5−54 魔力を持たないみそっかす
中庭でミーシャとアドラメレクが争っている喧騒も、屋敷内にはまだ届いていない。しかし、そんな事は知らずとも……我が身を嘆く、人間が1人。ステフィアは「惨めな自分」を想像しては、ハラハラと涙をこぼしていた。
(グスっ……! どうすればいいの……? 私、これからどうなってしまうの……!)
地下牢から出してもらい、父親に面会もできたものの。ミーシャの言った通り、ガラファドはステフィアを見限っており、アッサリとミーシャの奴隷として扱き使っていいと了承を示した。その上、「お前には失望した」と突き放すような事を、言われれば。ステフィアの過剰な自信と自己愛はズッタズタだ。
「貴様! この期に及んで、私を裏切るのか⁉︎」
「ヒャッ⁉︎ い、今の、お父様の声……?」
ステフィアが所在なげに廊下を彷徨っていると、執務室の方から父・ガラファドの声が聞こえてくる。何やら、誰かと言い争っているようだが……。
「だからぁ……勘違いすんなよ、オッサン。サイラックは元々、魔力を持たないみそっかすだったのを、俺達の神様が魔力を融通してただけなんだって。んで……お前達は用済みだから、魔力を貸してやる必要もなくなったんだよ」
「だが、そんな事をされたら……!」
「ま、没落まっしぐらだよな。大体さー。お前、ちょっと調子に乗り過ぎだったんだよ。借り物の力で、何を威張ってたんだか」
声からするに、ガラファドの話し相手はガラのようだ。だが、彼らの会話に衝撃の事実が含まれていたことに……ステフィアは混乱し始める。
(サイラックが……魔力を持っていなかった、ですって……?)
そんなバカな。確かに、魔法をバリバリ使えるわけではないが……ステフィアは初級魔法くらいは使うことができるし、魔法も洗練されていると、家庭教師からも褒められていた。まぁ、今となっては……それもおべっかなのだろうと、落ちぶれたステフィアも薄々と察せられるものの。未だにプライドを捨てきれない彼女には、それさえも認めたくない現実である。だが……。
(……う、嘘よ……! サイラックはグランティアズ一の貴族だって、お父様は言っていたじゃない……!)
家庭教師の忖度なぞ、父親の嘘の前ではあまりに軽々しい。
魔力適性があるのは、高貴な血統の証。ステフィアはサイラック家が貴族中の貴族だと教え込まれていたから、今の今まで威張ってこれたのだ。それなのに……威厳の根底が、屋台骨からグラグラと揺れているともなれば。ガラの言う通り、サイラック家は丸ごと没落まっしぐらであろう。
「お前が威張り散らしたせいで、目立っちまったんだよ。んで……王族側に厄介な奴らが、付いたのさ。オフィーリア魔法学園っつー、物凄ーくヤバい奴らがな。……お前、本格的に詰んでるぞ」
聞こえてくるのは、声だけだが。ステフィアにはガラがお手上げポーズを取っているのも、ありありと想像できて……ヘナヘナと座り込んでしまう。
ステフィアは父親に見限られたが、その父親もガラ達から見限られてしまったのだ。……天使を敵に回していると指摘されていた上に、頼りの同胞にも見捨てられたとならば。この先、どうやって生きていけばいいのか……ステフィアには、もうもう分からなかった。
「魔法学園程度、敵ではないと大口を叩いていたのは、どこのどいつだ! 発言の責任くらいは、取らんか⁉︎」
「責任を取れ……だって? それこそ、どの口が言うんだか。……お前んトコの能無しが何をやらかしたのか、忘れたの? 処理場の存在は秘密にするって約束だったのに……ステフィアのせいで、向こう側に知られちまったじゃん。しかも、お前の代になってから、実験台のクオリティも駄々下がりだし? そっちこそ、責任取れよ。あぁ⁉︎」
父親の恫喝以上に、鋭い声を上げるガラ。きっと、彼の指摘にガラファドも言い返せないのだろう。2人が言い争っていたのが嘘のように、廊下がシンと静まり返る。
「キャァッ⁉︎」
しかし、廊下が静けさを取り戻したのは、本当に一瞬。突如、大袈裟な破裂音と共に窓を突き破り、ステフィアの前に少女が転がり落ちてくるではないか。バラバラと砕け落ちるガラス片を浴びながら、ステフィアが恐る恐る見やれば……敵意と異形を剥き出しにした少女・ミーシャが、壁の向こうを睨んでいるのが目に入った。
(な、何アレ……? 顔はミーシャだけど、完璧に化け物じゃない……)
リキュラが一目置いている時点で、普通の子供ではないと思っていたが。どうやら、ミーシャは人間ですらなかったらしいと、ステフィアは尻餅をついたままでジリジリと後退りする。しかし、怖いもの見たさであろうか? すぐに逃げればいいものを……ステフィアは立ち上がることもできずに、視線はミーシャに釘付けだ。
「クソがッ!」
「……お口が悪いですよ、お嬢さん。怒り任せに暴れたところで、アドラメレクの鉄壁を破ることはできますまい」
「ケッ……!」
大量の足を器用に動かし、身を起こすと……ミーシャは忌々しげに、ペッと黒い唾を吐く。片や、彼女を追い詰めた白い魔物が優雅に舞い降りると、憐憫の籠ったグリーンの視線を投げつつ……彼女の吐瀉物をさも嘆かわしいと、眉根を下げた。
(アドラメレク……ですって? えぇと、確か……)
あぁ、そうだ。グランティアズ城でランチを食いっぱぐれた、あの日。平民についていたカテドナが、中身は上級悪魔だったと聞いていたが。だとすれば……あの白い鳥人間も、カテドナと同じ悪魔ということか。
(これはチャンスかも⁉︎ あの小娘を悪魔が殺しちゃえば、奴隷でいなくても済むし……この感じだと、話を聞いてもらえそうかしら? そうよ! この際ですもの。悪魔を従えるのも、悪くないわ!)
……何がどうなって、そうなる?
落ちぶれてもなお、ステフィアの自己中心的な思考回路は変わらない。アドラメレクが憤怒の悪魔である事を知らなかったとは言え、高潔な悪魔相手に傲慢な態度を貫くのは、完全に悪手である。白い鳥人間……いくら温厚なロイスヤードであっても、怒りのツボは確実に存在するのだ。
確かに、ステフィアはアドラメレクがどんな悪魔かを教えられていないのだから、彼らが「特定条件下で怒りっぽくなる」のを知らないのも当然ではある。しかしながら……そもそも反省もせず、奢った態度を改められないのが、何よりも大問題。こればかりは彼女自身の問題であり、知らなかったでは済まされない。




