7−28 観劇と洒落込む気はございませんか?
はて、どうしたものか。ミアレットと同じ年頃と思われる少女達に囲まれ、キュラータは緩やかな窮地に立たされていた。遠慮よりも好奇心が勝るのか、はたまた、これが通常の子供の反応なのか。ミアレットやディアメロを見慣れているキュラータにしてみたらば、純粋無垢な子供相手は紛れもなく、未知との遭遇でしかない。
(うぐ……! そんなにピュアな瞳で見つめないでください……!)
生前も現在も、キュラータは「お貴族のお子様」しか知らない。一応、ミアレットは平民になるらしいのだが、どことなく大人びている彼女は礼節もマナーも弁えられるタイプらしく、王子様達の生活にもすんなり溶け込んでいる。
……もちろん、ミアレットが必要以上に大人びているのは、中身が大人だからであるが。ミアレットの内部事情は全面的に秘密であるため、当然の如く、キュラータが知る由もない。
「そう言えば……もしかして、執事さんも『月刊・騎士道』に興味があるの?」
「私めも……ですか? だとすると、お嬢様方もこちらのコーナーにご用があったのですね。あぁ、失礼。でしたらば、邪魔でしたか」
しかし、どうやら……彼女達も『月刊・騎士道』目当てに図書館にやってきた様子。そうともなれば、「お先にどうぞ」と本棚の前を譲るキュラータ。彼女達のご用件を先に済ませてもらえば、絡まれることもなかろうと……窮地脱出の希望を見つけて、安心するものの。しかし、お待たせしませんとばかりに、すぐさま彼女達から意外な声が上がった。
「あぁ……やっぱり、ここにもないかぁ……」
「うん、ないね……」
「これじゃ、リュシアンのお芝居ができないよ……」
普段から余程に仲がいいのだろう。3人がガッカリと肩をお揃いで落としては、悲しげにため息をつく。そのタイミングがバッチリな様子が、どことなくユーモラスであると同時に……キュラータは彼女達が口走ったキーワードに逆に興味を唆られていた。リュシアンのお芝居とは、一体……?
「リュシアンのお芝居……?」
「そうなの。学校の発表会で、リュシアンのお芝居をしようって事になったんだけど……」
「リュシアンがどんな人か分からないから、調べようと思って」
「でも、これじゃ調べられないよ……。私達じゃ、リュシアンのミュージカルは観に行けないし」
三者三様に困ったぞと、悲しそうな顔をされれば。今度はチクチクと、良心を痛めるキュラータ。着ているのが魔法学園の制服ではない時点で、彼女達は魔力適性がない人間……つまりは平民である可能性が高い。クージェでも義務教育は無料で受けられるが、流石にミュージカル観劇なんて贅沢を許す程までには教育熱心ではない。
(これは、何ともバツが悪い……。芸事の観劇料は基本的に高額ですからね。平民の……況してや子供には、絶対に手が出ますまい)
それに……正直なところ、リュシアンのお芝居は非常に気になる。もちろん、キュラータが気にしているのは彼女達の発表会ではなく、ミュージカルの方だ。
「……私も非常に気になりますね、そちらのミュージカルが」
「そうなの?」
「えぇ。いい機会です。折角ですし、観ておきますか」
いかにも興味津々と、楽しそうに嘯くキュラータ。しかしながら、彼が必要以上に楽しげに振る舞うのは、羨望の眼差しを向けてくる少女達に自慢するためでもないし、彼女達に悲しい顔をさせるためでもない。
「と言う事で、お嬢様方。この執事めと一緒に、観劇と洒落込む気はございませんか?」
「えっ?」
「それって、つまり?」
「私達をミュージカルに連れて行ってくれるって事……?」
そう、少女達のささやかな願いを叶えてやるためだ。先程までは、「なんて無礼な子供達なのだろう」と思っていたが。彼女達の事情に勘付いてしまったとなれば、このまま「ハイさようなら」は何とも、後味が悪い。それに……キュラータは涙目のお嬢様方を放置できる程、紳士を捨てているつもりもなかった。
「もちろん、保護者様のご了承をいただいてからではありますが。こうしてお会いしたのも、何かのご縁。リュシアンにまつわる調査をして来いと言われておりますし、お嬢様方の感想も調査内容に含めれば、まずまず文句も出ないでしょう」
キュラータの思わぬ提案に、涙目からキラキラと星を飛ばし始める少女達。手を合わせて拝み倒すような仕草をされれば、流石のキュラータも悪い気はしなかった。
「ところで……お嬢様方、お名前は?」
「あっ、私はミリエ!」
「私、メアリア!」
「リリカです!」
「ミリエ嬢にメアリア嬢、そしてリリカ嬢ですね? でしたらば、大変お手数ですが、パパやママからお出かけのお許しをもらってきて下さい。流石に、お嬢様方を勝手に連れ出す訳には参りませんし」
そうして、『月刊・騎士道』を眺めて待っているので、昼頃までに親に説明して戻ってきて下さいと、伝えれば。これまた、元気よく返事をする少女達。
「そうそう、そう言えば。私めの方が名乗っておりませんでしたね。……私めはローヴェルズ王国の第二王子・ディアメロ様の専属執事でして、キュラータと申します。無論、怪しい者ではございませんが……もし、ご家族にご心配をかけるようでしたらば、無理にとは申しません。その際は、こちらにお越し頂かなくても大丈夫ですよ」
「えぇ……! そんなもったいない事できないよ……」
「大丈夫! 絶対にお許しをもらってくるから!」
「だから、少し待っててね、キュラさん!」
「キュ、キュラさん……?」
そうと決まれば、善は急げ。少女達はお揃いの制服を翻し、できる限りの早足で去っていく。なるほど、図書館で走らないくらいのマナーは心得ているらしい。なんだか、妙な名前で呼ばれた気がしたし、変な方向に懐かれた気がするが。意外と素直で聞き分けのいい少女達の様子に、キュラータは珍しく自然と微笑んでいた。




