8−24 不老不死に憧れるのは人間の特権
元は上等品だったと思われるソファに背を預けるのは、肖像画とは対極的なまでに整った面立ちの人形。まるで、彼女の周囲だけ仄かにスポットライトが当たっているように、朧げながらも明確な存在感を振りまいている。
(うぁ……。リアル過ぎて、不気味かも……?)
俯きがちな瞼は、しっかりと閉じられたまま。衣装は薄汚れているのに、白磁のかんばせだけは暗闇にあってなお、曇りのない輝きを保っている。長い睫毛が揺れることはないが、まるで生きているかのような美しさに、ミアレットは思わず息を呑んでいた。
「アケーディア先生。これ、なんでしょうか? ただの人形……にしては、ちょっと生々しい気がしますけど……」
「おそらく、機神族の抜け殻でしょう。なるほど、なるほど。ファラード家は人形技師の家系でもあったのですね」
「ほぇ? 技師ですか?」
ミアレットにはチンプンカンプンだが。一眼見ただけで、アケーディアには「彼女がどんな人形なのか」をすぐさま理解できるらしい。
「霊樹・ローレライの消失と同時に、機神族は絶滅の扱いとなっています。そして、非常に残念なことに……魔力が復活したとて、祝詞を喪失した彼らに再稼働はできません。そんな中、ごく稀に機神族の抜け殻が流れ着くことがありまして。非常に高値で取引されていると、聞き及んでいます」
奇跡的に流れ着いた抜け殻……つまり「機神族の遺体」は、特殊合金を使った貴重品ということもあり、アンティーク人形としての価値だけではなく、魔法道具素材として重宝されるのだとか。
「柔らかそうな見た目からは、想像できないかも知れませんが。機神族のボディは不朽の鋼鉄製でして。……魂の容れ物として、再利用される事も多いとか」
「魂の容れ物……? えーと、それってつまり……魂を人形に載せ替えるって事ですか?」
「その理解で概ね結構。……君達人間の体は、経年劣化付きの有機物の塊ですから。いつの時代も、不老不死に憧れるのは人間の特権でしたし」
「それは特権というよりは、悲願ですって……。不老不死になったら、病気とか、怪我とか。いろんな不安から解放されるんですよ? 憧れない方がおかしいですよ」
こちらの世界では、まだまだ年若いミアレットではあるが。生前のマイ(享年28歳)だって、体の不安を挙げればキリがない。やれ、お肌の調子が悪いだの、やれ、風邪気味で熱っぽいだの。自分の体なのに、ままならない事がありすぎて、嫌になってしまうくらいには……体の悩みは尽きなかった。
「どうでしょうね? 寿命もなく生き続けるというのは、君達が思う程、素敵な事ではないのです。時任せに朽ちて、ありのままに死んでいく。これ程までに美しく、円熟した摂理を……僕は他に知りません。永遠とは時に、非常に残酷なものです」
「えと、アケーディア先生……? 大丈夫です?」
「あぁ、失礼。少しばかり、過去の憂鬱に苛まれてしまいましたか。……気にしないでください」
しかし、実際に不老不死であるのはいい事ばかりではない様子。アケーディアには悪魔なりの価値観があるようで、少しばかり悲しそうな声色を響かせる。それでも、話の続きをせねばと思ったのだろう。「話が逸れましたね」なんて言いながら、努めて気丈に推察の続きを語り出した。
「機神族の抜け殻は貴重品である一方で、素人にメンテナンスは難しい。観賞用として楽しむ分には、磨くだけで事足りると思いますが……魔法道具製作を生業にしてきたファラード家にある時点で、そちらの目的で預けられたのだろうと考えます。メンテナンスをしなければ、可動部分が正常に動作しませんからね」
「でも、人形に魂を移すなんて……危険はないんです?」
「もちろん、リスクは付き物です。先程は魂の容れ物と勢い、申しましたが……人間の場合、有り体に言えば、脳移植ですし。摘出や神経結合の難易度の高さに、拒絶反応の問題。医療魔術学が発展している昨今でも、成功率は極めて低い」
