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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

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60、願いと恐れの狭間で

ユリウス視点です

 ミレイナが、意識不明――?


 言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。



 「ミレイナちゃんが、意識不明!?」


 店を出ようとしていたリシュアンが、慌てて戻ってくる。


 

 「どうしよう……俺のせいだ。ちゃんと屋敷まで送っていれば……!」



 目の前で焦る男を見ても、何も感じなかった。



 「……たらればを言っても仕方ない」



 ただ、それだけを口にして。

 心の中では、ぐちゃぐちゃになった感情を必死に抑え込んだ。



 「そ、そうだよな。ごめん。とりあえず、ユリウスは……ミレイナちゃんのもとへ……」


 「――言われなくても」


 


 短く答え、俺は席を立った。


 すぐに馬車に乗り込み、ヴァンデール公爵家へ向かう。

 車窓から見える景色は、いつもと同じ王都の街並みだった。


 けれど、何もかもが色褪せて見えた。



 (……ミレイナ)

 


 頭の中で、何度も名前を呼ぶ。

 それだけで、胸が痛んだ 



 庭園の階段から落ちた、と聞いた。

 命に別状はないというが――頭部に出血がある、とのことだった。



 (もしも……)


 


 最悪の事態が、何度も脳裏をよぎる。


 


 (……いや、考えるな。そんなこと……)



 それでも、考えてしまう。

 繰り返し、繰り返し。


 


 やがて、馬車がヴァンデール公爵家の正門前で止まった。


 


 扉が開かれると同時に、俺は外套をはためかせて降りる。

 そのまま、迷いなく屋敷の中へと足を進めた。



 ヴァンデール公爵家に足を踏み入れると、すぐに白銀髪の男が現れた。

 ミレイナの兄、レオナルドだ。


 

 「ユリウス」


 静かな声で名を呼ばれ、俺はその場に立ち止まる。



 「ミレイナは、ひとまず無事だ。今は寝室で休んでいる」



 その言葉に、胸の奥が少しだけ緩んだ。

 だが、意識が戻っていないのは変わらない。


 

 「案内しよう」


 


 レオナルドが静かに歩き出す。

 俺も黙って、その後を追った。



 廊下を抜け、重たい扉の前で立ち止まる。

 レオナルドが振り返る。



 「……心配するな。必ず目を覚ます」


 


 その言葉が、どこまで本心かは分からなかった。

 だが、今はその一言でさえ救いだった。



 俺は扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。


 そこには、ベッドに静かに横たわるミレイナの姿があった。

 白いシーツが胸元までかけられている。

 まるで眠っているだけのように。


 俺がミレイナのそばに歩み寄ると、レオナルドは静かに言った。


 

 「……俺は、ここを外す。好きにしてくれ」


 

 そう言い残し、扉を閉める音がした。


 

 部屋には、俺と、彼女だけが残された。


 そっと、彼女の手を取る。


 ……温かい。



 (大丈夫だ。……ちゃんと、息をしている)



 けれど。



 ふと、あの時の記憶がよみがえった。



 ミレイナが記憶を失う、きっかけとなった、あの事故。



 もし、もしもだ。

 

 彼女が、目を覚ましたとしても、同じようにまた、記憶を失ったらーー



 俺は、耐えられるのだろうか。



 (また、俺を……忘れるのか?)



 ……いや、それでもいい。目を覚ましてさえくれれば。



 そう思っているはずなのに。


 

 一瞬、思考が止まる。



 ......できることなら、俺のことを忘れないでいてほしい。

 けれど、そんな願いは、あまりにも自分勝手だ。



 ……彼女が生きているのなら、何も望むべきじゃない。



 けれどーー



 心の奥に、どうしようもない感情が渦巻いていた。


 


 (せめて……俺だけは、忘れないでほしい)


 


 忘れられるくらいなら、どれだけ責められても構わない。

 罵倒されても、嫌われてもいい。


 だけど。


 

 彼女の中から、俺がいなくなる。

 その痛みだけはーー



 (……どうしても、耐えられそうにない)


 


 もし彼女が、生きていても。


 俺のことを忘れたまま、誰かと笑っていたら?



 それを目の前で見せられるくらいなら......

 いっそ、俺の方が壊れてしまった方がマシだ。


 


 (……最低だな)


 


 そんなこと、思うはずがない。


 けれど、心のどこかで願ってしまった。


 


 (ただ、生きていてほしい。それだけのはずなのに)


 


 (なのに……なぜだろうか)


 


 もう二度と、俺のことを知らない顔で見ないでほしい。


 もう二度と、あんな目を、俺に向けないでくれ。



 

 彼女が目を覚まして、俺を知らない顔で見る。

 ――たったそれだけのことが、胸を裂かれるほど怖い。




 「……ミレイナ」


 「……目を覚ましてくれ」


 「何もいらない。何も奪わない。だからーー」



 どうか。

 俺のことを忘れていてもいい。

 嫌いでもいい。

 もう二度と、名前を呼んでくれなくても構わない。



 ……だから、帰ってきてくれ。



 その言葉を口にするたび、胸の奥がきしむ。

 こんな願い、本心じゃないことなんて分かっているのに。



 でも、本当はーー


 


 「......俺を、置いていかないでくれ......」



 小さく零れた声は、誰にも届かない。




 ーー彼女の指先は、まだ動かない。

 ただユリウスは、崩れそうな心を押し殺しながら、ずっと手を握り続けていた。

 

次回、「赦せなくても、君を愛す」

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