8−13 副学園長先生は要注意人物
「ほぉ……これはこれは、いいものを捕まえてきましたね? ナルシェラ君」
「えぇと、そういう事になるのでしょうか……?」
ロッタを逃してしまい、仕方なしにコトの顛末を報告しようと、ナルシェラは闘技場の管理室を訪ねたが。「残念な結果」にも関わらず、アケーディアはガラの手にぶら下がっている白蛇を見るなり、ニヤリと顔を歪ませる。
「ふふ……いずれにしても、ご苦労様でした。そいつを確保できただけでも、十分です」
「そうなんすか? 俺はてっきり、杖が第一目標だと思っていたんすけど」
頭をガッチリと掴み、ガラがプラプラとバルドルを振って見せる。一方のバルドルは口も逃走手段も塞がれ、萎れたように脱力しており……そんなバルドルをガラから預かり、喉元と尻尾を無遠慮に伸ばすアケーディア。しかして、見下ろし様に危険な趣味も露呈してくるのだから、意地も悪い。
「とりあえず、こいつの身柄は僕の方で預かりますよ。それで……尋問の後は、解剖するとしましょうか」
「ヒュッ⁉︎」
「いやぁ、ルエルが拒否するものですから。キュラータを解剖する機会、逃してまして。代わりと言ってはなんですが、これを捌くのも一興でしょう。……それに、こいつとは僕も浅からぬ因縁もありますし」
……やっぱり、副学園長先生は要注意人物だった。蛇を嬉々として解剖しようとしているのも、大概ではあるが。ルエルが止めていなかったらば、キュラータは実験台になる運命だったらしい。バルドルとの因縁も気になるところではあるが、ナルシェラとガラにしてみれば、身近に潜むマッドサイエンティストの存在に神経が縮む思いだ。
「でも、ロッタの方は逃しちゃいましたよ? しかも、杖も一緒に……」
いくらバルドルを捕獲したと言えども。ケーリュケイオンは確保できなかったし、モリリンの魔力は既に絞り尽くされた後。何もかもが「後の祭り」にしか思えない状況に、ガラが申し訳なさそうに呟く。しかし、アケーディアの着眼点は全くもって別のところにあるらしい。ミアレットの善戦を見つめながら、ナルシェラとガラには穏やかに席に座るように促す。
「問題ありません。何せ、ロッタは天使の全幅契約持ちです。祝詞を捨てない限り、こちら側の手中からは逃げられません。そうでしょう? ラディエル」
「……その通りです、アケーディア様。ママ……あっ、いえ。ルシエル様からも、ロッタさんのレベルでは強制解除はできないだろうって言われました」
「左様でしたか。キュラータの代役に未熟なアドラメレクを配した事が、逆に功を奏したようですね」
さりげなく、隣にちょこんと腰掛けている少女に話しかけ、その返事に満足そうに頷くアケーディア。どうやら……ラディエルと呼ばれたこの少女が、ロッタの契約主の天使らしい。
「本当は、ルエルさんが契約できれば良かったんだろうけど。ルエルさんはカテドナさんとキュラータさんの契約で、一杯一杯みたいで。それで、ルシエル様のご命令で私が契約主になったの。……ロッタさんはアドラメレクですけど、魔力レベルは一定に満たなくて。私の契約でも破れないって事みたい」
「ふぅむ……それはそれで、由々しき話ではありますね。サタンはともかく、ヤーティが気を揉みそうです」
「そうみたい。あっ、王子様達にも説明するとね。サタン様やヤーティ様は、ロッタさんの上司に当たる悪魔さん……って言えば、分かりやすいかな。それで、ヤーティ様によると、ロッタさんは実力はあっても、魔力が低かったらしくて。カテドナさんみたいに、盾を授けられるレベルになかったみたいなの」
普通、悪魔は種類によって魔力も保証されるはず……と、ラディエルは訝しげに首を傾げるが。ロッタはアドラメレク・メイドとしては、執事服も含めて異色の存在であったらしい。実力こそあれど、アドラメレクとしての魔力水準は低かったようで……一人前の証でもある「アドラメレクの鉄壁」の所有は許されていないそうな。
「アドラメレクさん達は、基本的に魔力レベルも高い精霊さんになるんだけど……ロッタさんは、中級精霊レベルの魔力量しかないみたいで。実戦経験は豊富だけど、アドラメレクとしては微妙だったんだって」
カテドナもロッタについては、「あの未熟者」とちょっぴり罵ってはいたが。どうやらただの悪口ではなく、実情を鑑みての発言でもあったらしい。
「アドラメレクでありながら、一定水準に達せずに闇堕ちしたのには、本人の資質以外の理由もありそうですが……まぁ、それはいいとして。いずれにしても、ロッタの契約はラディエルの掌上にあります。あいにくと、グラディウスの領域は天使達の観測外ですが。こちらに出てきた時点で、捕らえるのは容易い。何より……」
