6−45 僕はあなたが嫌いなんですよ
「遅かったじゃないか。待ちくたびれてしまったよ」
「すまない、セドリック君。……僕はあいにくと、足があまり早くなくてね」
いつもの調子で、嫌味っぽく肩を竦めるセドリック。だが、彼も時間がない事は知っていると見えて、挨拶もそこそこに「付いてこい」とナルシェラ達を促す。
「このアーチの先から、人間界へと繋がっているポータルに辿り着けるはずです。しかし、目印らしい目印はないし、ポイントもコロコロと変わるものでして。だから……明晰な頭脳と記憶力がないと、ポイントを予測するのは難しい」
「ハイハイ、要するに……セドリック様、凄〜いって言って欲しいんだろ?」
得意げな解説を振りまくセドリックに対し、呆れ気味でガラが茶々を入れる。そうされて、セドリックはムスッと不機嫌そうな顔をするものの。彼らの様子がおかしくて、ナルシェラはクスリと笑ってしまう。
「……まぁ、いいでしょう。この感じだと、もう少しだと思います」
「それは、何よりだ。しかし……」
メローは相変わらず自分達を導くように、ミルナエトロラベンダーの道が伸びていることに、気が気ではなかった。確かに、ミルナエトロラベンダーは今や、箱庭ではありふれた花になりつつあるし、生長速度も貪欲だ。だけど、タイミングよく足元を彩る程までには、気が利く植物でもなかったと思う。
(もしかして……)
ナルシェラを逃がそうとしている事が、見透かされているのだろうか? 先程から感じ続けていた違和感に、メローはふと歩みを止める。改めて見やれば……ミルナエトロラベンダーの細道が、セドリックの分も伸びているのにも気づく。この事からするに、彼は人間界に繋がるポイントを予測しているのではなく……。
「メロー君?」
「……」
急に自分の手を引く歩みが止まったものだから、ナルシェラが訝しげに問うものの。メローは顔色を青くしたまま、理由を答えようとはしない。それどころか……。
「メ、メロー君⁉︎」
「王子様! 走りますよ!」
「えっ? えっ……?」
グイとナルシェラの手を引っ張り、セドリックから離れようとするメロー。突然のことに、ナルシェラは引っ張られるがままで、走らざるを得ないが。それはガラも同じと見えて、咄嗟の方向転換の意味が分からないと、困惑している。
「ガラも、早く!」
「ちょ、ちょっと待てよ、メロー!」
少なくとも、このままミルナエトロラベンダーに導かれるのは不味い。メローはいよいよ、自分達の計画が神様の知るところであると直感し、とにかく逃げようともがく。今はただただ、説明している時間さえも惜しい。だから、メローは強引にでもナルシェラとガラをセドリックから離そうとするが……。
「あーぁ、バレちゃいましたか。だったら、仕方ありませんね。ほら、お前達……出番だよ」
ナルシェラ達の背後から響くのは、セドリックの不気味な呟き。その言葉尻からするに、セドリックも知っていたのだろう。メローがナルシェラを逃がそうとしていることを。そして……それをグラディウスの神が知っていることを。
「セドリック君……?」
「本当に馬鹿ですよね、君達は。この空間がグラディウスそのものだという事を、忘れたんですか?」
気が付けば……ナルシェラ達は黒い魔獣の群れに囲まれていた。毛並みを逆立てた彼らは、既に牙を剥き出しにしており、今にも襲いかかってきそうだ。セドリックが彼らをけしかけたらば、ナルシェラ達はあっという間に噛み殺されてしまうだろう。
「どうして……どうして、こんな事をするんだい? セドリック君……」
「どうして、ですって? そんなの、決まっているではありませんか。……僕はあなたが嫌いなんですよ。実力もないくせに、僕と対等であろうとするあなたが……非常に気に入らない」
魔獣達の唸り声に混じって響くのは、セドリックの冷たい宣言。ナルシェラの方はセドリックを「友人」だと思っていたが……どうやら、彼の方はそうではなかったらしい。
「だって、そうでしょう? ただ、女神の血筋を引いているというだけで、神に選ばれて。特別待遇で魔力適性まで与えられて。しかも、神様になれるかも知れないだって?」
「いや、僕は神様になるのではなく……」
セドリックはグラディウスの神が望む「ナルシェラの役目」を誤解している。正しくは、ナルシェラ自身が神になるのではなく、ナルシェラの肉体を器として神が顕現しようとしているだけだが。マウントを取ろうとちょっかいを出しても、余裕を崩さないナルシェラを前に、セドリックは劣等感も大いに刺激されてしまったようで。断片的な事実を聞き齧った結果、ナルシェラに激しく嫉妬して……彼はグラディウスの神に「とある提案」を持ちかけてしまう程に、ナルシェラを憎んでいた。
「そもそも、僕は自ら魔力適性を望んではいないし……できることなら、この力は元々持っていた人達に返したいと思っている。第一、僕が優れているのは血筋だけであって、僕自身が優れている訳では……」
「それがムカつくって、言っているのです! 僕はいくら力を望んでも、思い通りにならないのに……どうして、あんたはちゃっかりと魔力を手に入れている⁉︎ 僕は家族を捨て、人間を捨て、苦痛まみれのこの世界で努力をしているのに!」
それはタダの逆恨みである。しかして、セドリックにとってそんな事は関係ないし、もはやどうでもいい事だった。ただただ、このままだと「苦労知らずの王子様」に何もかもを出し抜かれてしまう。嫉妬に狂うセドリックを突き動かすのは、追い越されてしまうかも知れない焦りと……恐怖だった。
「セドリック君は、強くなりたいのかい? どうして、そこまでして……」
「愚問ですね。……僕は生まれつきの天才なのです。その天才が努力をして勝てない相手がいるなんて、あってはならない事なんですよ。言っておきますが、僕はただ強くなりたいのではありません。僕は、僕自身が納得できる最高の理想を追い求めているだけです。そして、その理想を満たすのに……あなたが邪魔だった」
忌々しげにチラリと魔力計測器を見やり、ナルシェラの魔力の数値が自分のものよりも高いことに……更に険しい表情をするセドリック。彼の主張は筋が通っておらず、自己中心的なワガママ以外の何物でもなかったが。それでも……彼を友人だと信じていたナルシェラには、ショックが大き過ぎる。




