8−26 不審者扱いされないのは、美男子の特権
「ふむ……スイッチなんて、気の利いたものはありませんか。でしたらば……えいっ!」
興味深そうに、美人な人形を360度全方向から眺める、副学園長先生。手荒に衣装を剥ぎ、人形と言えど、女性の裸体を弄って。起動スイッチを探しているにしても……シチュエーションだけ見れば、ねっとりとした視線を人形に浴びせる不審者でしかない。
(これ……普通なら、完璧にアウトなヤツだわー。しかも、「えいっ!」じゃないわよ、「えいっ!」じゃ……)
不審者扱いされないのは、美男子の特権かな。アケーディアに変態成分をコーティングできる美しさがあって、よかったのかも知れない。きっと、無邪気な様子も人によっては「萌えポイント」になるんだろうなぁと……ミアレットは、遠い目をしてしまう。
「さて……どうでしょう?」
「えと、アケーディア先生? 何をしたんです?」
彼が何をやらかしたのかは、定かではないが。ガシャンといかにもな機械音を響かせ、人形の瞼がゆっくりと上がる。深いブルーの瞳はやはり生々しくて、どことなく不気味だ。
「魔力を流してみただけです。大した事はしていませんが」
「そうですか? ……その割には、妙に睨まれている気がするんですけど」
しかし、彼女が睨みつけているのはミアレットではなく……アケーディアの手にある肖像画の様子。機械仕掛けにはとても思えない程、滑らかに表情を曇らせると、人形が予想外の事を言い出した。
「その絵……非常に気に入りません。差し支えなければ、破棄していただくか……せめて、私の目が届かない所にしまって下さらないかしら」
「おや、これはこれは……失礼致しましたね。やはり、生前の醜い姿は気に入りませんか?」
「……」
アケーディアの毒を含んだ反応に、彼女はさも不愉快と眉を顰める。その自然な様子に、本当に人間みたい……と、ミアレットは感心してしまうが。漂い始めた不穏な空気を中和せねばと考え直し、慌てて彼らの間に割り込んだ。
「もう! いきなりそれは失礼ですよ、アケーディア先生!」
「左様で? 僕は事実を述べただけですが」
「……言っていい事と、悪い事の区別もつかないんです? それとも、わざと怒らせるためにやってます?」
「ふふ……もちろん、わざとですよ。このテのオートマタの感情がどこまでリアルに近いのか、非常に興味があります」
だからと言って、相手の嫌がることをズバッと言ってしまうのは、どうかと思う。所々で常識的でありながら、絶妙な所で空気を読まないアケーディアに呆れつつ。ミアレットは肖像画を取り上げると、そそくさと【アイテムボックス】に仕舞い込む。
「はいはい、とにかく嫌味は引っ込めてください! サッサと心迷宮をクリアするんじゃなかったんです?」
「それもそうですね。ところで……あなた、名前はあります? 同行していただくからには、呼び名があった方が良いかと思いますが」
何をいけシャァシャァと言っちゃってくれているんだ、この副学園長先生は。不興を買った相手に平然と名前を尋ねられる時点で、厚顔っぷりも相当レベルだ。
「……ステラと申します。そちらのお嬢さん、お名前は?」
「あっ、私はミアレットと言います。気軽にミアでいいですよ」
「そうですか。では、ミア。……共に参りましょう」
「えっと……?」
だが、しかし。素直に名乗ったはいいが、何故かミアレットの名前だけを聞いてくるステラ。そうして、さも当然のようにミアレットの隣にやってくるが。
「ほぅ、なかなかに素晴らしい反応ですね。意趣返しまでしてくるとは、機神族はそれなりに高尚な存在のようです。……しかし、魂の持ち主の性格も継承していると見えて、やや捻くれていますか?」
「あなたに言われたくありませんよ、アケーディアとやら。私は誇り高きサイラックの一員。……このような処遇を強いた時点で、従う道理はありません」
「このような処遇……あぁ、なるほど。僕が衣装を台無しにしたのも、気に障ったのですね」
肩を竦めながら、仕方ないとばかりにアケーディアがシンプルなローブを呼び出し、ステラに手渡す。そうされて、裸でいるよりはマシだと考えたのだろう。渋々ながらも、ステラも素直にそそくさとローブを着込んだ。しかし……。
「真っ黒だなんて、なんと面白みのない。もう少し、華やかな色味の物はないんですか?」
「あいにくと、華やかな衣装は持ち合わせておりません。心迷宮を攻略し、あなたの存在が外でも具現化するようでしたら、少しは考えて差し上げましょう」
「……そういう事ならば、仕方ありませんわ。折角、目覚められたのです。きちんと外に出られなければ、意味もありませんし」
心迷宮にいただけあって、ステラも自分が置かれている状況は分かっているらしい。
心迷宮で発見された道具はきちんと使わない限り、現実世界で具現化しない。アケーディアが興味本位でステラを起動したのは、まさに彼女を持ち帰りたかったからなのだが。自立型のオートマタという時点で、彼女を魔法道具扱いしていいのか、ミアレットには分からない。
(えぇと、こういう時は……)
スタスタと先を急ぎ始めたアケーディアに遅れまいと、移動する合間。ミアレットはステラがどんな状態なのかを確認しようと、【アイテムジャッジ】を起動する。すると……。
・オートマタ・エクソスケルトン(地属性/防御力+71)
特殊効果:魂を取り込むことで、自立型自動人形として稼働が可能。ユーザーの指示がなくとも、自動で防御魔法を展開できる。
どうやら、ステラはしっかりと魔法道具扱いの様子。名前を名乗った時点で、自我がある事は間違いないため、今の彼女は「特殊効果」発動中の状況らしい。
(でも、アケーディア先生にはともかく、私には優しいみたいだし。防御魔法が使えるのは、頼もしいかも。風属性は本当に、防御魔法がないんだよなぁ……)
サイラック家の一員というのが、ちょっぴり引っかかるけれど。気位の高さはともかく、ステラにはミアレットを見下す雰囲気はない。むしろ、貴族だったにしては優し過ぎるくらいだ。
(ステラさん、本当にサイラックの人なのかしら……。なんか、しっくり来ないなぁ)
ステフィアの横暴を思い出し、ミアレットはステラの背中を違和感混じりで見つめてしまうものの。いずれにしても、味方が増えたのはいいことだ。心迷宮の最奥には大抵、ボスがいる。そんなボス……漆黒霊獣との戦闘も控えている事を考えれば、ステラの存在は心強い。
(この調子なら、お願いすれば力を貸してくれそう。……そうね。みんなでちゃんと外に出るためにも、私も頑張らなきゃ)