「うん、分かっています。強制契約で魔力を絞ることもできるわ。……あまり、やりたくないけどね」
憂げに大きな青い瞳を伏せては、ため息を吐くラディエル。幼すぎる外観の割には、ラディエルは非常に冷静な天使らしい。ナルシェラにしてみれば、ルエルや他の「お姉様方」の浮かれ具合を見慣れている手前、彼女の落ち着きっぷりが却って新鮮に映る。
「ラディエルちゃんは大人なんだね。……少し、安心してしまった」
「あ……なんだか、ごめんなさい。王子様が言いたいこと、よく分かります。……今日だって、みんなはしゃいでたし……。ルシエル様も神界の風紀が乱れるって、頭を抱えてたわ……」
「そうなんだ。天使は天使で、苦労しているんだね……」
「それなりにね。特に、ルシエル様はとっても偉い天使だから。……気苦労と責任も大きいみたい」
アハハ……と、力なく笑ってみせるラディエルであったが。そのルシエルを「ママ」と言いかけていたし、それなりに心配してもいるのだろう。「みんな、落ち着きがなくて困っちゃう」と肩を竦めては、ちょっぴり切ない表情を見せている。
「それはそうと、副学園長先生。モリリン嬢ですが……」
「あぁ、先程の話ですと……魔力は絞り尽くされているということでしたね」
「そのようです。それについて、どうにかできないでしょうか?」
「……それ、助ける意味、あります?」
「えっ?」
「モリリンの魔力がなくなったことは、どうでもいい事です。自らの実力を見誤っていた以上、ハナから救う価値もありません。……出来の悪い生徒が1人減った程度、痛くも痒くもありませんよ」
確かに、モリリンは自分の実力を過信してもいたのだろう。その指摘は間違いではないのかもしれない。しかし、自身の「魔力の芽吹き」を手伝ってくれている副学園長その人の口から出たとは思えない冷たさに、ナルシェラは目を丸くしてしまう。
「で、ですけど、魔力を失ったのはモリリン嬢のせいだけでは……」
「いいえ? 彼女が魔力を失ったのは、彼女自身のせいですよ。自業自得です。第一、僕がどうしてこんなおふざけにも近い企画を通したと思っているのです。……それもこれも、彼女達に思い知ってもらうためなんですよ」
魔法武闘会の開催に、あんなにも乗り気に見えたのに。手持ち無沙汰なのか、バルドルの体を面白半分に伸ばしたり縮めたりしながら、アケーディアが渋々と語ることには。どうやら、彼には彼なりの「魔法学園の風紀を正す」目論見があったらしい。
【補足】
・精霊の「魔力レベル」と契約について
祝詞を準拠に天使が精霊と契約できることは既出の通りであるが、精霊には「神界基準による魔力レベル」によって、下級・中級・上級の目安が設けられている。
悪魔の階級にも多少はリンクするが、判断基準が完全一致ではないため、全てを同じ基準で考える事はできない。
「神界基準による魔力レベル」は「精霊の種類ごと」の魔力量をおおよそ算出しているが、別途、個々の魔法習得数や習熟度等も算出対象として加味・集約しており、基本的には同一種族の精霊は一律、同じ魔力レベルにカテゴライズされている。
しかしながら、これは個体差を無視した「中央値」による計測のため、精霊個人の明確な実力の判断基準としては適さない事がある。
・上級精霊
神界基準の魔力レベルにおいて、大凡レベル8〜15程度。
固有魔法を持ち得ているパターンもあり、1体だけでも戦局を大きく覆す程の実力を持ち得る。
本来はレベル10までの計測値で収まる想定であったが、魔法能力が突出した精霊が観測されてからは、神界側での体制見直しに伴い、魔力レベルの基準が拡充された経緯がある。
しかしながら、レベル11以上の精霊はそう多くはなく、竜神・バハムートや、各真祖の悪魔等、特殊な個体に限られる。
上級精霊クラスになると、全幅契約であっても精霊側の意思で契約を破棄する事ができ、天使の呼び出し要請を拒否することも可能。
・中級精霊
神界基準の魔力レベルにおいて、大凡レベル4〜7程度。
一般的な精霊のレベルとされており、上級精霊と同様に、理性の姿と本性の姿の使い分けが可能とされる層である。
ただし、天使との契約を一方的に破棄する権限を持たず、全幅契約を結んでいた場合はどんな状況でも彼女達の呼び出し要請に応じなければならない。
そのためか、意外と全幅契約へのハードルが高い相手だったりする。
・下級精霊
神界基準の魔力レベルにおいて、大凡レベル1〜3程度。
理性の姿を持たず、人間に近い姿に化ける事ができない。
傑出した能力はないとされるが、それでも人間の魔術師よりは広範囲の魔法を使える者も多く、侮れない存在である。
なお、竜族では下級精霊クラスは観測されておらず、全員が中級精霊以上の階級の属している。




