7−33 舞台で紡ぎ出される物語
この執事さんは一体、何者なんだろう。貴族に絡まれても、全然慌てもしないし、怯えもしない。
無事に観覧席までたどり着いた少女達ではあったが、ミリエやメアリアが間近に迫るステージに興奮しているのを他所に……リリカはキュラータの立ち居振る舞いに、少しばかり疑念と心配とを抱いていた。
(キュラさんはやっぱり、別世界の人なのかなぁ……)
その直感は色んな意味で正しい。社会的な階級の意味でも、世界的な種族の意味でも、キュラータは紛れもなく「別世界」の存在ではある。しかし、当の本人は素性を隠し通せているつもりらしい。有り余る気品を振り撒きこそすれ、とりあえずは「表向きの立場」を崩そうとしない。
しかし……リリカにはどうしても、キュラータが特殊過ぎる存在に見えて仕方がない。どこがどうとか、具体的な事は何も分からないけれど。なんとなく、特別な存在なのだろうと勘繰っては、隣の席で優雅な佇まいを見せる「キュラさん」の様子を窺っていた。……そんな少女の視線に気づいたらしい。やや暗めの照明にあっても、ハッキリ分かるほどに訝しげな顔をしながら、キュラータがリリカへと向き直る。
「いかがしましたか? リリカ嬢」
「えっと……キュラさん、さっきの人達……大丈夫なのかな。キュラさん、仕返しされたりしない?」
「あぁ、その事ですか。無論、問題ございませんよ。マーコニー男爵家如き、その気になればすぐにでも潰して差し上げられますし」
「えっ? マーコニー男爵……?」
さっき絡んできた坊っちゃまは「貴様なんぞに、名乗る名前なんぞ、ないもん!」と、自己紹介を固辞していたはず。当然、家名も知らされていない。それなのに、キュラータはしっかりと彼らの素性を見抜いているようで、どことなく意地悪そうな笑顔を浮かべている。
「……ほら、カーテンコールが始まりましたよ。いよいよ開演のようです。心配事はお忘れいただき、ミュージカルを心ゆくまでご堪能ください」
「う、うん……」
まるで話題を切り上げるかのように、キュラータはリリカに向けていた視線をステージへと戻す。そうされて、リリカも舞台を見つめるが。彼が示した通り、きっと劇場の支配人だろう……ステージではニコニコと愛想を振りまく、恰幅のいいおじさんが嬉しそうに挨拶をしていた。いずれにしても、開演のお時間だ。リリカもミュージカルを楽しまねばと、彼の言葉に耳を傾ける。
彼の説明によれば、これから観ようとしている舞台はリュシアンがどのようにして立派な騎士になったかを主題にした、サクセスストーリーの様子。しかして、物語にはリュシアンと彼の妻……そして、彼ら2人を陰から見守った女性執事の葛藤を織り交ぜているとかで、「是非に、愛の記録も見届けてください!」とおじさんは満面の笑顔と共に、舞台袖へと消えていった。そして次の瞬間、奥の緞帳がガラガラと上がると同時に粗末な一室のセットがぼんやりと浮かび上がる。舞台の中央には、リュシアン役と思われる美少年。舞台手前のオーケストラピットからヴァイオリンが哀愁たっぷりに音色を漂わせれば、深い調べに合わせるように舞台のリュシアンが哀切の籠った澄んだ歌声を響かせる。
(ほぉ……舞台設備は魔力式のようですね。セットもなかなかに本格的ですし……何より、役者の趣味がいい。リュシアン坊っちゃまのイメージを損なっていません)
前座でやや不愉快な思いをさせられたが、幸いにも、ミュージカルのクオリティは非常に高い。
幼少期に苦労させられたリュシアンであったが、力強い誇りを胸に、騎士として上り詰めていく。最愛の伴侶……のクダリについては、キュラータはやや苦笑いをしてしまったものの。クージェでリュシアンの物語がどのように広まっているのかを考える上で、1つの解釈として留めておく分には問題もないだろう。それに……。
(そうですか。……姉上はリュシアン坊っちゃまとヴァルヴェラ嬢のために、奔走した設定になっているのですね)
ミュージカルでのカルロッタはリュシアンへの恋心を封印し、2人の愛を応援するために帝王へ直談判をしたことになっていた。ヴァルヴェラ軸で考えるのならば、このミュージカルはハッピーエンドになるのであろうが、カルロッタ軸で考えた時には忽ち、報われない悲恋へと豹変する。
リュシアンとヴァルヴェラの関係性の正しい・正しくないはさて置き……ミュージカルの筋書き自体は、異なる女性の視点から描かれる二面性の構造も非常に秀逸。その上、オーケストラの重厚な響きと、キャスト達の実力の厚みは正統派。観劇前は「折角だから、観ておきましょう」と軽々しく考えていたのだが、気づけば……キュラータは少女達以上に、舞台で紡ぎ出される物語にのめり込んでいた。
(このクオリティで銅貨25枚は安いくらいです……! もし許されるのであれば、姉上にも観ていただきたい……!)
上演時間は途中の休憩時間も含め、3時間半ほど。決して短い時間ではないが、最初から最後まで退屈を微塵も感じることなく、終幕まであっという間に感じられた。
「すっごい、素敵だった……! リュシアン、幸せになれて良かったの!」
「それに、ヴァルヴェラさん役の女優さん、美人だったよね! 声も綺麗!」
「私はカルロッタさんがいいな〜。カルロッタさん、格好いい!」
もちろん、少女達も大満足の様子。途中の休憩で買い求めたお菓子も含めて、素敵な思い出にしてくれるのであれば、キュラータの気分もとてもいい。
「今日はお嬢様達のおかげで、素晴らしい舞台に巡り会うことができました。この執事めの気まぐれにお付き合いいただき、誠にありがとうございます。さて……そろそろ、お嬢様達はお帰りのお時間ですね。お住まいの近くまで、お送り致しましょう」
ホクホク顔の少女達は素直に返事をし、キュラータの後にちょこちょこと着いてくる。めいめいパンフレットを大事そうに抱えては、興奮冷めやらぬと語り合う少女達。そんな彼女達の楽しげな意見を、キュラータも嬉しく思いながら聞いていたのだが……貴族街と平民街とを隔てる裏道に出たところで、上機嫌なキュラータ達の行く手を塞ぐ者がある。
「……お嬢様方。この執事めから、離れないで下さいね」
「キュ、キュラさん……!」
抜かりなく少女達を背後に庇い、周囲を見やれば。先程の残念坊っちゃまと、使用人……そして、急拵えで雇ったのか、貴族とは縁もゆかりもなさそうなガラの悪い男達がキュラータを取り囲んでいた。その人数……8人。
(休憩時間に姿が見えないと、思っておりましたが。素晴らしいミュージカルを鑑賞しなかったばかりか、このような愚策に労をかけていたとは。ますますご苦労な事ですねぇ)
本当に、なんと無様で無粋な事か。どうやら、珍獣達は躾の前にお仕置きをご所望のご様子。でしたらば、この執事めが喜んでいたぶって差し上げましょう。
本来であれば、明らかなる窮地のはずなのに。キュラータは俄然面白くなってきたと、不敵な笑みを零しては、ならず者達を余裕の表情で睨み返していた。




