2−8 メチャクチャ仲が悪いもん
「本物? 本物ですよねッ⁉︎ ミアレット……こちらの人、ハーヴェン先生で合ってる⁉︎」
「……うん、合ってるわ……」
先生達の強制的なショートカットで、ミアレットは無事にラゴラス邸に到着したものの。前もって約束をしていなかったこともそうだが、やはりエルシャを(予想通りの方向で)驚かせてしまったことに、微妙な気分にさせられていた。
「はい、初めまして。ミアちゃんのご紹介にもあった通り、俺はハーヴェンと申しまして。突然、お邪魔しちゃって迷惑だったかな?」
「そ、そ、そ……そんなことないですッ! あぁぁぁ……! ハーヴェン先生に会えるなんて……!」
「アハハ、そいつはどうも。ウンウン。思ったより元気そうで、何よりだ」
一方、当のハーヴェンはと言えば。ミアレットから「エルシャが自分に憧れている」と前情報もあったため、いつもの調子で愛想良く接している。やや興奮気味のエルシャの質問にも丁寧に返答し、恋愛系統の踏み込んだお話にも(やや困惑しつつ)それなりに差し障りのない回答をするのだから、ミアレットは改めてハーヴェンのトークスキルの高さに舌を巻いていた。
「と、ところでハーヴェン先生!」
「うん、何かな?」
「えっと……先生は奥様以外に好きな人、いないんですか? あとは、好みのタイプとか……」
「おっと! それ……聞いちゃう?」
「はい! とぉぉぉっても、知りたいです!」
「おぉう。そんなに興味津々に見つめられると、照れちゃうんだな〜。ふっふっふ……もちろん! 嫁さん以外にも好きな相手はいるぞ〜」
「そうなんですね! どんな感じの人なんですか⁉︎」
しかし……ミアレットとしては、ハーヴェンから恐怖の大天使様以外に「好きな相手がいる」だなんて、爆弾発言が飛び出すとは思いもしなかった。そうして、またもよろしくない方向(いわゆる修羅場的なもの)を想像しては、先んじて身震いしているが……。
「そりゃぁ、娘ちゃんも大好きに決まっているでしょう! いや〜……俺の娘、ラディエルって言うんだけど。これまた、嫁さんにそっくりで超ラブリーなんだよなぁ」
「えっ……?」
「両方とも、とってもプリチーなおチビサイズでさ。もうもう、可愛すぎて。俺、嫁さんと娘ちゃんのためなら、なんだって頑張れる気がする」
「……つまり、先生の好みのタイプって、奥様ってこと……?」
「お? う〜ん、そうなるかな〜?」
わざとらしく悩んでみせては、ハーヴェンが首を捻っているが。これも適切な回答例の1つだろうとミアレットが納得している横で、エルシャは明らかにガクリと項垂れている。
(流石、万年モテモテのハイスペ男子だわぁ。躱し方が絶妙〜)
さっきまでの興奮から、この萎れようともなれば。……彼らの夫婦仲に入り込む隙間がなさそうなことを、エルシャも理解しただろうか。
「さて……と。エルシャちゃんが元気なのを確認できた所で、そろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「おいおい、ミアちゃん。忘れちまったのか? 今日は埋め合わせで、特別授業をするって約束だったろ?」
「あっ、そっちですね」
出かけ際に、「作戦会議をすることになった」とマモンは言っていたものの。どうやら、本来の目的を優先するつもりのようで、こちらはこちらで愛想良くニコリと微笑むが……。
(……え、笑顔が眩しい……! これ……絶対、何かの含みがある顔よね……?)
