1−31 心迷宮の波及効果
セドリックの足元で仄暗く輝いていた、魔法陣が消えたのを見計らって……すぐさま、準備していた魔法を発動するセバスチャン。見た目は頼りなさげでも、セバスチャンはしっかりと仕事はこなすタイプらしい。
「清廉の流れを従え、我が手に集え。その身を封じん、アクアバインド!」
そんなセバスチャンを前に、ミアレットが「どんな魔法だろう」と興味津々で、その発動を待っていると。彼が滑らかに展開したのは、水属性の拘束魔法だった。
(これがアクアバインドかぁ。それにしても……へぇ〜。アクアバインドって、錬成度で硬さを変えられるのね……)
アクアバインドは水属性の初級魔法ではあるが、風属性のウィンドチェインとは異なり、対象そのものを「縛り上げる」ことに特化している拘束魔法だった気がする。ミアレットはそんな事を思い出しながら……「あれ?」と、首を傾げた。
(そう言えば……どうして私、セバスチャンさんのアクアバインドが「硬い」って、分かったのかしら? ……絶対に使えないはずの魔法なのに……)
セバスチャンが発動したのは、シングルキャストのごくごく普通の魔法なはず。それなのに、ミアレットは発動された瞬間に、彼の魔法が「しっかりと錬成度を工夫された」ものだと理解できていた。
(もしかして……これが、心迷宮のイメージソースの効果⁇ でも……う〜ん。あんまり、実感がないかもぉ……)
心迷宮の波及効果については、後でマモンに聞いてみようと考えるミアレット。マモンからは「早退の埋め合わせ」も提案されていたし……具体的なことは、その時に確認するのが得策だろう。
一方で、セドリックも自分にかけられた「アクアバインド」がどんな魔法か知ってもいる様子。大して抵抗することもなく、今度は水の縄でグルグルと簀巻きにされて……惨めにも、ゴロンと芝生に転がされている。口元はギリギリと悔しそうに歯を食いしばっているが、言葉を吐き出す余裕はないらしい。どことなく、苦い顔に疲労感を滲ませていた。
「マモン様と……ミアレットさん、でしたね。この度は深魔の沈静化任務、お疲れ様でした。その上で、重要参考人のお引き渡しへのご協力、感謝いたします。後は私達の方で調査を引き継ぎ、別途結果はご報告いたします」
「あいよ。別にそんなに堅っ苦しく、謝辞を述べなくていいって……。リヴィエルは相変わらず、真面目だなぁ。いつもいつも、そんなに気ぃ遣ってたら、疲れるぞ?」
「一応、任務中はハメを外さないことにしています。……うふふ。でも、ご心配なく。プライベートは思いっきり、主人と楽しんでおりますので」
「そうか、そうか。そいつはお熱いこって、何よりだな。セバスチャンもしっかり、嫁さんを癒してやれよ〜」
「はっ、はい、ボス! ……えぇと、そこはちゃんと善処します……」
ようやくリッテルを下ろしながらも……非常に冷めた口調と渋面で、ヒューヒューとリヴィエルとセバスチャンを囃すマモン。しかしながら、今の今まで彼女を抱き上げていた彼を前に、ミアレットは「それ、お前が言う?」と不遜にも思ってしまった。……いずれにしても、各人共にお熱いのは何よりである。
「……お兄、様……?」
いよいよ身柄引き渡し……と、セドリックを軽々と担ぐセバスチャンと、彼を見上げて頷くリヴィエル。そうして、荷物よろしく運び出されようとしているセドリックに、困惑がちに声をかけたのは……意識を無事に吹き返したエルシャだった。
「あっ、エルシャ。……気分はどう? 痛いところとか、ない?」
「うん、大丈夫よ。そうそう……なんとなくだけど、ミアレットが私のために頑張ってくれたことは、ぼんやり覚えているの。……ミアレット、ありがとう」
「いや、それほどでも……。と言うか、私よりもマモン先生のおかげだと思うわ。私、戦闘面では何もできなかったし……」
「そうなの?」
しかしながら、マモンはマモンで首を振りつつ……「そんなことはないぞ」とニコリと微笑む。……あんなにも深く刻まれていた眉間のシワは、見る影もない。
「それはそうと……これ、どういう状況? お兄様、どうなっちゃうの?」
「あっ。えっと、ね……」
深魔になる前の記憶がエルシャにどこまで残っているのかは、ミアレットには分からない。しかしながら、意外と「深魔になっていた最中」の感覚は残っているのか……ミアレットへのお礼がすんなりと出てくる時点で、エルシャは自分が置かれていた状況はある程度、把握している様子。しばらく、セドリックを訝しげに見つめた後……少しばかり大人びた調子で、兄を詰る。
