8−15 自分にとっての悪役
何度見ても、「総魔力量」は減ったまま。茫然自失で魔術師帳を見つめるモリリンの瞳には、もうもう涙も生気も浮かんでこない。闘技場の控え室……ではなく、隠れるようにして逃げ帰ってきた学生寮の自室で、モリリンは無気力にベッドに腰掛けていた。
(あぁ……この後、どうすればいいのかしら。ナルシェラ様にアピールもできず、魔力まで取り上げられて……)
しかも、助けに来てくれたと思ったナルシェラはモリリンを気遣いこそすれ、必要以上に距離を詰める事もなく。ただただ、困ったように眉根を下げるのみ。当然ながら、彼の口から甘い言葉は一欠片も飛び出さなかった。
「みんなには、誤解をさせてしまったようで申し訳なかった。こんな事になるのだったら、優勝しようがしまいが、君達を伴侶に迎える事は絶対にないと……最初から、明言しておくべきだったのかも知れない」
それどころか、決定的な拒絶の言葉までくれる始末である。本当に申し訳なさそうな面差しからしても、ナルシェラの言葉に悪意はないだろう。だが……意図的ではないからこそ、彼の言葉は却って深くモリリンの胸に突き刺さる。
(何よ、それ……)
一体、何のために魔法武闘会を企画したと思っているのだろう。それもこれも、王子様達の目に留まるため……延いては、彼らとの縁を強引にでも結びつけるため。ただ、それだけだったと言うのに。自分の何が悪かったのだろう。
(いいえ、私が悪いんじゃないわ……! 私よりも目立っているミアレットが悪いのよ……!)
だが、自身の勘違いを認められないモリリンは、自分にとっての悪役を作り上げることしかできない。そうしてお門違いにも、身勝手な仮想敵を作り上げたらば。もうもう、彼女の後ろ暗い感情に歯止めは効かなかった。
(あいつさえ、いなければ……! あいつが、王子様を譲っていれば……!)
悪い方へ、悪い方へ。非常によろしくないことに、最悪には最悪が重なるものらしい。
何もかもに敗北し、惨めな自分を慰める術すら持たぬモリリンの目に……よせばいいのに、魔術師帳が第3試合の結果を映し出す。自身の取り巻き達も大勢敗退している中、しっかりとミアレットの名前が残っているともなれば。悔しさと妬ましさをごちゃ混ぜにした心が、その名を見た瞬間、ブツと切れた。
***
第3試合もなんとか、勝ち抜いて。昼休み時間になったので、ナルシェラ達が待機している副学園長室へと走る……ではなく、箒で飛ぶミアレット。闘技場の控え室で、そのまま午後の部を待っていても良かったのだろうが。モリリンの説得結果も気になるミアレットは、昼休みは彼らと一緒に過ごす事に決めていた。
(それにしても……第4試合からは、本格的に対戦が激化しそうだなぁ……)
今までの相手は、言ってはなんだが……正直なところ、実力も微妙な生徒が多かった。王子様達の隣を狙っているご令嬢方も上級生なりに、実力はそこそこあったのだろうが。実戦を既に経験しているミアレットにしてみれば、魔法の創意工夫が足りないように思える。簡単に言えば、魔法の使い方に「捻り」がない。シンプルに直球勝負も潔くて良いのかもしれないが、生憎と……魔法戦は潔さだけでは勝ち抜けないのが、実情だ。
(アハハ……なーんか、姑息よね……)
搦め手も豊富なんだと、言ってしまえばそれまでではあるものの。補助魔法を駆使してチマチマと相手の戦略を崩す様は精彩を欠き、まずまず戦況は地味である。必ずしも、勝利に派手さは必要ないけれども。武闘会という舞台においては多少のパフォーマンスがあった方がいいだろうかと、ミアレットは少しばかり、考えてしまう。
「キャァっ⁉︎」
「ばっ、化け物! 化け物が出たぞ⁉︎」
「ほえっ⁉︎」
そんな事をぼんやりと考えていたらば、すぐ下に広がる中庭から鋭い悲鳴が上がる。数多の生徒達の悲鳴に驚きつつ、ミアレットが視線を下ろせば……無我夢中で中庭を突っ切る、四つん這いの化け物の姿が目に入った。
(ちょ、ちょっと⁉︎ どうして、こんな所に深魔がいるの⁉︎)
