8−3 いかにも邪悪
「……左様でしたか。そうともなれば、私めも注意しておかねばなりませんね」
ミアレットとカテドナから、「ロッタについて分かっている範囲の事」を聞かされたキュラータであったが。彼はいつもながらに、冷静に状況を落とし込んだ様子。一切取り乱すこともなく、心配そうな顔をしているディアメロにも、「大丈夫ですよ」と微笑む余裕まで見せている。しかし……。
(キュラータさん、これは絶対に無理してるわぁ……)
ミアレットには分かる。これは紛れもなく、悲しみのスパイスで芳しく醸成された、渋ダンディの憂い顔である。ミアレットにしてみれば、キュラータのアンニュイな表情は眼福以外の何物でもないが。当然ながら、着眼点がズレているのは自覚しているし、彼の寂しい笑顔には心が痛む。
「でも、モリリンはどうやってロッタ殿を籠絡したのやら。いくら、不満があったとて……何も、モリリンなんぞに傅かなくともいいだろうに」
ミアレットがこっそり渋ダンディを観察している横から、ディアメロが不可解とばかりに鼻を鳴らす。口ぶりからして、彼はモリリンが嫌いなようだが……それを抜きにしても、ディアメロの疑問は自然なことでもあって。プライドも高かったはずのロッタが、落ち目の貴族に従うのはあまりに不自然だ。
「……多分、あの杖のせいっすね。あれがどんな物かは、俺も分からないですけど。グラディウスから持ち出されているっぽい以上、変な効果があってもおかしくないっすよ」
「あぁ、少し前に話が出ていましたね。ガラの見立てでは、グラディウス由来の物だろうとのことでしたが……その杖、どのような特徴でしたか?」
「えっと、頭に赤い宝石がついてて、黒くて……なんか、いかにも邪悪〜って感じの杖だったっす!」
「……」
気を取り直すついでに、キュラータが杖の特徴を問えば。ガラは一生懸命さだけしか伝わらない、拙い説明を繰り広げている。いかにも邪悪と言われたところで、彼が絞り出したディテールに該当する武器はごまんと存在するだろう。
「あっ、こんな杖でしたよ、キュラータさん」
ガラの悪戦苦闘を見届けつつ。ミアレットは魔術師帳から【画像記録】のアプリケーションを起動し、「保存済みアイテム」からこっそりと盗撮した画像を示す。その画像は……つい先ほど、モリリンが意気揚々と中庭を闊歩していた様子を撮影した物だった。
「いつの間に……ミアレット様、やりますね」
「うーん、何となく新しいアプリを使ってみたかったのもあって、撮っちゃいました」
天使様御用達なせいか、はたまた、任務を想定しているのか。【画像記録】での画像記録はシャッター音すら鳴らない。おそらく、本来の記録対象である魔物に気づかれないための配慮であろうが……無音ともなれば、盗撮に打って付けである。一応、アプリケーションの取扱説明書には「記録された画像は、魔法学園側で監視しています」と記載されていたので、全てにおいてフリーダムではないようだが。少なくとも、ミレットが記録した画像は犯罪性は非常に薄いし、情報共有に使う分には問題ないだろう。
「これは、まさか……!」
「ほぇ? えっと、キュラータさん……この杖に、見覚えがあるのです?」
だが、ミアレットが気軽に記録した画像は、キュラータに大いなるインパクトをもたらしたらしい。衝撃的な事件に出くわしたかのような、驚愕の表情を浮かべている。
「どうした、キュラータ。……大丈夫か?」
「え、えぇ。私め自身は大丈夫ですが……。まさか、これが持ち出されているなんて……思いもしませんでした」
「それはどういう意味かな、キュラータ殿。そんなにも危険な物なのだろうか、この杖は」
ミアレットの魔術師帳を全員で覗き込むようにしながら……キュラータの言葉を待つ、ナルシェラとディアメロ。一方でキュラータは珍しく、困惑気味の表情を繕う余裕もないらしい。眉間に深い皺を刻みながら、ため息と一緒にやるせなさげに言葉を吐き出す。
「……この杖はケーリュケイオンと申しまして。武器自体の攻撃性能は大したことはありませんが、仮契約と呼ばれる危険な特殊効果を兼ね備えています。その効果によって……相手の心的疲労に付け込み、一方的な服従を強いることができるのです」
「なるほど。だとすれば、ロッタの状況にも筋が通りますね。ロッタが何に心的疲労を感じていたのかは、定かではありませんが。彼女が素直にモリリンに追従するとは思えませんし」
「そうでしょうね。姉上……あぁ、いえ。ロッタ殿の不自然な忠誠は、ケーリュケイオンのせいだと見て、よろしいかと」
わざわざ「姉上」を「ロッタ殿」と言い直しつつ、カテドナに同意を示すキュラータではあったが。しかし、状況は非常に良くないそうで、尚も苦渋の表情を浮かべている。
「ケーリュケイオンは無条件で相手を従えられる訳ではありませんし、精神状態が正常であるならば、仮契約の締結はまずまず失敗します。そんな中で、ロッタ殿が仮契約を押し付けられているとなると……ケーリュケイオンが特殊効果を発揮できるほどに、彼女は精神的に弱っていたのだと推察されます。彼女が何に、そんなにもショックを受けたのかが……私めは非常に気がかりです」
それはそうだろう。いくら「ロッタ殿」と他人行儀を繕ってみたとて、生前のキュラータは彼女の弟だったのだ。それでなくとも、グラディウスを裏切ってまで、探し求めていた相手でもあったのだから……心配するのは、当然の人情であろう。
「それに何より、悪魔に仮契約をしでかしている時点で、モリリンもおそらく手遅れではないかと……」
「えっ? モリリンさん、メチャクチャ元気そうでしたよ? 手遅れって、どういうことです?」
更に、意外や意外。人情を傾けるのは身内だけと見せかけて、キュラータがさも申し訳なさそうに眉根を下げる。ミアレットが見た限りでは、モリリンは良くも悪くも「いつも通り」に見えたが……どうやら、コトはそう平穏でもないらしい。
「ケーリュケイオンの仮契約効果は、本来の目的を達成するための擬似餌でしかありません。……あの杖は本来、魔力適性を集めるために作られた魔法武器なのです。仮契約の特殊効果を発動した場合、持ち主の魔力因子こそを吸収し、頭の宝玉に蓄える仕組みになっています」
「えっ⁉︎ そ、それじゃぁ……」
「えぇ。ロッタ殿相手に仮契約を成立させている時点で、モリリンの魔力因子は一定数、既に差し引かれていると見ていいでしょう。どのくらいの相手に、仮契約を振るったのかは定かではありませんが……場合によっては、杖を手放した瞬間に魔法が使えなくなる可能性も大いにあります」
モリリンの魔力因子がなくなったところで、ミアレットは困らないと言ってしまえば、それまでであるが。キュラータの語った現実は魔術師でもある以上、他人事では済まされない。