しかしながら、ミアレットは知っている。マモンのイケメンスマイルは、無茶振りの前兆だという事を……よ〜く知っている。
「しかし……マモン、どうする? 例のストーカー、きっちり付いて来ているみたいだけど」
「あ? う〜んと……おっ、本当だ。へぇ……俺達をここまで尾行できるなんて、やるなぁ」
ハーヴェンに指摘されて、マモンもちょっぴり長めな耳をヒョコヒョコ動かしながら、感心した様子で顎に手をやっている。ハーヴェンが本性にキツネの姿を持っている一方で、マモンは本性にトラの姿を持つと、ミアレットも聞かされてはいたが。ハーヴェンのように嗅覚が鋭いわけではないが、聴覚が非常に発達しているそうで……殊に足音の歩調を聞き分け、相手の目方(大きさ)をある程度は把握できるらしい。
(……この人達、本当に規格外なのよねぇ……。敵に回したら、一巻の終わりかも……)
そうして悪魔男子達が同時に見つめた方向を、ミアレットも振り向けば。門の影から、(隠れているつもりらしい)2人の男女の姿がチラリと見える。そして、ペアの片方が明らかに顔見知りなものだから……これは厄介な奴が来てしまったと、ミアレットは額に手を充てては、恨めしいほどに清々しい天を仰ぐ。
「どうして、こんな所にアンジェレットさんがいるんだろ……」
きっと、向こうは隠れられているつもりなのだろう。だが、立派なラゴラス邸の重厚な石造りの柱から、自己顕示欲ダダ漏れな派手なドレスが、惜しげもなくチラチラとミアレットの視覚を刺激してくる。……隠れる気、ゼロだろ。ミアレットは彼女のあまりに間抜けな様子に、心の中で呆れ返っていた。
「一応、聞くけど。エルシャ、アンジェレットさんとお約束とか、してた?」
「多分、ないと思う……。だって、ウチとヒューレックって、メチャクチャ仲が悪いもん……」
「ですよね〜……」
しかし、アンジェレットは前回の試験でセドリックと組んでいたはずである。であれば、仲が悪いのは家同士だけなのかな? と、ミアレットは思い至るが。それとなくエルシャに聞いてみると、そういうワケでもないらしい。
「お兄様とアンジェレットさんは、思いっきり仲が悪かったの。前回の試験では、互いに邪魔するつもりで組んでたみたい」
「……それでよく、セドリックはパスできたわね……」
「お兄様の方は優秀だったから。……誰かと組まなくても、1人でパスしちゃったみたい。お兄様は補助魔法だけじゃなくて、攻撃魔法も得意だったし」
「あぁ、そう言や……セドリック君が本校に来た時に、そんな話も聞いてたな。なんでも、必要な魔法を無駄なく連発して、単独で試験を突破したとか……」
ハーヴェンの解説からするに、セドリックは1人で2人分の魔法を操れるポテンシャルを、試験中にもしっかりと発揮したらしい。一方、アンジェレットはセドリックの邪魔をするどころか、マトモに魔法を練る暇さえ与えられなかったようで……。
(そんなんだったら、アンジェレットさんにしてみれば、ラゴラス家は丸ごと嫌いでしょうに……)
ハーヴェンの話では、絶妙に「どんな試験だったか」が伏せられているものの。彼のこぼれ話を加味しても、ラゴラスとヒューレックは完全に犬猿の仲であることは間違いなさそうだ。しかし、実際にそんなライバルの家の前で……堂々と盗み見をしているのは、あろう事かヒューレック令嬢・アンジェレットその人。さてさて……この状況、どうしてくれようか。
【登場人物紹介】
・ラディエル(地属性/光属性)
調和の大天使・ルシエルと、悪魔・ハーヴェンの養女であり、ルシエルの補佐を務める調和部門の下級天使。
元々は霊樹戦役の際にグラディウスの女神・アリエルが生み出した魔法生命体であったが、戦役後にマナの女神によって特別に天使としての肉体を与えられ、神界の眷属として迎え入れられた。
ルシエルをモデルに肉付けされたこともあり、彼女にそっくりな外観と冷静さを持つ。
また、ルシエル同様、ハーヴェンの料理やおやつにメロメロである。
・アリエル(地属性/光属性)
ローレライがグラディウスに作り替えられた際に、女神として降誕した元・天使。
「始まりの天使」と呼ばれるルシフェル達よりも先に、マナの女神が作り出した天使であったが、マナの女神が意図せず「天使としての能力」だけではなく、「女神としての権能」をも引き継いで作ってしまったが故に、世界の覇権を奪われることを恐れたマナの女神自身の手で、神界から放逐されてしまう。
人間界で期限付きの寿命を全うした後、神界のシステムエラー(脆弱性)によって再び天使として転生したのを機に、水面下で神界及び、人間界の転覆を画策していた。
最終的にはマナの女神陣営の前に、夢破れたが……女神亡き後も、暗黒霊樹・グラディウスはひっそりと生長を続けている。




