1−27 圧倒的なまでに鮮烈
1つ、2つ……もう1つ。全部でいくつあるのかは、分からないが。小出しにされるエルシャの魂の欠片を集めていくうちに……ミアレットは彼女の幸福なように見えて、不幸な生活の一端を徐々に理解していた。
(エルシャもまだ、12歳……。でも、これじゃ、飼い殺しもいいところじゃない……)
エルシャの両親の愛は強く、深く……そして、何よりも重い。それはまるで、彼女を縛り上げる呪いのよう。
彼女のワガママも、おねだりも。理由さえ聞かずに、片っ端から叶えてくれる父親。
彼女の不満も、苦痛も。原因さえ吟味もせずに、優しく包み込んでくれる母親。
そしてそんな両親が選んだ、都合のいい使用人に友人達。
彼女の周囲は全て、ふわふわと甘ったるい砂糖菓子でできているかのように、何もかもが彼女にとって口当たりの良いものだった。
しかし、その反面……彼女の両親は何かにつけ、エルシャから「挑戦すること」の選択肢を取り上げてもいたように思える。エルシャが「やってみたい」と言った事を「危ないから」と許さなかったことも、1度や2度ではなさそうだ。しかも、悪いことに……エルシャはそれも「愛」なのだと全面的に肯定しては疑いもせず、あっさりと「挑戦すること」自体を諦めていった。
(確かに、これも愛情の形ではあるのだろうけど……う〜ん。こんな調子じゃ、1人で何もできなくなっちゃうわ……)
そんな中で、セドリックはエルシャの思い通りに動かない人物の1人だった様子。父親よりも魔法に優れていたらしい彼は、子供ながらに既にラゴラス家での発言権も強かったようで……何かと、エルシャの主張を覆しては、やり込める事が多かったようだ。
”何よ! 兄妹なら、私の味方をしてくれてもいいのに……!”
(ミア殿、ミア殿!)
「はっ! えっと……」
エルシャの恨み節が聞こえてきたところで、ミアレットを必死に呼ぶ是光の声も響いてくる。どうやら、相当の時間を立ち尽くしてしまっていたらしい。どことなく、是光が心配そうに話しかけてくる。
(大丈夫ですか? もしかして、瘴気でご気分が悪くなったのでは?)
「い、いいえ! そうじゃないの。まだまだ、大丈夫です」
まとまった量が集まったせいか、魂の欠片が見せてくるビジョンが少しずつ長くなっている。そのため、ミアレットはエルシャの中に燻っていた「もどかしさ」もますます感じ取っては、没頭してしまっていた。
(いけない、いけない。……今は考え込んでいる場合じゃなかったわ……)
しかしながら……ミアレットが佇んでいるのは、グラディウスの霊樹ベビーが暴れ回る、危険地帯ど真ん中。ぼんやりと惚けていていい場所ではない。
「実は魂の欠片から、映像が流れてきて……ちょっと、考えさせられるものがあったから……」
(左様でしたか。ともなれば……もう少しで、集めきれそうですな)
「えっ? そうなんですか?」
ベテランの特殊祓魔師と相当の場数を踏んできたと見えて、魂と記憶の在り方について、説明してくれる是光。きっちりと枝の流れ弾を防ぎながら、相当に好意的な見解を述べてくる。
(確かに、心迷宮は対象者の心……つまり、記憶が作り出した異空間でしかありません。しかしながら、この場所が現実世界とは異なる空間とは言え、ミア殿が集めた欠片は紛れもなく、エルシャとやらの魂の一部なのです。心や記憶は魂に強く結びつき、どんな場所であろうとも、その者たり得ようと記憶に付随する存在意義を守ろうとするのです。そして、ミア殿が考え込まねばならぬ程に、深い事情を曝け出してきたとなると……きっと、彼女が存在した現実を、ミア殿には覚えておいて欲しいのでしょう)
「でも、なんだか……それ、最後のお別れみたいじゃないですか……。覚えておくも何も、私はエルシャを助けるつもりでいるんですけど……」
(あぁ、そういう訳ではなくて、ですね。今生の別れになるから、エルシャはミア殿に記憶を見せているわけではないと思いますよ? ご心配召されなくとも、よろしいのです。それに……ほら、ミア殿。右手上空をご覧なさいませ)
「あっ! あんなところに……! でも、あの欠片はなんだか……今までのより、光が大きい気が……?」
是光が示した光は、今までの欠片とは比較にならない程の強い輝きを放っている。しかも、ミアレットが呼ぶまでもなく、真っ直ぐにこちらに向かってくるが……。
「えっ……えっ? まだ呼んでないのに、すごい勢いでこっちに来るんですけど⁉︎」
(もしや……あれは破片を宿した輝きでは……?)
「破片って、深魔の……?」
(おそらく、は。深魔を鎮めた時、稀に貴重な道具が手に入る事があります。それは深魔討伐の証であり、戦利品だとされることもございますが……ただただ深魔を滅しただけでは、良質の破片が残ることはありません……っと、今はそんな事を話している場合でもありませんね。……とにかく、ミア殿は欠片と一緒にお下がりください。ここは某にお任せを)
「は、はいっ!」
是光が指摘するように、今は呑気におしゃべりしていられる状況ではないだろう。護衛はお言葉に甘えて、是光に任せ。ミアレットは一際大きな光を両手のひらで包み込むと同時に、今まで集めてきた魂の欠片と合流させてやるが……。
(ひゃぁ⁉︎ まっ、眩しっ……!)
融合した欠片達の輝きは、圧倒的なまでに鮮烈。嬉しそうにミアレットの周囲をプカプカと浮かんだ後、最後はやはり手のひらの上に戻ってくる。そして……次の瞬間に光が収束したと同時に、1つになった欠片達は空高く舞い上がった。
「ちょ、ちょっと! どこに行くのよ⁉︎」
折角、大声を張り上げて集めてきたというのに。ここまできて、努力が水の泡になるのは御免だと……ミアレットは慌てて、光に呼びかけるが。……「彼女」は戻ってくる気配もなく、あっという間に見えなくなってしまった。
(大丈夫ですよ、ミア殿。……エルシャの魂は迷わず、現世へと戻っていったのです)
「へっ? そうなのですか……? それじゃぁ……」
(えぇ、えぇ、ミア殿は無事にお役目を果たされたのですよ。お疲れ様でございました)
是光によれば、グラディウスの苗木に食われかかっていた魂は無事に、「自分がエルシャである事」をきちんと認識できたとのことで……「彼女」は一足先に「向こう側」へ帰っていったのだそうだ。
(……ここまでくれば、後はお館様にお任せすればよろしい。それと……ミア殿は念の為、薬を飲んでおいた方が良いかと。後遺症が残ってもいけません)
「あっ、やっぱり……飲まないとダメですか? お薬」
(無論です。それと……ふふ。お手の上をご覧下さい。ミア殿は無事に、深魔の元凶を正しく鎮められたのでしょう。……なかなかに見事な破片ですな)
「……!」
頼もしいボディガードに示されて、ミアレットが手のひらを見つめれば。そこには、キラキラと輝くエメラルド色の宝石が鎮座している。ズシリと確かに重く、仄かに暖かいそれは……エルシャの瞳と同じ色で、柔らかく煌めいていた。




