほら、続きをサッサと話せよ」
「はいはい。ここに表示されているのは、魔術師帳が預かってくれている私の持ち物一覧なんですけど」
「持ち物一覧……? ふぅん?」
「それで……ここに、しっかり書かれているでしょ? 所有者:ミアレット、って」
「……だから? そのお前から買い取れば、持ち主は僕になるんだろ?」
「それがそうでもないんです。……これ、利用者限定構築の情報なんで……」
どうやら、この王子様はミアレットが自分に箒を譲るのが当然だと思っているらしい。だが、ミアレットにはウィンドブルームを譲る気はサラサラないし……何より、箒の方がミアレットを持ち主と認識している以上、表面上の売買は意味を成さない。
確かに普通の魔法道具であれば、利用者に魔力があろうとなかろうと、一律同じ効果を発揮する。しかしながら、それはあくまで日用品に限った話であることが多く……武具には適用されないケースもまま見られる。
なぜなら、銘がある魔法武具には「利用者限定構築」が組み込まれていることが少なくないのだ。
「利用者限定構築?」
「えぇ。魔法道具には、誰でも使えるタイプのものと、持ち主にしか使えないタイプのものとがあるんです。で、その利用者限定構築を書き換えるには、魔法道具に仕込まれている魔法回路そのものを書き換えないといけないんですけど……この道具に関しては、それも無理なんですよ……」
「どうしてだ? お前が所有者として書き込まれているんだったら、それをやった奴に書き換えさせればいいんじゃないか?」
「まぁ、普通であればそうなりますよね。でも……この箒は作成者も分からないんです。何せ、心迷宮っていう異空間で見つけたものですから。作った人がいない以上、構築情報の書き換えもできないんです」
渦中のウィンドブルームは心迷宮攻略の結果、ミアレットが正式な持ち主として登録されている。心迷宮攻略の責任者・アレイルがミアレットの戦利品としたので、そのまま使ってはいるものの。利用者限定構築が書き込まれた経緯には実際のところ、アレイルの決定はあまり関係がない。魔法道具として具現化した段階で、最も活用していたミアレットが所有者として確定した……というのが、詰まるところの本音である。
「そういう事情なものですから、この箒を買ったところで、無意味ですよ? いくら魔力があっても、他の人のいうことは聞かないですし」
「……そう、か。それは、僕に魔力がないから……って訳でもないんだよな?」
「えっ? えぇ、そうなりますね。私より魔力適性が高い人でも、無理なものは無理です。あっ、えっと……だから、魔法が使える、使えないは関係ないですし、魔力がないとかじゃなくて……」
「……別に、慰めてくれなくても結構だ。……お前だって、知ってるんだろ? 僕達は魔法を使えない、ハリボテの王子だってことくらい」
先程までの尊大さはどこへやら。急に萎れて、悔しそうに唇を噛んでいるディアメロに、ミアレットはなんて声をかけてやっていいのか分からない。
(えぇとぉ……どうすればいいのかな、これ……。とにかく、王子様をお送りした方がいいのかしら……? って、ちょっと! こんな所で、泣かないで⁉︎)
いよいよ涙ぐみ始めたディアメロを前に、わたわたと慌ててしまうミアレット。そうしてここはいっその事、強硬手段で王子様をお送りすればいいかと考える。兎にも角にも、王子様はいるだけで目立って仕方がないのだから、場所だけでもすぐに変えた方がいい。
「もぅ、こんな所で泣かないでくださいよ……」
「べっ、別に泣いてなんか……」
「はぁぁ……しっかり涙声じゃないですか、それ。とにかく、ディアメロ様。ここで会ったのも何かの縁でしょうし、滞在先まで送りますよ」
「へっ? いや……別に、送ってもらわなくたって……」
「ほらほら、これに乗ってみたいんでしょ? だったら、お帰りついでに……空中散歩、しません?」
「……!」
しまい込んだ箒を、再び取り出して。ミアレットが小首を傾げれば、涙も引っ込んだらしい王子様が恥ずかしそうに頷く。そうしてどうぞと示した箒の後部に、ディアメロが腰を落ち着けたのを見計らって……ウィンドブルームに合図を送る、ミアレット。
「それで? 滞在先はどちらですか?」
素直に浮かび上がった箒をヨシヨシと褒めながら、ミアレットは後ろの王子様に声を掛ける。だが……。
「あっ、あぁ……宿泊先はブルー・エリアの貴族街なんだが……しかし、このまま帰るのは、惜しいな……。この自由が終わってしまうのなら、まだ帰りたくない……」
「……」
帰りたくない……か。明らかに本心と思われるディアメロの言葉が、ちょっぴり辛い。それに……確かに、まだまだ日は高いのだから、少しくらいは遊んで帰っても問題ないだろうか。
「だったら、時計台に行ってみます?」
「時計台?」
「はい。カーヴェラのシンボルで、とっても見晴らしがいいんですよ。展望台からは街も一望できますし、視察にもぴったりじゃないですか」
「……そうだな。うん、任せる」
自由の時間が少し伸びたことに、安心したのか……殊の外、素直に応じるディアメロ。そんな彼の様子に……王子様は相当に窮屈な生活をしているのかもしれないと、ミアレットは少しばかり同情してしまう。