「うわぁ……。そこまでしなければならないんだったら、私はしなくていいかもぉ……。死んじゃったら、意味ないじゃないですかぁ」
「ふふ、そうですね。ですが……ある種の人間達にとっては、メリットの方が上回る事も、往々にしてあるのですよ」
今度はいつもの仏頂面に表情をすげ替えて。アケーディアは淡々と、メリットについて述べる。
「機神族は知っての通り、精霊の一種……要するに、魔法生命体でもあります。魔力適性は標準的に持ち得ていますし、魔力因子が肉体に紐づく要素であるのは、彼らも変わりません。機神族の抜け殻を纏えば、魔法を使えない人間でも、魔法能力を獲得できるのです」
「あぁ、そうでした……。私みたいな平民なら、ともかく……貴族に魔力適性がないのは、かなり致命的なんでしたっけ……」
「そういう事です。一族の存亡がかかっている以上、名のある貴族であればある程、魔力適性に固執するものなのですよ」
《貴族にとって、魔力適性の高い・低いは冗談抜きでお家柄の存続に影響するんだわ》
そんな事をティデルも言ってはいたが。魔力適性が高い・低い以前に、すっからかんでは話にならない。
人形のメンテナンスの依頼主がサイラック家かどうかは、まだ明確ではないものの。肖像画の奥に人形が隠されていた時点で、無関係でもないのだろう。
(やっぱり、貴族って面倒かもぉ。きっと、魔力がないから平民として生きていきまーす……なんて、割り切り方もできないんだろうなぁ)
そもそも、サイラック家がグランティアズの王族から魔力適性を横取りしていたのは、素のままでは魔力適性に恵まれなかったからである。そのために危険極まりない暗黒霊樹と手を組んでいたのだから、無茶するなぁ……と、考えたところで「あれ?」とまたもや首を傾げるミアレット。
「でも……だったら、ちょっとおかしくありません?」
「おや、何がですか?」
「だって、サイラック家は王様達から、魔力を横取りしていたんですよ? 危険な手術をしなくても、魔力は確保できていたんじゃ……?」
「なかなかにいい気づきですね、ミアレット。そう、確かにサイラックはローヴェルズ王族からの搾取で、魔力の問題はクリアしていましたね」
そう言いつつ、アケーディアは手にした肖像画を掲げて、「よく見て」と意地悪く微笑む。しかし、再度まじまじと見たところで、ミアレットには額縁の中の淑女がステフィアに似ている事以外に、思いつく事もないのだが……。
「えーと……」
「おや、ミアレットもそこまでは気付けませんか。この淑女……お召し物が、エンディングドレスなんですよ」
「エンディングドレス……? 何ですか、それ? ウェディングドレスの親戚です?」
アケーディアのひっそりとした呟きの意味が分からず、ミアレットは率直な感想を述べる。シンプル過ぎる気もするけれど、真っ白なドレスは花嫁衣装だと思ったのだが。
「まだまだ若い君には、無縁でしたか。エンディングドレスはいわゆる、死装束というヤツでしてね。慶事の衣装ではありませんので、ウェディングドレスの親戚だなんて、不謹慎はやめておきましょう」
「なんか、すみません……」
妙なところで、真面目に注意されてしまった。それこそ不老不死な彼らは、エンディングとは無縁だろうに。意外と、悪魔は冠婚葬祭の礼儀にも詳しいようで……雑多な常識や作法も、さりげなく抑えていたりする。
【補足】
・医療魔術学
医療分野に魔法概念を持ち込み、一般医療では難しい損傷を修復したり、失われた生体機能を回復させるための医学のこと。
「本来はあって然るべき機能の修復」を主眼としており、魔法技術によって作り出した培養部位で欠損を補ったり、人体構造を魔法概念によって書き換えることで、機能回復を図ったりと、「肉体機能の復元・復旧」を可能とする。
魔法学園でも、魔力適性の普遍化を目標に研究されている分野であるが、明確な形や構造情報を持たない魔力因子培養のメソッドは未だ解明されていない。




