6−3 推しごと事情
(今日の講義内容は「魔法の発動について」かぁ……)
レジュメのお題目に、今更な気がすると首を傾げてしまうものの……担当講師がマモンともなれば、ただのおさらいだけではないのだろうと、ミアレットは講堂の席で魔術師帳と睨めっこをしていた。
魔法学園本校に入学してから、2日目。普段は超多忙な特殊祓魔師の講義は、非常に貴重な時間である。それでなくとも、新入生向けの特別講義で教鞭を執るのは、魔法学園でも1・2を争う人気講師。流石に初日はクラス鑑定があった事もあり、受講生は新入生だけだったようだが……席は用意されていないものの、2日目からは在校生にも傍聴が許されるようで。既に講堂の後方は「立ち見」の在校生で満員御礼状態となっている。
(うぁ……凄い、人集り……! でも……何となくだけど、真面目に受講しに来た人だけじゃないみたい……?)
女子率が高い事からしても、「推し活」目的の方々もいるんだろうなぁ、と郷愁混じりの遠い目をしてしまうミアレット。
本人(と奥様方)非公認ではあるものの……副学園長先生とマモン、そしてハーヴェンにはファンクラブがあるそうで。ファン広報誌も発刊されていたりと、力の入れ具合も尋常ではない。
中でも、一際お洒落なマモンの衣装は注目度も高いコンテンツ。彼の衣装を具に記録することは、魔術師帳の【画像記録】アプリケーション(要するに、カメラ機能である)が開放されている「特派員」にとって、至上最大使命と位置付けられている……らしい。
(アホらし……と、言いたいところだけど。私もKingMow様に夢中だし。推しごと事情は分かっちゃうのよねぇ。ま……魔法の勉強を疎かにしてまで、する事じゃないとは思うけど)
因みに……彼が愛用している虎のマグカップは、何故か魔法学園本校限定品として「交換リスト」にもラインナップされており、マモン推しな女子生徒の必携アイテムになっていたりする。この事からしても、彼女達の推し活を学園側もある程度は容認しているようで……志向の根っこが天使様達の恋愛脳に似ていると気づいてからは、得体の知れない寒気を感じるミアレットであった。
「おはよう、ミアレット。今日の講義も楽しみね」
「あっ、エルシャ、おはよう。そうよね。どんな話が聞けるのか、私も楽しみだわ」
指定された講堂で親友と落ちあえば。どちらからともなく、朝の挨拶を交わすミアレットとエルシャ。隣同士の席で魔術師帳を覗き込みながら、話の花を咲かせていると……視界の端に、特徴的な赤毛がチラリと入り込んだのも見えて、ミアレットはそちらにも向き直る。
「……はよ」
「えぇ、おはよう。その様子だと……ちょっとはやる気になったのかしら?」
ボソボソと小さな声ながらも、きちんと挨拶する気概はあるらしい。ミアレットの隣に陣取りながら、どことなく申し訳なさそうにも見えるイグノが、手元の魔術師帳を見つめながらため息を吐いている。
「うん、まぁ。……昨日、マモンからも俺専用の資料をもらったし……何となく、できそうな気がする」
「そ。それは何より。コツさえ分かれば、勉強するのも楽しいわよ?」
「そういうもんかな……」
今ひとつ、煮え切らない様子のイグノ。それでも、昨日の威張り腐った彼とは別人レベルの変わりように、ミアレットは安心してしまう。巻き込まれたことは、迷惑極まりなかったが。人生に絶望して転生を選んだと聞かされては、必要以上に責めるつもりもない。
「……ミアレット、いつの間にイグノと仲良くなったの?」
「昨日、ちょっとね」
「ふーん……。でも、私も同じような感じだったし、人の事は言えないわよね」
「えっ?」
エルシャの意外な言葉に、ミアレットを挟んでイグノが目をパチパチとさせる。どうやら、呆気に取られている彼がおかしいと同時に、少しばかり絆されるものがあったのだろう。エルシャはすぐさま不機嫌そうな表情を引っ込めると、ミアレットと「親友」になった経緯を説明し始める。
「……と、言うワケで。以前の私はミアレットに嫉妬するあまりに、意地悪ばっかりしてたわ。でも、ミアレットに深魔になりかけたところを助けてもらって。それから、魔法の勉強も一緒に頑張ることにしたの」
「マジで……? エルシャちゃんも落ちこぼれだったの?」
「うん、まぁね。でも、今はそこまで落ちこぼれじゃないんだから。そこそこ魔法は使えるようになったし、クラスもちゃんとコンジャラーだったもん」
エルシャは順当に、状態異常魔法が得意なコンジャラーに分類されていた。攻撃魔法よりも補助魔法を重点的に勉強しているとあって、彼女もしっかりと支援向きのタイプと判別された様子。
「……そっか。エルシャちゃんも、頑張ったのかぁ。それじゃ、俺も最初は魔法3種類を目指してみるか。流石に見習いのままは、ちょっと辛いし」
「うーん……魔法の習熟度を上げるのも、大切なことみたいだけどね。でも、覚えている魔法が1種類だけじゃ、どんなに極めても見習いのままみたいだし。最初の目標としては、それが無難かも」
3人で肩を並べてそんな事を話していると、講義開始の時間になったようで……颯爽とマモンが教壇へとやってくる。講堂内(特に後方)がザワザワと騒がしくなったので、前方を見つめれば。今日も今日とて、洒脱な装いの大悪魔様がニコニコと手を振っていた。
(ワーォ……。今日のマモン先生も、キマりにキマッてるわぁ……)
黒いドレスシャツに、濃紺の蝶ネクタイ。ジレとスラックスはバニラ色だが、よくよく見れば、光沢のある同色の糸でペーズリーの刺繍がされているらしい。小柄な割には腰の位置が高く、妙に足が長いおかげか……仰々しい膨張色のスーツであっても、スマートな印象が崩れないのは流石と言ったところか。
(いわゆるモデル体型なのよね、マモン先生も。多分、細マッチョってヤツなんだろうなぁ)
彼は脱いでも凄いと、奥様も自慢していたし。メリハリのあるジレのラインから、色気もバッチリ漂ってくるのだから……女子達の視線に熱が籠るのも、無理はない気がする。
「はい、おはようございまーす! えぇと、欠席者はなし……だな。うんうん、2日目も真面目に出席してくれて、嬉しいぞ。今日は魔法の発動について、具体例を交えながら、少ーしディープなお話をするからなー」
麗しいお姿で皆様の視線を釘付けにするのも、そこそこに。マモンがちょいちょいと手招きすると、彼の足元には3人の猫っぽい小悪魔がお行儀よくやってくる。彼の言う「具体例」はどうやら、小悪魔達の実演によるものらしい。
「と、言うことで。まずはデモンストレーションがてら、こいつら……グレムリンの3人に、それぞれ同じ魔法を発動してもらいます。魔法の発動と一口に言っても、術者によって発動スタイルは変わってくるもので。今回は魔法発動の基礎知識に加えて、自己スタイル確立の有効性について、お伝えしていくぞ」
レジュメのお題目からして、普遍的な内容ではないと思っていたが。やはり、本校の講義は実践的な内容にも、しっかりと切り込んでくる。やる気満々でマモンを見つめる、「グレムリン」の可愛さも気にはなるが……まずは魔法の発動技術をしっかりと勉強しなければと、ミアレットはついつい前のめりになってしまうのだった。




