8−12 負けてあげるつもりはないですけど?
終始、思い通りにならないミアレットを睨みつけ、クラリッサがゆらりと立ち上がる。何故か心配された挙句に、見せつけられるように回復魔法まで使われたとなったらば。鼻血は止まっても、屈辱は止まらない。
「この……! 平民如きが、私に土を付けるなんて……!」
「確かに転ばせたのは、悪かったですけど……。次からは、その武器でも受け身を取れるように、訓練したほうがいいかもです」
しかも、相手は平民で下級生のくせに、アドバイスまでしてくる余裕を見せている。これ以上の屈辱、そうそうあるまいと……クラリッサの瞳に迸るは、闘志というよりは狂気。土まみれになった顔をグニャリと歪めては、クラリッサは怒号混じりに突進を仕掛けた。
「うるさい……うるさい、うるさい! とにかく、あなたは私に負ければいいのよッ!」
「えぇ? 負けてあげるつもりはないですけど?」
しかして、対するミアレットは至極冷静である。上級生の理不尽に焦ることもなく、淡々とウィンドチェインを展開し、クラリッサの両腕を拘束する。足止めにしかならない魔法ではあるが、彼女の勢いを緩めるには十分だろう。
「うぐぐ……こんな、鎖、すぐに……」
「あっ、そこで力を入れると、また顔面からコケるかもです」
「くぅぅぅ……! 何を偉そうに……! 平民のクセに!」
「そういう事を言うから、ますます格好悪いんじゃないですかぁ……」
ミアレットの指摘に、キッと睨みつけてくるクラリッサだったが。確かにこのまま進めば、またもや顔面着地するのも目に見えている。きっと、「そのくらいの事」を予想できる臆病さはあるのだろう。激しい口調とは裏腹に、クラリッサの突進がピタリと止まった。
「と、いう事で……えいやっ! とにかく、これで大人しくしてくださいッ!」
しめしめ、計算通り。最低限の理屈は通じないが、最低限の言葉は通じるクラリッサを丸め込み。彼女の動きが止まったのを、見計らってミアレットはすかさず、クラリッサ目がけてコズミックワンドを……ではなく、ウィンドブルームの穂先を振り下ろした。
「ほにゃっ⁉︎」
ウィンドブルームの「穂先」で相手を殴った場合、一定確率で「ステータス異常:魅了」にすることができる。追加効果の発生率は100%ではないものの、何度も叩けばその内に効果を発揮するであろうし……武器の殴り合いはご遠慮したいミアレットにとって、ウィンドブルームの追加効果を使わない手はない。そんな箒で、パシパシと何度かクラリッサの頬を撫でてみると……次第に彼女の顔がトロンと穏やかになった。
「えっと、クラリッサさん?」
「あ、あぁ……! こ、これは失礼致しましたわ、ミアレット様!」
(よっし、引っ掛かった……!)
途端に態度を軟化させたクラリッサに、ミアレットは思わず内心でガッツポーズをする。そして、まんまと魅了に引っかかったクラリッサにお願いすることと言えば……。
「私、暴力は嫌いなんです〜。だから、ね? クラリッサさん! ここは1つ、穏便に降参してくれません?」
「もちろん、よろしくてよ! これまでの無礼もありますし、ミアレット様のためなら降参でも、退学でも、何でも致しますわ!」
「いや、退学まではいいです……」
しかし、いざステータス異常を引き起こしたら引き起こしたで、大袈裟な事を言い出すクラリッサに、ミアレットは逆にたじろいでしまう。早速、審判役の天使様に「降参しまーす!」と元気よく宣言しているのは、非常に素敵だが。このまま本当に退学しやしないかと、ミアレットは別の意味で気を揉んでいた。
(アハハ……とりあえず、事なきを得たわ……。うん、同性相手にも効果がある事は分かったし、箒の追加効果に期待するのもアリね)
ただ、魅了の効果は一時的なものである。ステータス異常から脱した時、クラリッサに変な恨みを買ったりしないだろうかと、またまた別の心配事を積み重ねるミアレット。
(うーん……でも、アフターフォローを考えたら、これはこれで面倒な気がしてきた……。箒の追加効果に頼るのも、最低限にした方がいいかなぁ……)
自分から降参しただなんて、プライドの高いクラリッサがすんなり受け入れるだろうか。何故か、ウキウキと天使様に降参を申し出るついでに、ミアレットがいかに素晴らしいかを力説しているクラリッサの様子に……効き目が抜群なのも考えものだと、ミアレットは思わぬ波及効果に目眩を覚えていた。