魔法学園の敷地内ということは、あの深魔の発生源は生徒であろうか。手当たり次第に芝生に爪痕を残し、目の前にある全てを薙ぎ払う化け物には、どうやら目的地があるらしい。真っ直ぐに魔法学園の中央棟へ、進軍を続けるが……。
「愚かなる者に、大地の怒りを示せ。我が意志を受け取り、打ち据えん……ローゼンビュート!」
身勝手な進撃は許しませんと、かの深魔を足止めしたのは、副学園長先生ご本人様。渋々といった風情だが。アケーディアは冷静に拘束魔法を展開し、最も容易く、荒らされた芝生へと深魔の漆黒の身を沈ませている。
「アケーディア先生!」
「おや、ミアレット。どうしました?」
「いや……深魔を前にして、どうしました? はないでしょうに……」
「ふむ、そうですか? 確かに、魔法学園内で深魔になる生徒は珍しいですが……だからと言って、対処法は変わりませんし。こんなちっぽけな相手に、慌てる必要はありませんよ」
「えぇぇぇ……?」
いつもの冷めに冷めた、アケーディアの冷徹な仏頂面。彼は悉く、目の前の深魔が気に入らないらしい。唸り声を上げ続ける深魔をじっとりと睨みつけ、さも興醒めだとばかりに、深々とため息をつく。
「……魔力もすっからかん、人生のお先も真っ暗。きっと自業自得の惨状を前に、深魔になってしまったんでしょうねぇ。浅はかなのもここまでくると、哀れを通り越して、ただひたすら軽蔑してしまいますね」
「魔力がすっからかん? それにお先真っ暗……? も、もしかして! この深魔は……」
「えぇ、そうですよ。この深魔はモリリン・ファラードが発生源です。どうやら彼女、例の魔法武器に魔力を絞り尽くされた後みたいでしてね。……一応は助けてやってほしいと、ナルシェラ君からも言われてしまいましたし、善処はしますけど。僕には助ける価値が見出せないので、妙に気乗りしないんですよねぇ」
深魔対応を気分が乗る・乗らないで疎かにしないでほしい。ミアレットは非常事態を前にしても平常運転のアケーディアに、脱力してしまうものの。アケーディアの腕で輝く、例の魔法道具を見た瞬間、非常に嫌な予感を募らせる。このパターンで行くと……。
「ミアレットは風属性でしたね。さっさと片付けたいですし、ウィンドトーキングが使えるに越したことありません。一緒に来なさい」
「えぇ……でも、モリリンさんにとって、私は親しい相手でもないですし……むしろ、敵対心剥き出しじゃないですか? 却って調伏の難易度、上がりません?」
把握できていない状況が多すぎる事もあり、ミアレットは心迷宮攻略のメソッドに沿って、丁重にお断りを入れてみる。モリリンにしてみれば、自分は確実に「面白くない相手」であろう。ともなれば、心迷宮の難易度をイタズラに上げてしまうことも、分かりそうなものだが……。
「あぁ、そこに関してはご心配なく。別に、僕はモリリンを助けたいと思っていません。一応、表向きの善処した証跡が欲しいだけですから。沈静化に失敗したらば、退治してしまえばいいだけの話です」
「うわぁ……」
いくらなんでも、それはあんまりでは? およそ教師のものとは思えない発言に、ミアレットの背筋に冷たいものが走る。
「という事で……はい、こちらをどうぞ。期待していますよ、ミアレット」
「は、はひ……!」
しかも、ここぞとばかりに例のデビルスマイルを引っ張り出しおったぞ、この副学園長先生。満面の笑みのつもりなのか、アケーディアは不気味な笑顔を貼り付けながら、ミアレットにメモリーリアライズのコピー版を差し出してくる。……無論、お断りできる雰囲気は微塵もない。
「なお、僕は全てにおいて計画通りに進まないことを、何よりも嫌います。……午後の部には、何がなんでも間に合わせますよ」
「いや、1時間で心迷宮攻略は無謀じゃ……?」
タイムリミットも、気になるところではあるが。アケーディアの攻略方針がモリリンを切り捨てる方向に向いているのが、何よりも気がかりだ。そうして、ミアレットは半ば強引に巻き込まれながらも、妙な使命感に駆られてしまう。
(私が頑張らないと、モリリンさんが助からないかもしれない……。副学園長先生のやる気も補正しないと、ダメっぽいなぁ……)




