1−32 お友達記念日を祝して
予想外なエルシャの言葉が、兄の心に届いたのかは……ミアレットには、分からない。相変わらず、セドリックは悔しそうにこちらを睨みつけるだけで、彼の口からは謝罪も弁明も出てこなかった。それでも……エルシャの方は満足げな様子で、涙ながらにちょっぴり偉そうに胸を張っている。
(エルシャ……。本当は辛いはずよね……)
兄の口から、全てが語られることはなかったが。エルシャも「なんとなく知っている」のであれば、彼こそが自分を深魔へと堕とした相手だということも、分かってしまっているはず。そんな恨んでも、恨み切れない相手なのに。エルシャには、セドリックとの繋がりを捨てるつもりはないらしい。
「エルシャ、大丈夫?」
「……うん、大丈夫。これから、頑張らないといけないし……ずっと泣いてなんか、いられないわ」
「そう、だよね。……あっ、そうだ! だったら……」
いよいよ担がれたまま「回収」されていく、セドリックの姿を見つめながら……エルシャが気丈に涙を拭っている。その一方で……彼女が「お兄様を迎えに行く」と決意した以上、少しは手伝ってやりたいと思うのが、ミアレットの甘くて無鉄砲なところでもある。そうして、引き上げていくリヴィエルとセバスチャンの背中に、ミアレットは思わず、声をかけていた。
「すみません、リヴィエルさんにセバスチャンさん!」
「どうしました、ミアレットさん」
「えぇと……セドリックのこれからの生活がどんなものか、私には分からないんですけれど。……エルシャのためにも、できれば生き延びてほしいんです。だから、これで……セドリックの身の回りくらいは、きちんとしてあげておいてほしいんです……」
どうせセドリックに譲るつもりだったし……と、ミアレットは深魔の破片(中サイズ)をリヴィエルに手渡す。マモンからも「深魔の破片は金策にもなる」と聞かされていたし、破片をセドリックの生活費に充ててもらえれば、彼に不貞腐れずに生き延びてもらえるかも知れない。
「……分かりました。そういう事でしたら、喜んでお預かりしましょう。あぁ、因みに……そこまで、心配しなくても大丈夫。素直に証言してくれさえすれば、きちんとした生活水準も保証しますから。……まぁ、貴族だった方には物足りないかも知れませんが……人並みの待遇は用意しますよ」
「そう、ですかぁ……ちょっと安心しました」
「ふふ……それにしても、ミアレットさんはとてもご友人思いなのですね。これからもその優しさ、忘れないでください」
柔らかく微笑んで、リヴィエルがセバスチャンと連れ立って去っていく。結局、セドリックは最後の最後まで押し黙ったままだったが。……少しは前向きにエルシャを待っていてくれるだろうかと、ミアレットはぼんやりと考えていた。
「ミアレット、いいの? あれ……とっても珍しいものだったんじゃない?」
「いいの、いいの。どうせ、私にはまだ使い方も分からないし……」
「……ミアレットって本当に変わってるわよね。私だったら、絶対にあげたりしないけど」
「えぇ、そうかなぁ? あっ、そうそう。……エルシャにもこれ、あげるわ。出てきた場所を考えれば、これは間違いなくあなたの物だし。受け取って」
「えっ? で、でも……私だって使い方、知らないよ……。もらっても、どうすればいいのか……」
「う〜ん、どうしよう。……これ、そのまま持っててもいいものなのかなぁ……」
いくら美しい貴重品とは言え。12歳の少女達(片方の中身は大人だが)には、「深魔の破片」は早すぎる。しかも意外と重量がある上に、場所も取るのだから……使い方さえ分からない今の状況では、ただただ邪魔なだけだ。そもそも、「深魔の破片」は本校にさえ登学していない「駆け出しの魔法使い」がおいそれと手に入れられるモノでもない。彼女達の困惑は当然と言えば、当然である。
