8−10 数値化された無惨な現実
魔法武闘会の参加者でもないロッタが、どうしてここに?
バルドルを捕まえるタイミングを見計らっていたナルシェラ達であったが、想定外の登場人物に理解が追いつかない。それもそのはず、闘技場の控室エリアは本来、参加者以外は立ち入り禁止区域なのだ。ナルシェラとガラはアケーディアの特別措置で入り込んでいるため、例外ではあるものの……あのカテドナでさえ、ミアレットのお供を却下されている。そしてそれは、モリリンの執事(という事になっている)ロッタだって、同じであろうに。
「ここで騒ぎを起こして、他の参加者に見つかっても面倒です。……バルドル様、一旦は退きましょう」
「うん、それもそうですね〜。モリリンはもう用済みですしぃ。この辺で、バイバイしましょうか〜」
「えっ……ちょっと待ちなさいよ! それ、どういう意味かしら⁉︎」
そろりそろりと、角からナルシェラとガラがチラリと覗けば。モリリンが投げ捨てたらしい杖を、ロッタが拾い上げている姿が目に入る。そして……漆黒の杖・ケーリュケイオンに巻き付いた白蛇を招き入れるように、自身の首へと誘導すると、ロッタがため息混じりでモリリンに残酷な現実を告げ始めた。
「……そのままの意味ですよ、モリリン・ファラード。あなたは我らにとって、利用価値のない用済みの存在です。自分よりも遥かに高次の存在である私に、特殊効果を使ったことで……あなたの魔力はほぼ、この杖によって吸収された後なのです」
「なん、ですって……? そんなの、嘘よ! えぇ、嘘のはず……!」
だって、さっきの試合で魔法を使ったのだもの。魔力がなくなったなんて、悪い冗談に決まっている。
だが、モリリンは杖を投げ出した瞬間から、有り余る違和感を感じてもいた。なんだか、魔力が薄い気がする……いや、違う。魔法学園内の魔力を上手く感じ取れず、魔力の巡りが鈍いような……?
「……!」
そんな事に気づいたらば、居ても立ってもいられない。モリリンは今更ながらに、大慌てで魔術師帳を取り出し、【魔法習熟度パラメータ】をすぐさま起動する。きっと、大丈夫。試合に負けて、少しだけ気分が落ち込んでいるだけ……そう、モリリンは思いたかったが。そこには、数値化された無惨な現実が表示されていた。
「う、嘘……! 私の魔力が、減っている……?」
トップページ右上の数字が激減しているのに、ワナワナと肩を震わせるモリリン。覚醒率こそ、そのままだが。総魔力量は半減どころか、ゼロに近い状態。これでは……今後は魔法を思うがままに使うことはおろか、魔法学園に籍を置くことすら、危うい。
「そんな説明、なかったじゃない! その杖を使えば、相手を従えられるって……」
「それは間違いじゃなかったでしょ? バルちゃん、嘘はついてないです。でも……便利な機能には代償がある事くらい、考えるべきでしたね〜」
ロッタの首に巻き付いたまま、嬉しそうに残酷な事を言い放つバルドル。滑らかなのは身の動きだけではなく、舌の動きもそうらしい。わざとらしいまでにあざとく首を傾げ、よく回る舌をチロチロとさせながら言葉を続ける。
「とにかく、お姉さん。行きましょうか。ケーリュケイオンさえ回収できれば、いいんで。サッサとご主人様の所に帰りましょ?」
「あら、そうでしたの? モリリンは回収しなくてよろしいのですか?」
「うん、構いません〜。魔力さえ収穫できれば、大丈夫です。残り滓はこっちに廃棄しちゃった方が、面倒も少ないですから〜」
ケラケラと笑いながら、モリリンを「残り滓」と称するバルドルはご機嫌な様子。上げた鎌首をユラユラと揺らしては、さも楽しそうにロッタの肩に居座っている。
(この様子だと……まだ、僕達には気づいていないようだね)
(そうっすね。だから……)
(うん、あの不愉快な蛇を捕まえるのは、今だろう。……ロッタ殿にも話をしなければならないだろうし)
しかして、あのナルシェラをして「不愉快」と言わせる程に、バルドルの浮かれ具合は不謹慎であった。そんな王子様の意外な嫌悪に、ガラは思わずクスリと僅かに笑いながら、魔獣の姿に戻る。そして……!
