ユリウス・エルフォードの独白②
ユーフェミアから返事が届き、俺とミレイナはノクテリア辺境伯へ向かうことになった。
ミレイナは一人で行くつもりだったようだ。だが、俺は彼女を一人で向かわせるつもりはなかった。
――きっと一人で向き合いたい気持ちはあるのだろう。
それでも、俺は一緒に抱えたいと思った。
何より、俺自身も過去の罪を背負ったままの人間なのだから。
そうして王都を離れた。
馬車の車輪が、静かに石畳を滑っていく。
行き先は、ノクテリア辺境伯邸――。
ミレイナは窓辺に視線を落としたまま、何も言わない。
重苦しいわけではないが、決して軽い空気ではなかった。
俺はそっとミレイナの手を握る。
それに応えるように彼女は強く握り返してくれた。だが、視線は依然として合わない。
「……大丈夫か?」
「……ええ」
ようやくこちらを見たミレイナの瞳は、迷いのないまっすぐな光を宿していた。
(......ああ、覚悟しているんだな)
馬車はやがて、辺境の城門前で止まった。
扉が開き、外に降り立つ。
手はしっかりと繋がれたまま。
ノクテリア辺境伯邸。
見上げた城館は、どこか静かな威厳をまとっている。
すぐに出迎えの人々が現れた。
その中に――見間違えようのない一人の女性が立っていた。
(……ユーフェミア)
淡い灰桜色の髪が、風に揺れていた。
深いブラウンの瞳は、かつての柔らかさを失い、研ぎ澄まされた強さを帯びている。
過去に彼女を見捨ててしまった罪悪感が込み上げる。
繋がれたままの手。ミレイナがぎゅっと手を握りしめているのが伝わる。
(......ミレイナ)
今、俺が隣に立ちたいと思っているのはミレイナだ。だからこそ現実から目を背けてはいけない。
握りしめられた手を強く、しっかりと握り返した。
***
「ようこそお越しくださいました」
俺たちを迎えるユーフェミアは、真っ直ぐな視線で、凛としていた。
婚約していた頃の彼女とは、雰囲気が変わっていた。
もう少し穏やかな雰囲気を纏っていたのに。
あの頃の出来事が、彼女を変えてしまったのだと思うと罪悪感が突き刺さる。
そして彼女は、まっすぐな視線のまま口を開いた。
「ユリウス様……できれば、ミレイナ様と二人きりでお話ししたいのですが」
その表情で悟る。
彼女もまた前へ進みたいのだ。
曖昧なまま終わったあの日々に、きちんと終止符を打つために。
すべての元凶であるミレイナと二人で。
それはわかっている。だが、この件に関してミレイナの立場は弱い。
赦されない側であることは、どうしても消せない現実だ。
不安が胸をよぎる。
一人で立ち向かわせることが――怖かった。
ミレイナに視線を向けると、澄んだ瞳がこちらを捉えた。
彼女は小さく微笑む。
「……大丈夫」
俺が知らず知らずのうちに強く彼女の手を握っていたらしい。
ミレイナはその手に優しく力を込める。
――俺も、覚悟を決めなくては。
そっと手を離した。
これは彼女たち二人が向き合うべき時間なのだ。
俺にできるのは、信じて待つことだけ。
***
どれほど時間が経ったのだろう。
扉が開き、ミレイナとユーフェミアが戻ってきた。
二人とも無言だった。
だが、その表情は驚くほど清々しかった。
俺は静かにミレイナのそばへ向かう。
その時、ユーフェミアがそっと歩み寄る。
そして小さな声で囁いた。
「ユリウス様......正直、あの時、あなたのことも恨みました。なんで助けてくれなかったのって」
胸に刺さる言葉だった。
彼女は続ける。
「でも......もういいんです。伝えたかったのは――愛していました、それだけです」
その想いは、もう過去のものだ。
彼女には夫がいる。
新しい幸せがある。
これは確かな“決別”だった。
俺とユーフェミア、二人の間にも確かに物語があった。
ミレイナに強引に引き裂かれ、曖昧なまま終わった物語を、今度こそ決着をつけるために。
お互いに前を向くために。
「......守れなくてすまなかった。だが、想っていたことは確かだ」
ユーフェミアはかすかに笑った。
「ふふ......お幸せに」
「......君もな」
その瞬間、胸の奥で一つの物語が静かに幕を閉じた。
ユーフェミアは振り返らずに歩き去る。
それでいい。
これ以上の言葉は要らない。
ミレイナの元へ静かに戻る。
――間違いなのかもしれない。
傷つけられ、恨んだ相手を愛しているという事実は。
それでも、今のミレイナを愛しているのは紛れもない本心だ。
自分の選択を信じられなくて、誰が信じてくれる?
俺はミレイナへ手を差し伸べた。
彼女は一瞬、迷うような素振りを見せながらも、そっと手が重ねられる。
彼女は不安なのかもしれない。
だからこそ、俺は繋がれた手に力を込めた。
ミレイナ......君の隣にずっといる。そして俺たちの家に共に帰ろう、そんな思いを込めて。
握った手は決して離さない。
過去がどうであれ、これが俺の選んだ未来だ。
そう決めたのは――誰でもない、俺自身なのだから。
きっともう、ミレイナがいないと......俺は前を向けない。
ユリウスとユーフェミアの決別でした。
次回は糖度増していく予定......!
そしていつか......ユーフェミアのスピンオフ書いてみたいな。




