7−26 ありきたりなターニングポイント
あぁ、なんてことだ。まさか、こんな形で再会するなんて。
ミアレットや王子様達を見送った後。キュラータは転移装置パネルルームへ移動する道すがら、新米アドラメレク・ロッタの面影や表情を具に思い出していた。
機能的に切り揃えられた、黒髪のショートヘア。装飾を削ぎ落としながらも、気品を損なわない程度に華やかな燕尾服。彼女の佇まいはアルフレッド青年の記憶とピタリと一致し、キュラータの懊悩を刺激し続け……彼はとうとう、絶望し始めていた。
しかして、キュラータは彼女が悪魔として転生していたことに絶望しているのではなく。自分が彼女に思い出してもらえる要素を失っていることに、絶望している。
(ハーヴェン様によれば、悪魔は闇堕ちと同時に記憶喪失になるとか。きっかけがあれば、思い出してもらえるようですが……今の私では、それも難しい……)
悪魔の「化けている姿」は生前の面影が強く投影される。更に言えば、闇堕ち時点の姿形がほぼそのまま引き継がれるため、ロッタの外観は間違いなく彼女の生前の姿なのだろう。だが、一方で……キュラータの「化けている姿」はグラディウスに生み出された時に、屈強なディフェンダーとして作り替えられたもの。優男風だったアルフレッド青年の風貌は1ミリも受け継がれていない。
身長は180センチを越え、ガラにはガンギマリフェイス(多分、恐怖心を煽ると言いたいのだろう)とまで言われてしまう程に、脅迫感も強く。もちろん、キュラータ自身は薬物中毒者ではないと思っているが、自身が毒持ちということもあり、相手を胡乱げにしてきた事も1度や2度ではなかったりするし……もしかしたら、自分もそれっぽい顔をしている時もあるのかも知れないと、今更になって自分の強面に悩んでいた。
(顔なんぞ、余程に崩れていなければ、どうでもいいと思っておりましたが……! 姉上に思い出してもらえないのは、痛手でしかありません……!)
……因みに、キュラータは重度のシスコンである。外観こそ、グラディウスの尖兵になった際に作り替えられているものの。クージェで思い出の端々を取り戻したキュラータの内面は、アルフレッド青年であった頃に逆行し始めていた。
(と、とにかく! 今はリュシアン坊っちゃまの真相を探る方が先です……! 今は憂いている場合ではありません!)
ペタペタと自分の顔を探るように、触りつつ。キュラータは思いの外、冷静に状況を整理する。
残された謎、まずは1つ目。なぜ、カルロッタが帝王に直訴するまで、叔父一家の横暴を野放しにしていたのか。
リュシアンの突然の変化はハルデオン家がばら撒いた「魔力増強剤」と「解毒剤」によるものであり、リュシアンはヴァルヴェラ嬢が気に入ったという理由で生かされたことも、ヴァルクスの証言から判明してきている。だが、その変調のおかげでリュシアンは優れた魔法能力を獲得し、叔父一家の暴虐を跳ね除ける実力も備えることとなった。わざわざ叔父一家を生かしておく理由が、本当に微塵もない。清々しいほどに、一切ない。むしろ、嫁としてヴァルヴェラ嬢を送り込もうとしていたハルデオン家にとっても、不快極まりない叔父一家は邪魔者でしかなかったはずだ。
(おそらく、リュシアン坊っちゃま……いや。ハルデオン家には叔父達を蔑ろにできない理由があったのでしょう。最終的に追放していることからしても、彼らの存在は必須ではないでしょうが……)
そして、2つ目。リュシアンが公爵家を継いだのが「13歳」と言うのが、これまた妙なのだ。
クージェ帝国の成人年齢は18歳。一方で爵位継承は当主が不在である場合に限り、(特例措置込みで)14歳から可能とされている。しかし、リュシアンは異例の繰り上げによって13歳で爵位を継承しており、それと同時に叔父一家を放逐しているのだ。……そんなことならば爵位継承云々以前に、苦節8年を経験せずとも、最初からつまみ出しても問題なかろうに。
(この8年という期間に、何の意味があるのでしょう?)
8年の期間を待たなければいけない人物が、リュシアンの他にいたとするべきか。リュシアンが爵位継承権を堂々と掲げられる14歳まで、たった1年。この1年を待てなかった理由を考えた時に、ありきたりなターニングポイントを見越すならば、やはり「成人(18歳)」か「爵位継承権(14歳)」になりそうだが……。
(おや? そう言えば……ヴァルヴェラ嬢はおいくつでしたっけ? 確か、リュシアン坊っちゃまよりは年上だった気がしますが……)
アルフレッドだったキュラータの記憶にも残る、生意気で自分勝手なお嬢様。リュシアンとの婚約が結ばれてからと言うもの、我が物顔でファニア家に出入りしていたのは、叔父一家だけではなく……使用人目線で行けば、ヴァルヴェラも横暴加減は同レベルであった。しかし意外にも、カルロッタとの相性は悪くなかったようで。ヴァルヴェラとは仲良く過ごしていた気がするとキュラータは追想しては、少しばかり笑みを溢す。
(あぁ、姉上はヴァルヴェラ嬢は気に入っていましたっけ。しかし……まさか、この8年はヴァルヴェラ嬢の準備を待つための期間だったりしますか……?)
クージェ分校行きの転移パネルを踏んだところで……キュラータはふと、思い至る。もし仮に、ハルデオン家がファニア家を乗っ取ろうとしていた場合。ヴァルヴェラが成人するまでの間は、一応の後見人がどうしても必要になるのだ。
いくら正当後継者と言えど、当時のリュシアンは弱冠5歳。領地経営をしていくにはあまりに幼い。しかも、ファニア家を支えていたロイスヤード家も成人年齢に達している者がいない状況であり、圧倒的に大人が足りていない。ロイスヤード家は辛うじて、14歳だったカルロッタが家督を継承し、業務も家令としての立場も引き継いでいたが。ファニア家の屋台骨としては非常に心許ないのも、また事実。
(……そんな中で、ヴァルヴェラ嬢が成人さえしてしまえば、叔父一家も文句は言えなくなります。しかも、相手は公爵令嬢。リュシアン坊っちゃまが婚約者として認めていた以上、ヴァルヴェラ嬢の方が圧倒的に立場は上となりますか)
だが、そうなると……今度はカルロッタが帝王に直訴する必要がなくなってしまう。リュシアンが8年の苦境を耐えざるを得なかった原因が、ヴァルヴェラの成人を待つ事にあったのなら。成人と同時に、ヴァルヴェラがリュシアンの後見人として立つことも可能となるため、カルロッタがみすみす命を擲たずともよかったのだ。




