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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−51 劇薬のような毒婦

 ヴァルヴェラ・ハルデオン。霊樹戦役直後の時代にあって、生まれながらにして高い魔力適性を持ち、将来を約束されていた公爵令嬢。そして……カルロッタからリュシアンの愛を奪い去った、因縁の相手。

 リュシアンと彼より5歳年上だったヴァルヴェラとの出会いは、ハルデオン家で開かれたお茶会だったらしい。そのお茶会にカルロッタは随行していないため、雰囲気を窺い知ることはできなかったが。それでも……お茶会から帰ってきたリュシアンが、酷く怯えていた事くらいは覚えている。


「ハルデオンのお嬢様に、かなり熱烈にアピールされてな。……坊っちゃまはタジタジだったのだよ」


 とは、父の言ではあるが。リュシアンの怯え方は尋常ではなかったし、父も何かを隠しているようにカルロッタには思えてならなかった。そして……今となっては、その違和感の正体にも思い当たるフシがある。

 お茶会に参加し、怯えきったリュシアンがベッドに身を滑らせた後。リュシアンはひどい熱にうなされ、生死の合間を彷徨うようになった。リュシアンは運悪く、流行病をもらってしまったという事だったが。……かかりつけの医者に診せても、方々に手を尽くして薬を手配しても、リュシアンの容体は一向に回復しなかった。そうして当主共々、リュシアンの存命を諦めかけた時……見計ったようにハルデオン家から、とある提案が持ちかけられる。


「どうやら、ヴァルヴェラ嬢は坊っちゃまにご執心のようだ。……坊っちゃまとの婚約を認めるのなら、鎮静剤を無償提供するとハルデオン家から申し出があったらしい」


 明らかに怪しげな提案であったが、意識を吹き返さないリュシアンを前に、もうもう後もないと考えたのだろう。ファニア公爵夫妻はヴァルヴェラとの婚約を速やかに締結し、ハルデオン家の提案に一縷の望みを賭ける事にした。そして、もたらされたのは……乳白色の真珠にも似た、美しい丸薬だった。


(あの丸薬は、やはり……普通の薬ではなかった気がします。そして、父上はきっと気付いていたのでしょう。ハルデオン家が流行り病と鎮静剤について、何かを隠していることに)


 あまりに出来すぎたタイミングと、押し通されたヴァルヴェラのワガママ。一連の流行り病騒ぎはハルデオン家の策略だったのではないかと、ロッタは今更ながらに思い返している。

 だが、実際にリュシアンが快調したともあれば、契約書を交わしてしまった以上、約束を守らないわけにもいくまい。そうして、ファニア家当主はやや渋々ながらも、大切な一人息子を積年のライバルでもあったハルデオン家の令嬢の婚約者として差し出すこととなった。

 しかし、意外や意外。あれ程までにヴァルヴェラに怯えていたリュシアンは、熱が下がった途端に彼女にも懐くようになった。掌を返す……とまでは、行かないにしても。ちょっと臆病だったリュシアンの変化に、ファニア公爵夫妻や父が安堵した一方で……カルロッタは大いに焦っていた。

 何せ、リュシアンは当時の少女が知る、唯一の王子様。彼を取られたらば、自分はお姫様になれなくなる。一生表舞台に立つことのない、裏方の使用人で終わるだなんて……カルロッタには耐えられそうになかった。


(だからこそ、当主様と父上が邪魔だった。家令にさえなれれば、ヴァルヴェラとの婚約もなかった事にできる。……そう、思っていましたが)


 しかし、なぜか……ヴァルヴェラは知っていたのだ。カルロッタが馬車の事故を仕組み、ロイスヤード家の家督をもぎ取ったことを。そして、彼女にそうさせたのが……リュシアンへの恋心であったことを。なぜか、ヴァルヴェラは知り尽くしていた。


(本当に、ヴァルヴェラは劇薬のような毒婦でした。この私を脅すなんて……!)


 ヴァルヴェラに弱みを握られる格好になったカルロッタは、仕方なしに彼女にも傅かなければならなくなった。表舞台ではヴァルヴェラとは「仲良し」を演じ、リュシアンを安心させるために芝居を打っていたが。裏舞台ではリュシアンを巡り、激しく憎み合っていた。そして、彼女達が犬猿の仲であった事をリュシアンはもちろんのこと、すぐ近くにいたアルフレッドさえも気づかなかったのだから……女優としては一流であったのかも知れない。


(いずれにしても……もう、どうでもいいことなのかも知れません……。思い出したところで、既に坊っちゃまもヴァルヴェラもいません……)


 ジワジワとロッタの意識を更に黒染めにしていくように、視界に広がる記憶のモノクロームが段々とぼやけていく。それなのに……最後に、ようやくアルフレッドの面影を思い出し、ロッタの意識は見当違いの恨みを芽吹かせる。


(そうよ……そもそもアルフレッドがいなければ、父上を殺さずに済んだのに。ヴァルヴェラに弱みを握られることもなかったのに。あの子さえいなければ、私は……)


 幸せになれたかも知れないのに。

 ヴァルヴェラを毒婦と罵った同じ心で、毒にしかならない思考に凝り固まっていく、ロッタの潜在意識。フツと彼女の意識はついぞ、途切れるが。誤解と独善とで出来上がった黒い塊は、彼女の根幹に深く残ることだろう。ロッタが再び目覚めた時……果たして、それがどのような心境の変化を生むかは、未知数であるが。少なくとも、悪い方向へ進むことだけは間違いなさそうだ。


 クージェで半ば、伝統として受け継がれてきた薄幸の騎士・リュシアンの恋物語は、とても耳障りのいい美談で彩られている。彼が叔父一家の横暴に耐え抜き、騎士として立身出世出来たのには、最愛の妻と献身的な執事の存在があったからと伝えられているが。それは表舞台に限った、偽善の物語。

 馬車の事故に見せかけて、当主や父を殺したカルロッタ。カルロッタを愛していると囁きながらも、彼女を利用したリュシアン。そのリュシアンを気に入ったが故に、流行り病に乗じて、彼の愛を書き換えたヴァルヴェラ。そして、更に……カルロッタを無慈悲に処刑した、情けない帝王。

 大衆紙やミュージカルの舞台では叔父一家のみが「悪役」とされ、いかに彼らを意地悪く、醜悪に描くかに重きを置いていたが。それはあくまで、他の登場人物の汚点を隠すために仕組まれた方策でしかない。……結局のところ、美談なんてそんなモノである。権力者達にとって都合が悪い内容は取り除かれ、定められた悪役だけを徹底的に叩きのめす。耳障りがよく、分かりやすい勧善懲悪だけが切り取られ、持て囃される。


 思い出が全て、美しいとは限らない。そして……現実もまた、美しいとは限らない。

 史実は得てして、権力者の好都合で出来上がっている。その影に果てしなく醜い現実があろうとも、美談のメッキで彩られた虚偽が迎合されてしまえば。彼らの不都合は何食わぬ顔で、表舞台からそっと降りることを許され……スポットライトを浴びる事もない。

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