第十三話 黒猫のタマは危険!
変な意味はありません<ΦωΦ>
真夜中になって双子の月(偽月)が昇った頃、私たちは密かに神官長の案内で、私たちは眠い眼をこすりながら、本殿の裏にある秘密の階段を下りた《奥津城》と呼ばれる地下室へと案内されました。
メンバーは神殿関係者以外は私とファニタ、クリスティン王女とユリウスだけという構成です。
「本来であれば聖地にあの忌々しい神敵にして思い上がった魔女、その名を口に出すのも汚らわしい姦婦にして空前絶後の悪女……シルヴァーナの遺骸が安置されているなど、口外できるものではありませんが緊急事態ですので、この際皆様にも共通認識を持っていただいたほうがいいでしょう。ただ、他の者達には内密にお願いします」
魔術による照明で照らされただけの薄闇と静寂に包まれた階段。
先頭を歩く初老で背の高い神官長が話す、聖職者にあるまじきシルヴァーナに対する、もはや呪詛に近い憎悪と侮蔑にまみれた罵倒を聞きながら、ぞろぞろと連れだって歩きます。
(う~~ん……)
自分の名前でエゴサーチしたら、物凄い勢いで叩かれていたのを見てしまったような居心地悪さに、すっかり眠気が覚めた私は密かに、憂鬱なため息をつきました。
「それにこの《魔骸》は、もともと六英雄である法王聖下と、アーレンダール陛下が持ち帰られたものですので、お二方は血筋からいってもこれを知る権利があるでしょう」
神官長の説明に、あの親父碌なことしねーなーと、嘆息する私。
「ですがよりにもよって呪われし魔刻陣師の残党が、こともあろうにセラフィナ皇女殿下の安全を人質にこれを要求するとは、なんたる外道! なんたる悪辣さ! ――あ、いや。ご安心くだされ。我が神の名にかけて皇女殿下の玉体に指一本触れさせるものではございません」
ぐっと手にした宝杖を握りしめ言い切る神官長の気迫の籠った宣言に、周囲の神官戦士やユリウス、クリスティン王女たちはウンウン頷いているのですが、色々な意味で当事者たる私はマジでいたたまれません。
「あー……ファニタ、タマの爪が当たって痛いのでもう一歩離れてくれない?」
とりあえず現実逃避で、一歩後ろを歩くファニタとついでに抱えて連れて来た黒猫を、半身で振り返って注意しました。
「うっす、了解です。でも、この子の名前はランベルトっすよ」
「長いし覚えずらいからタマでいいわ。名は体を表すで、“コウガ”とか“フーグリ”でもいいけど」
途端、不本意そうに「ふにゃお~ん!」と鳴くタマ。
「――セラ様、ファニタ殿が抱えているその猫はどうされたのですか?」
ユリウスがいまさらですが不思議そうに聞いてきました。他の面々は気になるけど不用意に尋ねるのは不敬……という雰囲気でスルーしていたのですが(例外はクリスティン王女で、なぜか剣呑な目付きで猫にガンを飛ばしてる)、さすがは将来の勇者だけのことはあるわと感心。
「ふふっ、ファニタが拾ってきたのです。可愛いでしょう?」
態度がふてぶてしくて、微妙に不細工。正直あんまし可愛いとは思えないのですが、こう……幼女が小動物を前にして『可愛い』以外の言葉を発するのは変。それにまあ、ファニタとふたりで随分と可愛がったのも確か……ということで、にっこり微笑んでそう言い切りました。
「「「「「…………」」」」」
私の顔からファニタの抱えている黒猫へ視線を巡らせ、微妙に困惑した表情になる周囲の面々。
皆さん正直ね。皇女様が白といえば黒でも白と答えるボンクラばかりではないことに、ちょっとだけ安堵しました。
「……え、ええ。そうですね。なかなか味のある顔立ちの猫ですね」
「……くっ。愛玩動物ということは、夜に一緒の寝具で寝るということも」
とりあえず無難な言葉選びをするユリウスと、爪を噛んでぶつぶつ吐き捨てるクリスティン王女。
王女の不信感丸出しで探るような目を前にして、なにか尻尾を掴まれるような不用意な行動や発言をしたのかと、いつもの愛想笑いを浮かべながらもその実、動悸、発汗が止まりません。
「手足が同時に出てますけど、どーしたんすか、師、えーと……皇女様?」
そんな私の動揺に気付いたらしい、ファニタが余計な疑問を口に出します。
そのせいで全員の刺すような視線が全身に……あああっ、居たたまれないっ!
「い、いえ、その……もしかして、この場にタマを連れてきたのは場違い、いえ、そもそも私自身なぜ自然に連れてきたのか、いまになって不思議に思えたものですから」
どうもクリスティン王女の不審の目が、タマに向かっているような気がして、咄嗟にそう口に出していました。
勿論、タマはどこからどう見てもただの黒猫ですが、この際、私に向けられた疑いの目を逸らすための人身御供――猫身御供になってもらいましょう。ま、調べればただの猫だとわかって笑い話で済むでしょうけれど。
「……そのお話が本当だとすれば、確かに怪しいですな。どれ、念のためにこの場にいる全員を、儂の『上位鑑定・神眼』で確認してみましょう」
神官長の鋭い視線に射竦められたタマと、ついでにファニタと私がぎくりと身を強張らせた。
し、神眼!?
