8−9 プライドもズタズタなら、メンタルもボロボロ
「あー、負けたみたいっすね、モリリン」
「そのようだね……。キュラータ殿の前情報からしても、魔法戦は厳しいと思っていたが……」
ナルシェラはガラと一緒に、「とある場所」で彼女達の試合を見つめていたが。意外と激しい戦闘の様子に、ハラハラしっ放しだ。参加者は魔術師(しかも、生徒である)なのだから、攻撃魔法の撃ち合いだけで済むと思いきや。武器のぶつかり合いも苛烈で、闘技場はさながら激戦地の様相を呈している。
「魔術師の戦いとは、熾烈なのだね。ミアレットは怪我をしたりしないだろうか……。それに、モリリン嬢も相当に痛かったろう。いくら回復してもらえると言っても、辛い事には変わらないだろうに……」
鉄球で殴打されたとなったらば、ただただ痛いだけでは済まない。彼女の痛みを想像し、ナルシェラはモリリンの必死さに貴族ならではの生きづらさを見出しては、ついつい嘆息してしまう。
「でも、よかったっすね。ここで敗退となれば、モリリンは大人しくなるっす」
「それはそうかも知れないが……僕達が元凶みたいで、心苦しいな。没落する家があるのは、僕達王族の怠慢の結果でもあるだろうし。何か手を打ってやれればいいのだが……」
「ナルシェラ様は相変わらず、優しすぎるっすね。も〜……どうして、相手の事ばかり考えちゃうんすかねぇ」
この調子だと、モリリンのアプローチを受けてしまう……まではいかないにしても、結構な救済措置を王子様権限でやらかしそうだなと、それなりにナルシェラを理解しているガラは呆れてしまう。大体、ナルシェラは何かにつけお人好し過ぎるのだ。こんな調子では、またアッサリ騙されて「悪い奴」に攫われなかねないではないか。
「勝手にアプローチしてきて、勝手に盛り上がっている奴らに申し訳なく思う必要なんて、ないんすよ。モリリンのあれは、自業自得っす。あいつの家が潰れかかってるのは、ナルシェラ様のせいじゃないですって」
「どうだろうな。復興期に貴族制度を整理しなかったのは、王族側の手落ちではないかな……」
「いや……それ、ナルシェラ様が生まれる前の話じゃないっすか……。いいっすか、モリリンの没落はナルシェラ様のせいじゃない! それで、一旦は納得してくださいっすよ」
「あぁ、そうだね……」
だが、ここまでに惨憺たる有様になるなんて。ナルシェラは予想もしていないし、望んでもいない。プライドもズタズタなら、メンタルもボロボロ。しかも、お家再興の道も閉ざされたとなれば……モリリンの絶望は非常に深いと考えるべきだろう。
(あまり思い詰めなていないといいのだが……。これで深魔になりでもしたら、人としても生きていけなくなってしまうかも知れない)
魔法学園に身を置いている以上、ナルシェラだって深魔がどんなものか位は理解している。強い負の感情が顕現化した魔物と説明されるそれは、周囲に甚大な被害をもたらすだけではなく、深魔の大元となった対象者の精神をも蝕むことがあるばかりか……取り返しのつかないレベルにまで深化してしまうと、討伐対象として駆逐されてしまう。
いくら嫌いな相手とは言え、駆逐されてしまうとなったらば。……寝覚めも後味も最悪だ。
「とにかく……まずはモリリン嬢の説得をしない事には、進まない。そろそろ、こちらに戻ってくる頃合いだろうか」
「ですね。そんじゃ行きましょうか、ナルシェラ様。あっ、心配しなくても大丈夫っすよ。ナルシェラ様は俺がちゃーんと、守りますから」
「うん、頼りにしているよ。ガラ君」
「うぃっす!」
アケーディアに話を通しておいたのが、功を奏したらしい。「そういう事なら、仕方ないですね」と彼がナルシェラに「待機場所」として用意してくれたのは、参加者のみが利用可能な闘技場の控室だった。アケーディアはモリリンを泳がせるつもりでいたようだが、キュラータ経由の報告に多少の危険を感じたのだろう。
「モリリン・ファラードがいなくなるのは、一向に構わないんですけどねぇ。魔力因子を奪う魔法道具ともなれば、少し警戒せねばなりませんか。いいですよ、やりたいようにやってみて下さい」
なんて、微妙に非情なことを言いつつ。ナルシェラに説得のチャンスも用意してくれるのだから、なんだかんだでアケーディアは話だけは通じる相手である。
「おや? 何か、揉め事だろうか?」
「みたいっすね……。しかし……ちょっと、雲行きが怪しいっす」
「えっ?」
廊下の先から、誰かが一方的に相手を詰っている声が聞こえてくる。ナルシェラには詰っている方の大声……多分、モリリンの声だろう……しか聞こえないが。中身が魔獣でもあるガラには、詰られている側の声も聞こえるらしい。角の所で「ちょっと待って」と待機を提案してくる。
「どういう事なのよ⁉︎ この杖さえあれば、優勝は間違いなしって言ってたじゃない!」
「えぇ〜? バルちゃん、そこまでは言ってないですよ? それにしても、酷いなぁ。あんなに気にってくれてたのに……投げること、ないじゃないですかぁ」
ポソポソとか細く聞こえてくるのは、妙に間延びした少年らしい声。ナルシェラは漠然と「こんな所に、子供がいるなんて」と思ったが……隣で状況を窺っているガラは、いつになく険しい表情をしている。
(ガラ君……?)
(こいつはかなり厄介な相手が入り込んでたっすね……。あの声は間違いないっす。……グラディウスの白竜・バルドルっす)
(バルドル……?)
ガラが知る限り、バルドルはグラディウス陣営において最も古株で、とにかく「食えない相手」である。ベースが機神族である彼は、精霊としての祝詞を放棄しているため、柔軟かつ自由に人間界を探索できるとかで……神様が何かにつけ重用していた存在だったかと思う。
(それで、どうするんだい? ガラ君)
(……どうしましょうかねぇ。互いに、顔見知りなもんすから。俺が出て行けば、無駄に警戒されるかも知れないっす)
正直なところ、バルドルごとモリリンを降すのは容易い。バルドルはグラディウス内でも古株と言えど、戦闘能力に乏しい。人間界でコソコソ暗躍こそすれ、自身が表立って戦闘に身を置くことはない。故に、ガラ1人でも勝利だけはできるに違いない。
だが、バルドルは普段から蛇の姿で活動しており、とにかく尻尾を巻いての逃亡に長けているのだ。わずかな隙間から巧みに空間だけではなく、人の心の隙間にさえも入り込み、ニョロニョロと掴みどころのない存在感で全てから逃げ果せる。これ程までに諜報に向いているものもないだろう。
(仕方ないっすね。王子様……俺と一緒に、奇襲を仕掛ける気はあります?)
(えっ?)
(この姿じゃ無理っすけど……あっちに戻れば、かなり素早く動けますので。俺がバルドルを捕まえますから、モリリンを頼むっす)
(……うん、承知した。僕はガラ君を信じるよ)
相手に気づかれるまでが、勝負。そうして互いに頷き合い、機会を待つナルシェラとガラ。しかし、彼らが状況を窺っていると……更に、想定外の相手が割り込んでくるではないか。
「……お待たせしました、バルドル様」
「あっ、おねーさーん! もぅ助けて下さいよぅ……! モリリン様がバルちゃんをいじめるですぅ……!」
さっきまで、気配すらなかったのに。突如として、凛と響いた声色は……紛れもなく、あのロッタのものだった。




