8−20 強行突破のペナルティ
「あぁ。やっぱり、出てきましたね。強行突破のペナルティが」
「へっ?」
足元に広がるのは、無惨に瓦礫と化した罠の山だけ……のはずだったが。アケーディアが顎でクイと示す方を見つめると、黒い霧が床と言う床からもうもうと湧き上がっている。段々と濃く、そしてハッキリと。蠢く形を持ち始めたかと思ったそれは、黒い羽毛を纏った魔物へと姿を変えた。
「……あの、アケーディア先生」
「なんでしょう?」
「魔物が出るのも分かってて、罠を壊したんです?」
「えぇ、もちろん。トラップパニックの心迷宮は罠を壊したり、無理矢理進もうとすると、このようなブービートラップが発動するものでして。破壊するだけで進めるなんて、最初から思っていません」
「えぇぇぇ……」
何を冷静に言ってくれちゃってるんだ、この副学園長先生は。どこをどう見ても、出てきた魔物はボスっぽい雰囲気じゃないか。
(これって、グリフォンってヤツじゃないの……?)
頭は鷲、体躯は獅子。真っ赤な眼光は禍々しく、嘴や爪は凶器と見紛う鋭さ。しかも背中の立派な翼からしても……相当に素早く飛び回りそうなことも、簡単に予測できるワケで。
(アケーディア先生の、馬鹿ぁッ! どうして、そうと分かってて罠にハマるの⁉︎)
声ならぬ声で、「ムキーッ!」と心の中で荒ぶるが。ミアレットがいくら、またもわざと罠にハマりに行ったアケーディアを恨んだところで、ご本人様は涼しい顔を崩さない。
「大丈夫。この程度の魔物が出現するのも、想定内です。あぁ、助太刀は不要ですよ。ミアレットは魔物図鑑でも眺めて、待っていてください」
「いや、大丈夫って言われましても……」
見るからに強そうですけど、アレ。ミアレットがそう指摘する間もなく、またも手元の物騒な重火器から「スチャッ」と物騒な音を響かせる副学園長先生。……その効果音に、ミアレットはまたも嫌な予感と汗をぶり返した。
「と言う事で! ここは1つ、景気良くぶっ放してしまいましょうか! ふふ……アハハハハハッ!」
「ちょ、ちょっと待って! ひゃぁぁぁッ⁉︎」
何がどう、「と言う事で」なのだろう? 第一、廃墟で景気良くぶっ放すのは、やめなさい。本当に崩れるから。
そんなミアレットの心の声(主成分:ツッコミ)を置いてけぼりにしたまま、高笑いと同時に手元の重火器をファイヤーさせちゃう副学園長先生。しかして、相手も流石は大物の魔物と言ったところで……アケーディアの攻撃を避け切れないなりに、意外と高いらしい防御力に任せてしっかりと反撃に転じてくる。
(えぇと、魔物図鑑……魔物図鑑!)
魔物と暴走悪魔様の攻防から逃げ惑いつつ、「心迷宮魔物図鑑」タブをタップすれば。ミアレットの予想通り……アケーディアが対峙している魔物は、相当の大物であるらしい。すかさず表示された情報を目で追えば、非常によろしくない内容がつらつらと記載されている。
・漆黒グリフォン:魔獣族を模した大型の魔物。迷宮深度6以上にて出現を観測。高い俊敏性と防御力を備え、翼を形成する鋭利な羽を飛ばし、広範囲攻撃を仕掛けてくる。現実世界側のグリフォンとは異なり、本来の知性はなきに等しく、魔法を行使する個体は観測されていない。
(広範囲攻撃……?)
ミアレットが気になる一文に、視線を上げれば。アケーディアを仕留め損ねたグリフォンの鉤爪が、虚空に弧を描いているところだった。一方のアケーディアは重火器を手に、グリフォンに負けず劣らず、俊敏な様子でヒョイヒョイと相手の攻撃も器用に避けている。
(うわぁ……アケーディア先生、よくアレを避けられるわぁ、マジで……。)
魔法特化型とは一体? 賢者とは一体……? どこをどう見ても、武闘派なんですけれど。
ミアレットはアケーディアの自己紹介が嘘だらけであったことにも、呆れつつ。イヤーマフ姿の副学園長先生の姿がシュールにさえ思えて、不安に違和感もトッピングせざるを得ない。
(でも、広範囲攻撃となったら、いくらアケーディア先生でもひとたまりもない気がする……)
あれやこれやと、悩むミアレットが大物悪魔と大物魔獣の対戦を見守っていると。いよいよ痺れを切らしたのか、鋭い咆哮と同時に、翼をバタバタと激しくはためかせるグリフォン。しかし、心なしか……ミアレットを睨んでいるような……?