「これにかければその者の本性は丸わかりですし、仮に誰かに操られていても一目瞭然ですからな」
「「…………」」
だらだらと私とファニタの全身から脂汗が流れ、自分の不用意な発言をこの上なく後悔するのでした。
「……し、師匠~っ……」
小声でファニタが、それはそれは恨みがまし声をかけてきます。
ごめん、ファニタ。この上は私が隙を作るので、逃げるなり攻撃するなり投降するなりしてね! という思いを込めて強張った笑みを向けたところ、
「や、殺る気っすか!? その笑みは全員を鏖殺しにする無慈悲な笑みでやんすね!」
違うわい! ……っていうか、そっか、逃げるよりも攻撃するほうが絶対に早いわよね。周りはタマを警戒しているだけで、現在のところ私はノーマークなわけだし。
でもファニタに言われるまで気付かなかったし、いまだって人殺しなんてしたくないし、こう土壇場で思えてしまう私はやっぱりシルヴァーナとは別人なんだなぁ、と今更ながら実感するのでした。
そんなことをしみじみ考えている間に、
「はああああっ。偉大なる太陽神よ、普く世界を照らす正義と真実の光よ、我が両目に真実を写し給え!」
気合の入った掛け声を放った神官長は、不思議な踊りを踊り始めた。
「「――は……?」」
「はっ! ほっ! よっ!」
私たちの周りを踊り狂いながら時折、持っている宝杖で床に何やら線を引く神官長。
本人は大まじめで、それを見詰める周りの神殿関係者も謹厳な顔つきを崩していないけれど、いい年こいた爺いが腰を振って踊っている光景は、端的にいって馬鹿みたいだった。
言葉もなくポカーンと目を点にして老人の狂騒を眺めるしかない私とファニタ。念のためにユリウスとクリスティン王女を確認すると、ふたりとも平然としたものです。
え、度胆抜かされているのって私たちだけ!?
「「…………」」
「出でよ、神の奇跡。“神眼”!」
五分ほど私たちの周りをグルグル踊っていたただろうか、神官長は最期にポツポツと杖の先で床に点をふたつ描いた。
それで彼が何を描いたのかわかった。これは一種の魔刻陣法――それに似た魔法陣であることに。
ちなみに全体の図を上から眺めると、ハゲた親父がお茶を飲んでるアスキーアートみたいだった。なんだかなぁ……。
嘆息するのと同時に私たち四人の前に半透明の文字が浮かび上がりました。
おそらくこれが神眼の効果なのでしょう。
で、予想通りユリウスの前には『ユリウス・マシュー・アルバーン《剣の麒麟児》《皇女の守護者》』。
クリスティン王女『クリスティン・アーダ・エリザベス・セクエンツィア《聖なる乙女》《皇女を見守る者》』。
「こ、これは!?」
「ま、まあ、わたくしが!?」
驚いているふたりだけど、あれぇ? この年代だとまだ勇者とか聖女とか付かないのかね? と、ネタバレしている私にはちょっとだけ肩透かしだった。
「ほほう。三年前に確認した時にはなかった天恵が増えておりますな。重畳重畳」
あー、このふたりは以前にも神眼で見て貰ったことがあるわけね、と納得しつつ自分とファニタの表示に目をやれば――。
『セラフィナ・ファウスタ・ルーナ・セクエンツァ《運命の皇女》《あらゆる面で規格外》《天然の美幼女》《だがそれが良いb》』
『ファニタ・イネス・ワーズワース《星神の寵児》《皇女の太鼓持ち》』
「「……あれぇ……?」」
揃って首を捻る私とファニタ。
「ほほう、ご生誕の際にも確認いたしましたが、皇女殿下もさらにふたつほど天恵が増えておりますな。さすがでございます。ひとつでも天恵を持っていれば、一角の人物になれると言われる天恵を、いまの時点で四つもお持ちとは」
あー……つまり私って生まれた時に神眼で鑑定されていたってわけね。
そりゃそうだわ。私がシルヴァーナの生まれ変わりでないかと疑っている父アーレンダール王が、確認作業をしないわけないわな。
そして、その時の鑑定でも異常が発見されなかったので、疑いつつも渋々アーレンダール王は私を皇女と認めている……と、そういうわけなのね。道理だわ。
納得していると、段々と薄くなっていくファニタの表示を眺めながら、神官長は目を細めました。
「ほほう、やはり神の寵愛を授かった娘子であったか。その気配を感じたゆえ、この神聖な《奥津城》に招き入れたわけじゃが、儂の目も曇っておらなんだようだ」
うんうん頷きながら、神官長はそこではっと本題を思い出して、何も持っていないファニタの周囲に視線をやります。
「むむむ!? さきほどの怪しげな猫は何処に?」
問われたファニタは、階段の上の方を指して一言。
「踊っている間にこっそり逃げたっす」
8/30 一部手直しをしました。




