2−25 暴走するラブリー箒
「キキッ! ギャルルル!」
「グワっ、グルルルルッ!」
しつこく仲間の腕にぶら下がり、爪と牙を立てる猿の魔物。一方で、使い物にならなくなった片腕をダラリと垂らしながらも、グルングルンと使える方の腕をがむしゃらに振り回す熊の魔物。
「……何が、どうなってるんだろう……?」
目の前で繰り広げられる仲違いは、ちょっとした喧嘩では済まなさそうだ。激しさを増すばかりの唸り声と、爪と牙の応酬。そして……とうとう、猿の牙が熊の魔物のもう片方の腕さえも縊り落としたところで、放り出された腕と一緒にスタっと身を翻し。着地と同時に猿の魔物がミアレットの前で背中を丸め、尚も熊の魔物を威嚇している。
「ふふ。どうやら……ミアちゃんの武器の特殊効果が発動したようね」
「へっ?」
「折角ですから、もう1つ、ミアちゃんの魔術師帳に機能を追加するわ。あの漆黒ユビザルのステータス状況を、これで確認してみて」
「えっと……ここで? 今、ですか⁇ それに、漆黒ユビザル……?」
こんな状況で、何を悠長な……と、思いつつ。アレイルの指示に従い、ミアレットは素直に自身の魔術師帳に目を落とす。
(うぅ……私の魔術師帳、ますます迷宮攻略用にアップデートされた気がする……)
新しい情報をキャッチしたミアレットの魔術師帳には、ものの見事に厄介そうなタブが追加されている。表示位置からしてもアプリケーションではなく、「特殊任務実績記録」と同じ系統の機能のようだが……。
「心迷宮魔物図鑑……?」
嫌な予感を募らせつつも、仕方なしに「心迷宮魔物図鑑」をタップする。すると、すぐさまズラズラと目次が表示されたと同時に、目の前の魔物がピックアップされたウィンドウが立ち上がった。
「えと、どれどれ……?」
・漆黒ユビザル:ユビザルに酷似した、小型の魔物。迷宮深度5〜6にて出現を観測。非常に素早く、鋭い爪での攻撃が厄介な他、牙には毒がある。知能が高い傾向があり、稀に攻撃魔法を放ってくる個体の存在も確認されている。
→ステータス異常発生中:魅了状態
「魅了状態……? はっ! も、もしかして……」
《ラブリーを振りまいて、世界中を魅了しちゃえ★》
さっきまで戦慄を禁じ得なかった、キラキラワードが鮮やかに脳内で蘇る。しかし……ラブリーを振りまいたつもりはなく、ミアレットは箒を振り回しただけなのだが。
(あの説明文、ガチだったってことぉ⁉︎)
アレイルの言葉からしても、漆黒ユビザルと呼ばれているらしい魔物は今まさにミアレットに魅了され、彼女を守ろうと混乱している状況らしい。箒の追加効果とは言え……お猿さんを魅了できたところで、嬉しくもなんともない。
「とにかく……今がチャンスですよね! ランドルさん! まずはあっちのクマさん、やっつけちゃいましょう!」
「そっすね! よっし……行くっすよ!」
ランドルの剣はともかく、ミアレットの箒では大したダメージにはならないだろう。それでも、穂先ではなく柄の方であれば、突かれたらちょっとは痛いかもしれない。そうして、ミアレットは持ち手の方を「クマさん」に向けて突撃しようとするが……。
「えっ……?」
ミアレットが走り出した、次の瞬間。持ち主の想定を無視して、箒の穂先がブワッと逆立つ。そして……!
「ヒャッ、ヒャァァァァッ⁉︎」
チリチリと静電気を集めたと同時に、着火とばかりに炎を吹き上げる箒。そうして勢いもバッチリと、柄を握りしめたミアレットごと一直線。クマさんの腹へと華麗な突き技を披露し、3メートルはありそうな巨体を廊下の先まで吹き飛ばした。
「……えっ? えっ? えっとぉ……?」
着地と同時に、絶命したらしい黒いクマさんが「ボフン」といかにもな音を立て、煙となって掻き消える。……どうやら、意図せずミアレットは大物を仕留めてしまった模様。持ち主を蔑ろにして、突貫をかましてくれた得物を手に……ミアレットは遅まきながら、ヘナヘナと座り込んだ。
「箒だから、飛べるだろうって思っていたけど……」
飛ぶは飛ぶでも、突っ込むだなんて聞いていない。ミアレットは半ば置き去りにされた状況に、やるせなく苦笑いしてしまうが。魅了に、突撃に。暴走するラブリー箒が大活躍だったのは、間違いない……はず。
「キキャッ……! シャァァァッ……!」
「……へっ?」
だが、しかし。一難去って、また一難。お仲間を失って、お猿さんの錯乱状態も解けてしまった様子。さっきまではクマさんに向けていた敵意をミアレットに向け直し、そのまま飛びかかってくる。
「……!」
立ち上がることもできないまま、もうもうミアレットには目を瞑ることしかできない。しかし、漆黒ユビザルの牙はミアレットに届くことはなく、ストンと頭を射抜かれ、彼女の足元にズシャッと転がる。そうして、これまたボフンと音を響かせ……闇の中へと、儚げに掻き消えていった。
「ふぅ……とにかく、2人とも頑張ったわね。お疲れ様〜」
漆黒ユビザルの頭を見事に射抜いたアレイルが、何食わぬ顔でミアレットとランドルを労ってくるものの……。
「お疲れ様……って、アレイル先生! 一発で仕留められるんだったら、最初からそうしてくださいよ!」
当然ながら、ミアレットとしては不服である。危ない目に遭わされただけではなく、ラブリー箒の暴走に巻き込まれ、振り回されたのだ。これでは心に余裕を持てないどころか、余裕そのものの供給不足である。
「あら。私としては、大サービスのつもりだったのだけど? 今回の分配はレシオになっているのだし、2人もちゃんと戦闘に参加しないと、成長できないわよ?」
「いや、それはそうかも知れませんけどぉ! いくら何でも、準備が足りなさ過ぎますって……。しかも、ランドルさんは生徒じゃないんだから、関係ない気がします……」
「あっ……言われれば、それもそうね」
「あっ、じゃありません! あっ、じゃ!」
あっけらかんとすっとボケるアレイルにツッコミを入れつつも、パンパンとスカートを払いながらミアレットはようやく立ち上がる。未だに、足がガクガク言っている気がするが。無事に敵を撃破できたのだし、少しは安心して良さそうか……?
「しかし、先生。さっき聞きそびれた事っすけど……」
「聞きそびれた事……あぁ。道具を持ち帰るためにはどうするか、でしたっけ?」
「はい、それっすよ、それ。使わないと持ち帰れないって、どういう意味っすか?」
ランドルは余程、魔法駆動車を持ち帰りたいと見える。もしかしたら、彼が狙っているのはマジックソード(仮称)の方かも知れないが。熱心に心迷宮の仕組みを聞き出そうとするのだから、本当に彼こそ学園に通ったほうがいいのではないかと、ミアレットは彼らの背後で疑念を深めるばかりである。
【補足】
・ステータス異常:「魅了」
魔法効果によって敵対関係を誤認し、味方を攻撃してしまうバッドステータス。
一時的な錯乱状態に陥っている状態で、時間経過や物理的衝撃にて自然回復する。
魔法効果の強度によって継続時間や服従度合いが変わり、特殊能力や魔法の中には、魅了と同時に高度な命令を下せるものも存在する。