「アハハ、2人とも無欲なんだなぁ。しかも、ご友情も麗しいときたもんだ」
「マモン先生、笑ってないでどうにかして下さいよ……。深魔の破片なんて、どうすればいいのか分からないし……。やっぱり、先生がもらってくれません?」
「それでもいいんだが……折角だ。お友達記念日を祝して、俺から2人の魔術師帳に便利機能をプレゼントしようかな」
「お友達記念日に……便利機能?」
変な単語を口にしながらも……こちらはこちらで無欲な大悪魔様が、またもや魔術師帳を出してと、ミアレットとエルシャに促してくる。そうして、2人のデバイスに何かの情報を送り始めた。
「2人の魔術師帳に、拡張機能解放のコマンドを送ったぞ。トップページに【アイテムボックス】って項目が追加されてるだろ?」
「あっ、本当だ……」
「でも、先生。これ、どうやって使えばいいんですか?」
「もちろん、ちゃんと使い方も説明するぞ〜。こいつは、魔術師帳が持っている“固有空間”を特殊祓魔師権限で解放した状態なんだな。んで……物は試しだ。早速、【アイテムボックス】のタブをタップしてくれるか」
言われるがままに、【アイテムボックス】の項目を指でタッチするミアレットとエルシャ。どれどれと画面に視線を落とせば……今度は「道具取り込み」と「道具呼び出し」という項目が現れる。これは、もしかして……。
「ひょっとして、この項目で道具を出し入れできる……で合ってます?」
「おっ! 流石は、ミアちゃん。お察しの通り、こいつは取り込みで道具を預けて、呼び出しで道具を引き出す機能でな。使い勝手もいいから、是非に活用してくれよな。まぁ……使い方によっては悪用もできちゃうもんだから、基本的には制限されているんだけど。今回は麗しい友情に免じて、思い切って解放してみましたよ……っと。これで破片の保管問題はクリアでオーケイ?」
マモンによれば、「異空間収納」と呼ばれる特殊能力の概念を、魔術師帳の拡張機能として落とし込んだのが【アイテムボックス】というアプリケーションなのだそうで。彼らのように呪文を唱えたり、念じたりするだけで自由自在に道具の引き出しができるわけではないが、固有空間に預けている道具は変質しない(つまり、劣化しないし、腐らない)上に、魔術師帳さえあれば手ぶらで行動もできる。
(あっ、なるほど、なるほど……出てきた魔法陣に、預けたい道具を乗っければいいのね?)
早速とばかりに、ミアレットは「道具取り込み」で現れた魔法陣に手持ちの特大サイズ以外の破片を載せてみる。すると……「ヒュン」と軽やかな音がして、魔法陣ごと道具が一瞬にして掻き消えた。そして……。
「これ……すごいよ、エルシャ! ほら、見て見て!」
「あっ、預けた道具が表示されてるね! そっか、今度はここから引き出せばいいんだ……」
「そうみたい。使い方も簡単で、安心だね」
「うん! これだったら、大切なものを失くさずに済みそう!」
使い方もシンプルで、魔法道具がゆえに魔力消費もなし。魔術師帳がなければ、咄嗟に道具を引き出すことはできないものの……少なくとも、深魔の破片を「どうやって取っておこうか」に悩んでいたミアレットとエルシャの悩みは、これで綺麗さっぱり解決である。
「それじゃ……はい。エルシャはこれを預けてみて」
「でも……本当にいいの? これ、1番大きいヤツだよね?」
「いいの、いいの。……それこそ、お兄さんを迎えに行くために使うといいんじゃない?」
「そっか。……うん、そうする。ありがとう、ミアレット」
2人の少女達のやりとりに、いつしか周囲の大人達もなんとなく、嬉しそうな顔をしている。それは先程まで泣いていた、エルシャの母も例外ではなく……セドリックの処遇もそこまで酷くならなさそうだと知り得た事もあり、ようやく少しばかり安心した表情を見せていた。