「……そっか。やっぱり、お兄様は私の事が嫌いだったのね。なんとなく、知っていたけど……助けようともしてくれないなんて」
「……」
「別にいいわよ、もう。……最初はどうして私の味方をしてくれないんだろう、って思っていたけど。今回の事で、なんとなく分かった気がする。多分なんだけど……お兄様は血は繋がっていても、家族じゃなかったのかもしれない、って。なんとなく、分かっちゃった」
「エルシャ……?」
これがあの「ちょっとおバカな」エルシャだろうか? ミアレットは彼女が急激に大人になったようで、どことなくうら寒い。だが、すぐさまエルシャの「心変わり」に心当たりがある事を思い出す。そう言えば……。
(最後の中庭で、エルシャの記憶に触れたけど……。エルシャはエルシャで、セドリックにバカにされることで、敢えて甘える理由を作っていた部分があった気がするわ……)
エルシャが垣間見せた、記憶の一片。その中では確かに、彼女の両親は掛け値なしでエルシャを愛していた。そして、エルシャが愛されれば愛される程……セドリックは家族の中で浮いていったようにも見えたのだ。それをエルシャは「いつも偉そうで、気に入らない」と感じてもいたようだが。反面、セドリックが周囲に冷たい態度を貫けば、貫く程。セドリックが優秀さを誇示すれば、する程。……エルシャは期待されなくてもよかったし、期待に応える必要もない。ただただ可愛い「おバカで素直な娘」であればよかったのだし、それがエルシャにとっては、楽でもあったろう。
そして、ミアレットには……その様子が、敢えて賢くなりそびれていたようにも、映っていた。
「ねぇ、エルシャ」
「うん、なぁに、ミアレット」
記憶を垣間見たからこそ、秘密を共有してしまったからこそ。ミアレットはエルシャに問いかける。これから先、セドリックと「どう関わっていきたいのか」を。
それは過ぎたお節介かもしれないし、ただの自己満足かもしれない。それでも……セドリックの余生が「塀の中」だと決まってしまった、今。ミアレットは……エルシャに、敢えて問いかけずにはいられなかった。
「……エルシャは、どうしたい? お兄さんと仲直りしたい? それとも……お兄さんに文句を言いたいのかな?」
「う〜ん……よく、分からない。ただ……なんとなく、このままお別れなのは嫌だなぁ、っては思うの。……バカにされたままじゃ、悔しいじゃない。折角、これからミアレットと一緒に頑張るって、決めたのに。……この感じだと、きっとお兄様は“悪い奴”になったのよね? だから、連れて行かれちゃんだよね?」
そこまで言い切って、ため息をつくエルシャ。そうして……思いもよらぬ決意を語る。
「いつか、お兄様を見返してやるって、ミアレットとも約束したんだもの。だから……私、お兄様を迎えに行けるように、頑張るわ」
「なん……だって? お前、何を言っているんだ? だって、僕は……」
「……知ってる。なんとなく、分かってる。だから、このままじゃ悔しいって言ってるの。……いつか、逆に見返してやるんだから。いつか、仕返ししてやるんだから。だから……」
ポロポロと涙を流し、肩を震わせながら。それでも、涙を拭うとキッと睨みつけるように、セドリックを見上げるエルシャ。
「……ちょっとだけ、さようなら。でも、きっときっと、迎えに行くんだから。だから……それまで、死んじゃわないでよね」
【魔法説明】
・アクアバインド(水属性/初級・拘束魔法)
「清廉の流れを従え 我が手に集え その身を封じん アクアバインド」
水を圧縮して作り上げた「水流の縄」で、相手の自由を封じる拘束魔法。
生成された縄は弾力性もあるため、対象者を傷つけることなく捕縛でき、アクアバインドを発動したままでの移動も可能。
水属性の魔法のため、アクアバインドで拘束した相手には風属性の魔法の通りが良くなる側面がある一方で、その場でアクアバインド自体が解除されてしまうことも。
もし、風属性魔法での強制解除を拒む場合は、魔法構築中に縄を形作る「水質」を「純水」に変化させる等の工夫が必要である。
初級魔法ではあるが、構成要素の「水」に対するアレンジがしやすい魔法でもあるため、効果や効力は多岐に渡る。