(えっ? もしかして、標的は私だったりする……?)
大丈夫だと言われて、(不安だらけではあったが)言いつけ通り、いい子に魔物図鑑を眺めていただけなのに。何やら、弱い相手から仕留めるべしと思い直したのか、魔物の鋭い視線は明らかにミアレット一直線である。
(うわ……ヤバいかも、これ! えぇと、防御魔法……はないんですけどぉ……!)
あいにくと、風属性の防御魔法は初級・中級には存在していない。しかも、上級魔法の「ブラストウォール」は大量の雷で攻撃魔法や投擲攻撃を撃ち落とす魔法であり、ギリギリ防御魔法に分類されているが、実態は攻撃魔法に近い。そもそも風や雷など、実体を持ちにくい要素を活用している関係上、風属性の魔法はトコトン防御に向いていないのだ。実際問題、風属性の魔法には、直接術者を守るタイプの防御魔法はなかったりする。
(……どうしよ。打つ手なし……かも⁇)
大丈夫って言われたから、油断していたのに……なんて言い訳は、通用しない。心迷宮は腐ってもダンジョン、いかなる時も緊張感はあるべきである。ミアレットはのんびり魔物図鑑を眺めている場合じゃなかったと、後悔するが……時、既に遅し。まるで鏃のように尖った羽が屹立したかと思えば、すぐさま発射されるのだから、堪ったものではない。
「その屈強なる大地の外皮を纏え、我が守護とせん! ガイアアーマー!」
(あっ、た、助かったぁ……! ふえぇぇ……生きてる! 私、生きてる……!)
いくら冷徹な副学園長先生とて、巻き込んだ生徒の面倒くらいはしっかり見てくれる様子。慣れたようにアッサリと防御魔法を展開し、ミアレットを守ってくれた……と見せかけて、どうもそのアケーディアの様子がおかしい。
「いい度胸ですね……? 僕は予定を狂わされるのも、非常に嫌いですが……対話中に無視されるのは、何よりも許せません……! 僕という存在がありながら、何をよそ見しているのですか……?」
「へぇっ? アケーディア先生……怒るポイント、そこなんです……?」
そもそも、最初から対話なんて成立していないだろうに。魔物相手に、何を言っているんだ、この副学園長先生は。
(あぁぁ……怒ってるのは、私のためじゃなくて、態度が気に入らないだけかぁ……。マモン先生だったらば、「俺の教え子に手を出すな!」……って、言ってくれる気がするぅ……)
顔がそっくりなせいか、どうしてもアケーディアを弟さんと比べてしまうミアレットであったが。何やら変な方向にプッツンしたらしい副学園長先生の不気味な笑顔に、その場凌ぎの安堵もすぐさま消し飛ぶ。なぜなら……。
(キュイィィィン……じゃ、ないわよぉ! キュイィィィン、じゃ! あの武器、絶対にやらかす音鳴ってる!)
……アケーディアの手元の武器が、更に物騒な効果音を発し始めているのだ。砲身を走る光の筋がより一層、激しく輝いているのだ。これはどこをどう見ても……。
(最大出力ってヤツです⁉︎ いやいや、待って待って! 更に致したら、絶対に倒壊する! マジで倒壊しちゃうって!)
ただでさえ、オンボロなのに。床は既に、木っ端微塵なのに。今でさえ、建っているのが不思議なくらいなのに。
どうやら、副学園長先生にも「遠慮」というものは存在しないらしい。重火器を最大出力でぶっ放そうとしている副学園長先生を止める術は……残念ながら、ミアレットには用意されていなかった。
【魔法説明】
・ブラストウォール(風属性/上級・防御魔法)
中級魔法・サンダーライトニングの派生魔法であり、命中率を高め、迎撃に特化した防御魔法。
用途から一応は防御魔法に分類されているが、派生元も相まって、構築概念・魔法形態は攻撃魔法寄り。
発生させた雷に付随する電磁波の反射波を捕捉し、迎撃対象を的確に撃ち落とすことができ、投擲武器・ショット系攻撃魔法への適応性が高い。
反面、直接攻撃や純粋な攻撃魔法への効果は非常に薄く、防御魔法としての汎用性はあまりよろしくない。