「ギャっ⁉︎」
バルドルが自分の尻尾を咥えようとした所で、彼の体が衝撃と同時にフワリと宙を舞う。そうされて次の瞬間にやってくるのは、グイグイと身体中を引っ張られる感覚。突然の痛みに訳も分からず、床に押さえつけられたバルドルが恐る恐る、視線だけで相手を見やれば。……そこには獰猛な牙と爪を剥き出しにした、かつての同僚の姿があった。どうやら、先程の激痛は彼の爪による一撃だったらしい。
「体さえ伸ばしちまえば、逃げられないっすよね? バルドル」
「お、お前は……ガラ……! この、裏切り……フガッ⁉︎」
「おっと! それ以上のお喋りはノーサンキューっすよ。お前のお喋りは不愉快だって、王子様も言ってましたし。とりま、このまま伸されてて下さいっす」
バルドルの愉快なお喋りを、ガラの肉球と爪が強か阻む。更にグイグイと力を込めて、床の上に真一文字に伸ばされれば……バルドルはキューキューと情けなく、鼻息を漏らすことしかできない。
「……あなたは、ナルシェラ様の方でしたか?」
「うん、そうだね。少し前までは、弟がお世話になっていたようだが……ロッタ殿は、そちらのモリリン嬢に鞍替えしたのだったか。だったらばきちんとお守りするのが、筋ではないのかな?」
「馬鹿馬鹿しい。私がどうして、人間なんぞに従わなければならないのです。……私は上級悪魔なのですよ? あなた達に従ってやる義理はありませんわ」
バルドルが取り押さえられているというのに、この余裕と不遜である。本人の意思とは関係なく、取り込まれていたものとばかり思っていたが……ロッタの態度からするに、どうも違うらしい。
「そう、か。モリリン嬢にしてしまった事は、さておき……カテドナ殿とキュラータ殿も、ロッタ殿を非常に心配していたよ。色々と誤解もあったようだし、きちんと話せば……」
「いいえ、その必要はありません。私は全てを思い出し、自分の意思でこちら側におります。……もう、うんざりですの。従う価値のない主人を充てがわれ、使用人ゴッコをするのも。アドラメレクでいる限り、下らない規律と矜持を押し付けられるのですから、堪ったものではありません」
折角のお誘いもピシャリと拒絶して。ロッタが足元のバルドルと、手元のケーリュケイオンとを見やりながら、意味ありげな微笑を漏らす。その微笑みに……ロッタはこちらに帰ってくる気は無いのだと、ナルシェラは理解すると同時に、交渉相手が変更されたこともしっかりと認識していた。
「……そう、か。それは残念だ。だけど、その杖は渡してもらわなければ、いけなくてね。……グラディウスから持ち出された危険な魔法道具だと、報告が上がっている。すまないが、そちらは引き渡してもらえないだろうか」
「あら、そうでしたの。だとすると、その情報源は……あの裏切り者の愚弟かしら? まぁ、そんな事はどうでもいいでしょう。私は、杖だけは絶対に回収してこいと命ぜられておりまして。……他は切り捨てても構わないと、言われております」
ですから、さようなら。愚か者の皆様。
ガラの足元でもがくバルドルも、床にへたり込むモリリンも……周囲を愚か者と称し、ロッタがニタリと笑う。そうして、全てを見捨てたロッタは新しく刻まれた魔法回路をしっかりと駆使して……杖と共に、「向こう側の世界」へと帰還していった。




